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雷門中の優勝。四十年無敗の帝国学園を撃ち破るという歴史的な勝利を遂げたみんなを讃える声が会場中に響き渡っていた。
守の懸念であった鬼道くんと春奈ちゃんのことも、二人が誤解を解いて和解したことでそれは晴れたらしい。優勝トロフィーを手にして満面の笑みで笑うみんなの笑顔は、とても華やかに輝いていた。
帝国を出る前、たまたま会えた佐久間くんとも話が出来た。

「すごかったね、皇帝ペンギン二号」
「お前の兄貴に止められたけどな」
「それでもすごかったよ。…佐久間くん、何かすっきりしたような顔してる」
「…鬼道が、今までの試合の中で一番楽しそうだったんだ」

佐久間くんは嬉しかったんだという。守のゴッドハンドを撃ち破りたい鬼道くんが新たに選んだ新必殺技、皇帝ペンギン二号。三人で放たれるその強力な技を、自分もその一人として任されたことが、鬼道くんに何よりも信頼されているようで。

「…そういえば鬼道が持ってきた塩飴、渡したのお前だろ」
「あ、分かった?」
「鬼道が正直に『雷門からの差し入れだ』って話したおかげで俺と鬼道、あと源田くらいしか食べてないぞ」
「えぇ…美味しいのに…」

鬼道くんもどうしてそこで馬鹿正直に言っちゃうんだろ。そしてそれにしても源田くんとは。

「帝国のゴールキーパーだぞ…?」
「友達以外の名前を覚えるのは苦手なんだ」
「紹介してやろうか?」
「佐久間くんが良いならぜひ」

何故か急に呼ばれた源田くんは、私の姿を見てギョッとしたような顔をしていた。けれど私が佐久間くんと鬼道くんの友達だということを話したらアッサリ警戒を解いてくれたし、何なら守のキーパーとしての実力も褒めてくれた。源田くんは良い人。

「あ、そういえば源田くん、最後のキーパー技大丈夫だった?」
「…大丈夫って?」
「あれ、多分手首から肩にかけてを痛めやすい技でしょ?試合終わってすぐに抑えてたから気になって…」
「源田…アイシングしたのか?」
「いや、まだだ。帰ってからしようかと思ってたんだが…」
「それじゃあ遅いよ。これあげるから冷やして」

アイシングの余りだった氷の入った袋を源田くんに手渡す。何故か驚いような顔をされてしまったものの、私は有無を言わせず受け取らせた。冷さなきゃ痛めやすくなっちゃうぞ。

「…俺は敵チームのキーパーだぞ」
「でも友達だよね。なら良いんだよ」

何を気にしているかと思えばそんなこと。相手チームの不調を願うプレイヤーは二流か三流、それ以下だ。万全な状態での打倒を掲げるプレイヤーこそ一流なんだから。
それに、源田くんの調子が良い状態で勝ててこそ本当の雷門中の勝利だよね。

「たしか帝国も全国大会には進めるんだよね」
「あぁ、雷門と当たるなら決勝だな」
「今度こそお前たちのシュートは止めて見せる…!」
「うん、お互い頑張ろ。雷門はみんな強いし、これから先だってもっともっと強いんだから、覚悟しててね」

その場で別れて、私は雷門のみんなの元へ急ぐ。鬼道くんとも話せれば良かったんだけど、なかなか見当たらなかったし後で電話をしてみればいいかな。





帰り道、二人で夕日の照らすそこを歩いていれば、ふと守が何やら私に聞きたそうなことがあるような顔をしていた。…やっぱり守は分かりやすい。聞きたいけれど、私が答えにくいことかもしれないから聞くに聞けないのだろう。そんな優しいところが、守の良いところでもあるのだけれど。

「何か言いたいことあるなら言ってよ、守」
「…やっぱり薫には敵わないや」

お互いに顔を見合わせて笑う。けれど、守はすぐさまどこか思い詰めたような顔で私から視線を外し、意を決したようにして口を開いた。

「…なぁ、薫。もし、…もしも俺たちが生き別れの兄妹で、俺が試合で勝たなきゃ一緒に暮らせないってなったら、薫はどうする?」

…あぁ、なるほど。二人が和解して、仲の良い兄妹に戻れたと知っていても、二人が一緒に暮らせるかもしれなかった未来を奪ってしまったことを、守は気にしていない訳じゃないんだ。
誰かの不幸を嘆き、幸せを一緒に喜べる守だからこそ思い悩んだそのことに、だからこそ私はハッキリと答えを返した。

「ふざけるな、ってその条件を出してきた人を殴るよ」

驚いたように目を見張っている守の手をスルリと握る。小学校中学年くらいまで当たり前のように繋いでいたそれを、恥ずかしいからと守が離してしまったのは随分前の話だ。守のそれくらいのわがままなら、私は少しだけ寂しいのを我慢して離してあげられる。けれど、守が本当に不安で大変なとき、私は何と言われようとこの手を離すことは無い。

「なんで私が守の側にいる権利を誰かに奪われなきゃいけないの。そんな奴の言うことを、守は聞かなくて良い。…それに、私はたとえ守の側に居られなくても、守の足手纏いには死んでもならない。
純粋に楽しいサッカーをしたい守の邪魔をするなんてこと、絶対にしたくない」

そうだよな、と守は小さく呟いて、握った手を同じく握り返してくれた。嬉しそうに笑うその顔は、いつも通り明るくて私の大好きな守の笑顔だ。

「俺たちは何があっても兄妹だもんな!」
「そうじゃなくちゃ嫌だよ、私」

どちらともなく家路を目指して走り出す。帰ればきっと今日の優勝祝いだとお母さんがご馳走を作って待ってくれているはずだ。お父さんにも今日の守の活躍を話したい。お祖父ちゃんには、二人で一緒に報告しようね。

そうしてまた、明日も。
守の一生懸命なサッカーをすぐ側で、私は支えていくんだ。





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