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優勝した次の日、「何でも好きなものを食わせてやる」という響木監督のお言葉に甘えて雷雷軒で祝勝パーティーを行うことになった。お手伝いを買って出た守と一緒に私も厨房に立つことにする。これでもお母さんと日々台所に立っているのだ。家事は得意中の得意。私が響木監督と一緒に調理に勤しむ中、守も皿洗いや料理の運搬をせっせと頑張っている。

「薫!餃子三枚追加な!!」
「うん、守もそろそろ食べたら?お腹すいたでしょ」
「どうってことねーよ!」

守も守でどうやらちょこちょこ食べながら頑張っているらしい。私もそろそろ少しだけ何か食べようかな、と思ったところで風丸くんと目が合った。ちょうど餃子を食べているらしい。私の視線に何かしらの意図を察したらしい風丸くんがギクリと肩を揺らした。一個だけだから大丈夫だってば。

「風丸くん、それ一個貰っても良い?」
「え、あぁ、良いぞ」
「やった」

口を開けて身を乗り出せば、少々遠慮がちにだけれど食べさせてもらえた。昔から風丸くんはこうして食べさせてくれることが多いので手慣れたものだ。あの餃子は私が焼いたものだけど、なかなか上手く焼けているじゃないか。雷雷軒でも働いていけるのでは?

「風丸…」
「お前…」
「言うな…何も言わないでくれ…!」

若干哀れんだような面々の顔が風丸くんに向けられていたことを私は知らないまま、呑気に響木監督に餃子の及第点を頂いていた。雷雷軒レベルにするにはまだまだらしい。これは何だか悔しいぞ。お母さんに相談して餃子の日を作り、本格的に餃子の特訓をした方が良いかもしれないね。失敗するつもりは無いけど、作った分は守が食べてくれるはず。





あの後、祝勝パーティーを終えて後片付けをしていれば突然店を訪れたおじさんが元イナズマイレブンだということが分かった。無邪気に自分の憧れの思いを伝える守に、おじさんは何処か失望したような、ガッカリしたような顔で出て行ってしまう。
イナズマイレブンに憧れを持つ守の思いを否定するそんなおじさんに、守は試合を挑んだ。…のだけれど。

「…ごめん、守…頑張ってね…」
「ああ!薫も早く風邪、治してくれよ」

本番の日、私は見事に風邪を引いてダウンしてしまったのだ。高熱も出ていて、実は立つので精一杯。お父さんは出張中だし、お母さんは昨日から町内会の旅行で不在だから家に残るのは私たちだけ。私を置いて試合に行くことに守は少しだけ躊躇っていたけれど、守は今日をとても楽しみにしていたんだから、目一杯楽しんできてほしい。
そう伝えれば、守は渋々ながらに納得してはくれた。

「…ゔゔ、喉が痛い゙…」

なるべく安静にして眠ってはいるのだけれど、熱のせいでなかなか寝つけない。病院に行った方が良いのだろうか?いや、でもこのまま行ってもどこかで倒れて他の人に迷惑をかけてしまうのがオチだ。それだけは避けたい。連絡の行く守にも迷惑をかけるだろうし。
ふとその時、枕元に置いておいた携帯が着信を知らせた。不思議に思って画面を開くと、相手は鬼道くん。

「…もしもし」
[…どうした、声が変だぞ]
「ん゙、ちょっと、風邪ひいてて」
[後日掛け直した方が良いか?]
「ううん、ちょうど、寝れなかったとこだから」

俺は睡眠導入剤か、と呆れられてしまったけれどその声は優しい。鬼道くんと電話をするのは、予選決勝の日の夜が最後だった。そのとき、いろんな話をした。決勝の帝国戦は見ていて楽しかったこと。皇帝ペンギン二号は素晴らしい技だったこと。そして、総帥さん伝手とはいえ、鬼道くんたちの事情を聞いてしまっていたことも。
鬼道くんはそのことをあっさりと許してくれた。むしろ、春奈ちゃんが今まで世話になったとお礼まで言われた。

[この前は、俺の父さんのことで心配させたからな。…きちんと話せたことを、お前には報告しておこうと思ったんだ]
「…ん、そっか」

負けは許されない、と言っていた鬼道くんだったけれど、お父さんは負けにも意味があるということを分かってくれたらしい。総帥さんに鬼道くんの教育を任せていたのも、その方が鬼道くんがのびのびと育てるのではないかと思ってのことだったという。方法はアレだけれど、鬼道くんはちゃんとお父さんに愛されているじゃないか。
春奈ちゃんとも和解し、引き取るという話もどうやら無しになったようだけど、鬼道くんの声は何だか穏やかだったから良いことだったのかもしれない。

「…あ、そういえば」
[?どうした]
「春奈ちゃんにね、『春奈ちゃんは私の妹みたいなものだから鬼道くんも実質私の兄弟みたいなものだね』って言ったら『絶対ないです!』って力説されたんだけど…」

なんなら「お兄ちゃんの頑張り次第ですけどね」って言われた。なんでだろう。鬼道くんなら妹さんの言ってることの意味が分かるんじゃないかと思ったのだけど…。電話の向こうで唸っている感じ、どうやら鬼道くんに心当たりはあるらしい。

「なんだと思う?」
[いや…それはな……とりあえずお前は気にしないでおいてくれ…]
「ん、わかった」

何やら言いにくいことらしい。それならあまり深くは突っ込まないけど。

[春奈の言う通り、それは俺が努力しなければいけないことだ]
「そうなんだ、じゃあ、頑張れ鬼道くん」
[…お前もな]

私もなのか。どうやらその頑張ることに私も関わっているようだが、いったい何をどうすれば良いのだろう。…まぁ、やろうと思えばなんとかなるよね。

[長く話していてすまなかったな]
「ううん、鬼道くんと話すの好きだし、話せて良かったよ」
[………そういうところだぞ]
「え?」
[いや、何でもない。…お大事にな]
「ありがとー」

電話を切ると、程よく喋れたおかげか少しだけ気分がスッキリしたような気がする。よく見れば、携帯にはサッカー部のみんなからのお見舞いメールが届いていた。
早く元気になれ、というメッセージを見つめて思わず微笑む。そうだ、早く頑張って元気になろう。それで、また明日から守たちサッカー部のために頑張るんだ。





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