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体調もすっかり良くなったので次の日から練習に参加すれば、なんと新必殺技が出来る様になっていた。何も教えてくれなかった守は私を驚かせようと思い黙っていたという。たしかにびっくりしたけど。
炎の風見鶏。豪炎寺くんと風丸くんの二人で放つ必殺技。昨日の練習試合で元イナズマイレブンの方々の技を伝授してもらったらしい。OBとの練習は、雷門中に新しい風を吹かせてくれたようだ。

「諸君、全国大会出場おめでとう」

それに、夏未ちゃんのお父さんであるこの学校の理事長が激励しにきてくれた。どうやら理事長は、サッカー協会の会長な上にFF実行委員長だというけれど、それなのに夏未ちゃん…雷門を廃部にしようとしてたの…?まぁ何事も合理的にっていう夏未ちゃんらしいけどね。
そしてそんな突然に理事長が激励をしに来たわけは、私たちの部室にあった。優勝祝いと称してこの部室を新しく建て替えてはどうか、ということらしい。あのイナズマイレブンも使っていたという伝統ある部室を。

「…建て替え、か」
「創部の時から使ってるもんなぁ」

私の独り言のような言葉に半田くんが答える。そうだった。この部室は文字通り、私たちの始まりの場所だ。守がサッカー部を立ち上げると決めて、私と一緒に秋ちゃんが賛同してくれて。その後に続いて染岡くんと半田くんも入ってきてくれた。
選手三人、マネージャー二人の何ともバランスの悪い足りなさ過ぎるチームだったかもしれないけれど、あの日々はとても楽しかった。一年生が入ってきてからはさらに賑やかになって、でもどうにもならない人数不足のせいで不貞腐れる人もいて。

「…でも、いろんな人が助けてくれたんだよね」

最初に駆けつけてくれたのは、風丸くんだった。守のやる気に絆されたなんて笑っていたけど、それでもこうして力になってくれた幼馴染は、本当に優しい人。そしてそこに松野くんが、影野くんが、目金くんが、そして豪炎寺くんが。そして春奈ちゃんと土門くんと夏未ちゃんも、いろんな人が集まって加わって私たちはここまで来た。
…そう思うと、そんなみんなで過ごしてきたこの部室がとても特別に思える。だからこそ私は、わがままかもしれないけどこの部室のままが良い。そしてそれは、どうやら守も同じだったようで。

「俺たちの仲間なんだよ!」

私も、そう思うよ。この部室は、とても特別で大切な私たちの仲間だ。
…そんな守の主張に納得したらしいみんなは、揃ってその意見に頷いてくれた。





「サッカー部はいつになったら風丸さんを返してくれるんですか!」

掃除当番が一緒な後輩、陸上部の宮坂くんにそう言われてようやく私は風丸くんはそういえばサッカー部の助っ人だったことを思い出した。当たり前のようにずっと一緒に居たから忘れていたけれど、そういえば風丸くんはまだ所属は陸上部のはずだ。

「サッカー部はもう人数も揃ってるんでしょう?薫先輩からも早く戻るように言ってくださいよ!」

そしてこの様子だと、当の本人からは良いお返事はもらえなかったらしい。私は風丸くんと幼馴染だし、宮坂くんを可愛がってるからそこを狙って頼みに来たのだろう。
…もしも、風丸くんがそれを本当に望んでいるなら、私は背中を押してやらなきゃいけないんだろう。戦力が落ちるだとか、風丸くんも一緒に全国に行きたいだとか、そんな感情を押し殺して。…でも。

「…ごめんね、宮坂くん。そればっかりは聞けないや」
「どうして!」

私はそれをしたくない。…だって、そもそも中学に上がるまでずっと一緒だった風丸くんだけが陸上部に行ってしまったときも、私はすごく寂しかった。家は変わらない。関係性も、呼び方も、人間性も何もかもがそのままだとしても。
三人が二人になることが、あんなに寂しくて悲しいことなんて私は知らなかった。

「…風丸くんの気持ちの問題だもん。それとも、宮坂くんは風丸くんが人の意見に左右される人間だと思うの?」
「…思いません、けど」

けれど私は、こんなずるい言い方しか出来ない。風丸くんの意志次第だと、宮坂くんにも自分にもそう言い聞かせることしか出来ない自分が嫌でたまらなかった。
「サッカー部を辞めるの?」なんてそんなこと、聞きたくなんてない。一瞬でも迷う素振りを見てしまったら最後、私はきっとみっともなく泣いてしまう。

「…いっくん」

『中学に上がったら、もうその呼び方をしないでくれよ』
『……うん、わかった』

幼い頃からの当たり前の呼び方を揶揄われたあの日、風丸くんは私を「ちゃん」付けで呼ぶことをやめた。喧嘩をしたわけじゃない。けれど、当たり前に続くと思っていた関係性は瞬く間に形を変えて、まるで無理やり押し上げるようにして私たちを大人にして行く。
どうやっても空いてしまった見えない距離に寂しくなって、けれど嫌われることが怖くて何も言えなくなって。

『風丸くん』
『薫』

いつまでも変わらない友達のままでいられる男の子の守が羨ましい。私が女であったばかりに、周囲は不変を許さない。
変わりたくなかった。一緒にボールを蹴って、一緒に近所を駆け回った日々が酷く遠い。
…だからこそ、今の日々を失いたく無かった。もう二度と無いと思っていた、三人揃って同じ未来を向いているこの今を、私は手放したく無い。

私はそれをそのままそっくり、君に伝えれば良いだけの話なのに。
いつから私は、君に踏み込むことをこんなに恐れるようになったんだろうね。





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