29


風丸くんのことでモヤモヤ悩んでいたのだけれど、しばらく思い悩んでいるうちに何だか逆に怒りが湧いてきた。どうして私がこんなに悩んでいるんだ。はやくハッキリしてくれない風丸くんが実は悪いのでは?
そんなことを延々と考えながら眉間に寄るシワを解していれば、背後から豪炎寺くんと守の会話が聞こえる。

「円堂…あいつどうしたんだ」
「あ、あれはめちゃくちゃ薫が怒ってるときのやつだ…!」

ええい、そうだよ私は怒り狂っているのだ。
これでも幼馴染なので、もしも風丸くんが陸上部を選んでも私は笑顔でありがとうを言える自信はある。たぶん後ですごく落ち込むけど。
だから私は風丸くんに何も言わない。私が言ったって風丸くんは自分の意志を曲げない。優しい人だけれど、風丸くんはそういう人だ。そんなこと、私は嫌というほど知っているから。

「風丸くん!!」
「うわっ!?な、なんだ薫か…驚かすなよ…」
「行くよ」
「…ど、どこに?」

その日の放課後。ちょうど試合前の休息の為に練習も休みというナイスタイミングで、私は帰りの挨拶もそこそこに風丸くんのクラスに突撃するとその腕を掴んだ。突然名前を呼ばれた上に、こうしてガッツリと掴まれている風丸くんは不思議そうな顔をしている。
…そうだ。どうせ今回の結果の全てが風丸くんの気持ち次第だとするのなら、私は。

「デート!」

私だって、自分勝手に動いてやるんだから。
…何故か風丸くんは盛大に噴き出した上に、動揺のあまり椅子に脛を強かに打ちつけていたけれどさすがに慌てすぎなのでは?
何か言いたそうな真っ赤な顔をした風丸くんの腕を引っ掴み、引き摺るようにして教室を出る。廊下ですれ違う唖然としたようなサッカー部はこの際無視させてもらった。
そしてそんな今、私たちが居るのはバッティングセンター。

「ンッ!」

金属バットを振り抜いた直後、パンパカパン!という明るい電子音が会場に鳴り響く。私は振り切ったバットを地面に立てながら、今しがた飛んで行ったホームランボールに向けて小さくガッツポーズを決めた。
網の外では私がバットを振っているのを眺めて順番を待つ風丸くんが居た。

「はい、風丸くん交代」
「そうだろうなとは思ってたけど…」
「風丸くん?」
「あ、あぁ、うん、次は俺か」

何故かぶつぶつと達観したような、諦めたような目で何事か呟いていた風丸くん。なんかちょっとムカついたので一言添えておく。私は今君に怒っているのだ、ちょっとくらい腹いせしたって良いよね。

「ホームラン数で勝負だよ。負けたらたい焼き奢りね」
「俺お前に勝てたこと一度も無いんだぞ!?」
「頑張れ男の子」

悲鳴のような声を上げてバッターボックスに立つ風丸くん。負けたらたい焼き…と自分に言い聞かせるように呟きながら振り抜いたバット。第一球は見事に清々しい空振りから始まった。





「美味ひい」
「それは良かったな…」

商店街のお店で買ってもらったたい焼き。勝利の味がする。あんこたっぷりのそれを頬張りながら歩く私の隣で、風丸くんは一つため息をついてから仕方なさそうに微笑んでいた。まるで子供を見るような目だね、失礼だぞ。

「はい、風丸くんはこっちね」
「!…ありがとう」

たい焼きが焼けるまでの間、近くの精肉店で買ったメンチカツを渡せば風丸くんは少し驚いたような顔をして、しかし嬉しそうに受け取ってくれた。
辺りはもう既に暗い。お母さんには風丸くんと遊んで帰ってくるから遅くなることは言ってあるけれど、あまり遅すぎるのも心配させてしまうだろう。そろそろ帰った方が良いのかもしれない。
そんなことを思いながらぶらぶらと二人、他愛無い話をしながら歩いていれば風丸くんがふと気がついたように口を開いた。

「そういえば薫、何か悩んでいることでもあるのか?」
「…どうしてそう思うの?」
「どうしてって…それはまぁこれでも幼馴染だからな。こうやってお前がストレス発散したがる時は、何か悩んでる時だろ?」

得意げなしたり顔でそう言う風丸くん。自分が私の悩みの種だとは微塵とも思っていないらしい風丸くん。君らしいけれど、今はちょっと私の一方通行みたいでムカつくんだよ。

「…じゃあ、ひとつだけ。ひとつだけ、風丸くんに相談しても良い?」
「俺で良いなら構わないぞ」
「そっか、うん。…風丸くんはもし大事な幼馴染が、陸上部とサッカー部の板挟みになって悩んでたら、どうする?」
「!」

気づいてたのか、と言う言葉は風丸くんのもの。宮坂くんから聞いたから詳しいことは分かったけれど、それよりも前に風丸くんの様子がおかしいことにくらいは気づいていた。大人しく頷く私に、風丸くんは少しだけ申し訳なさそうな顔で眉を下げて頬をかいている。

「円堂には言ってあったんだ。薫にも、ちゃんと話そうと思ってた」
「…どっち?」
「え?」
「陸上部とサッカー部、どっちを選んだの」

ずるい聞き方だ。風丸くんの良心を抉るような、最低な聞き方。選ぶということは、どちらかを切り捨てることと同じなのだから。
案の定、風丸くんは困ったような顔をして黙り込んでしまった。嫌なやつだね、私。

「…風丸くん、今から私、わがまま言うけど忘れてね」
「…なんだ?」
「サッカー部を辞めないで。ずっとサッカー部に居て」
「!」

そんな嫌な奴なので、ついでにもっと嫌な奴になってやる。全部全部の言うことは、私のわがままでしかないけれど。それでもちゃんと、私の言いたいことを聞いて欲しかった。そして願わくば、最後には私たちを、守たちを選んで欲しかった。

「これから先も、守と私と風丸くんの、三人一緒が良い。昔からずっと三人で遊んできたのに、風丸くんだけが居ないのは寂しいんだよ。…風丸くんも、一緒じゃなきゃやだ」

子供みたいなわがまま。何を言っているんだと窘められそうなそれが、今の私の本音。誰もが笑い飛ばすか呆れそうなそれを、けれど風丸くんは笑わなかった。
ただ、どこか嬉しそうにしかたなさそうな顔で笑って。

「…俺も、ちゃんと薫に大事に思われてたんだな」
「…当たり前でしょ」

そんな言葉を交わしながら歩く帰り道。FF本戦の第一回戦は、もうすぐそこまでやってきていた。





TOP