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夏未ちゃんのお父さんである理事長が事故にあったらしい。連絡を受けてすぐ夏未ちゃんと守と秋ちゃんと一緒に病院に駆けつければ、執事であるバトラーさんがどこか呆然と椅子に座っていた。窓から覗く集中治療室で眠る理事長は、気を失うまでずっとFFのことのことを心配していたらしい。とても責任感のある、仕事熱心で律儀な人だ。

「何があったんですか?」

守がバトラーさんに尋ねて明かされたのは、この事故の詳しい顛末。FFの会場の下見に行った帰りに事故に遭っていろんな人が怪我をしたのだけれど、その中でも一番容体が重いのが理事長なのだという。その話を聞くにつれて、初めは気丈に振る舞っていた夏未ちゃんの体が震えていった。思わずその手を握り締める。…そうだよ、だって、夏未ちゃんはしっかりしてたって私と同じ中学二年生の女の子なんだ。
理事長に付いててあげろよ、と言う守に私と秋ちゃんも頷く。

「良いんだよ、夏未ちゃん」
「…薫さん」
「こんなときくらい、自分の気持ちを優先したって良いんだから」

お父さんがこんな風になってしまって、心細くない訳がない。大切な家族のはずだ。私だってお父さんやお母さん、ましてや守がこんな目に遭ったら取り乱さない自信が無いんだから。
夏未ちゃんはそんな私たちの言葉に少しだけ俯いて、けれど小さく頷いてくれた。やっぱり夏未ちゃんでも今回ばかりはお父さんが心配なようだ。

「威勢がいいな」
「刑事さん!」

そのとき、そこにやって来たのは総帥さんのことでお世話になった鬼瓦のおじさん。理事長が事故に遭ったと聞いて飛んで来たらしいおじさんは、総帥さんのことで理事長と手を組んで調べていたのだという。

「だが今の奴に、手が出せるわけが無い」

…その言葉を聞いて、思わず顔が曇る。あの決勝の日の帝国学園の鬼道くんたちのことを思い出した。子供らしい、ただ純粋に自分たちの実力で戦わせて貰えなかった選手たち。
また、あんな陰謀めいた何かが関わっているとでもいうのだろうか。そんなのは、守が好きにのびのびとサッカー出来ないようなこと、死んだってごめんだ。

家に帰ると、携帯には鬼道くんからのメールが届いていた。試合前だからと簡潔にしたためられた一文は、何とも鬼道くんらしくて。

【明日からの試合、お互いに健闘を祈る】

「…そうだよ、私たちは、自由にサッカーがしたいだけなんだから」

だから、誰も彼も私たちを邪魔しないで。
…誰に向けて呟いたかも分からないその言葉の返事は当然無いまま。
FF前日の夜は、いろんな思惑を抱えたまま更けていった。





次の日、FF本戦開会式当日。会場へ足を運んだ雷門中が入場を待つ間、私は何となく落ち着かなくて帝国の待機する方へ足を向ける。
けれどやはり敵チームの元に単身訪れるのは勇気がいるもので、それぞれ自由に過ごしているらしい帝国を見つけたのだけれども、そこに話しかける勇気が持てない。

「…薫?どうかしたのか」
「薫さんか?」
「佐久間くん、源田くん」

しかし何となくその場でウロチョロしていれば佐久間くんに先に見つかってしまった。途端に浴びる帝国側の視線に肩を竦めつつも小走りで近寄る。鬼道くんはどうやらお手洗いに行っているらしい。

「何だか緊張してきちゃったね。佐久間くんたちは緊張してない?」
「そうか?」
「俺たちは去年も来ているからな…」
「あ、たしかに」

そういえば忘れていたけどこの人たち、全国常連優勝校だった。そりゃあ並の精神力では無いはず。マネージャーが緊張してどうする、と呆れ顔の佐久間くんにごもっともですと返した。

「帝国と雷門が当たるなら決勝だし、お互いに負けないように頑張ろうね」
「ま、俺たちが先に頂上で待っててやるよ。雷門の方が負けないか心配になるな」
「おい。…佐久間なりの激励なんだ、気にしないでくれ」
「わかってるわかってる」

源田くんは佐久間くんのお母さんかな。自信に満ち溢れた表情で憎まれ口を叩く佐久間くんを小突いてフォローするように言い添えてくれた源田くんに笑って手を振る。佐久間くんはちょっと口は悪いけど、実は仲間思いでチームのことが大好きな素直じゃ無いペンギン好きの男の子なのだから。

「ね、佐久間くん」
「ペンギン好きのところ言う必要あったか!?」
「実は怒ってるのか」

ちょっとムカついただけです。大丈夫だよ、源田くん。私はやる時はやる女。やられたら二倍三倍気持ち次第でやり返す女。まだ小さい頃の守や風丸くんを虐めようとする奴らを、笑顔で口先と拳でコテンパンにして追い返してやった小学校低学年の頃の私は雷門小学校の伝説だ。わぁ嬉しくないね。

「何を騒いでいるかと思えばお前か…」
「あ、鬼道くんだ」

わあわあ話していると、お手洗いから戻ってきたらしい鬼道くんが私たち三人の間に割り込んで来た。呆れたような顔をしているけど止めないあたり、別に迷惑ではなかったらしい。良かった。

「何しに来たんだ?あっちで雷門中がお前を探していたが」
「あっ」

そういえば、誰にも帝国の方に行くことを言っていなかった気がするね。そう呟けば、三人から呆れたような視線をいただく。そんな目で見ちゃやだよ。そんな微妙な空気を誤魔化すように一つ咳払いをして、私は手にしていたビニール袋を差し出す。「まさか」という顔の源田くんと「想像はついてます」と言いたげにスンッとした顔をする鬼道くんと佐久間くん。塩飴だと思うでしょ。ふふふ、今回は違うんだなぁ。

「じゃじゃん、塩レモン飴〜」
「レモンが入っただけだろ」

そんなことないやい。ビタミンCが入ってくるから健康にも良いんだぞ、多分。明日以降の試合予定が分からないし、応援に行けるわけでもないから今渡しておこうと思って持ってきた奴だ。前回差し入れたときはこの三人以外は警戒して食べなかったと聞いていたから袋ごと用意するかは迷ったのだけれど、なんかそれも失礼だと思ってちゃんと全員分用意しました。

「三袋入ってるから、もし三人以外食べなかったら一人一袋ずつ貰ってね」
「自分で言ってて悲しくないのか…」
「実はちょっと悲しい」

未だ警戒されているのか、遠巻きにこちらを見ている帝国選手たち。けれどキャプテンである鬼道くんとお母さんの源田くん曰く「他校の女子にどう接すれば良いか分からないだけだから気にするな」ということらしい。怖くないし取って食べたりはしないから怯えなくても良いのだよ。

「薫」
「あれ、豪炎寺くんだ」
「こんな所に居たのか…。円堂とマネージャーたちが心配してるぞ」
「わぁごめん、それは申し訳なかったや。じゃあ鬼道くんたち、お互い頑張ろうね」
「あぁ」

迎えにきた豪炎寺くんと並んで雷門中の方に帰る。人混みの中をみんなで手分けしてわざわざ探してくれていたらしい。帰ったら秋ちゃんや染岡くんたちに怒られそうだな、と一人頭を抱えていれば、豪炎寺くんが何故だか遠慮がちに口を開いた。

「…鬼道は、お前の友達なんだよな」
「え?うん、そうだよ」
「…そう、だよな」
「…豪炎寺くん?」
「…いや、気にするな。何でもない」

何やら含みのある言い方だが、豪炎寺くんはその理由も意図も教えてはくれなかった。ちょっとそのことが不満だったけれど、雷門中に辿り着いた途端に風丸くんに両頬を掴み伸ばされながらのお説教が始まってしまったおかげですっかり頭から抜け落ちてしまった。






『…鬼道は、お前の友達なんだよな』
『え?うん、そうだよ』

先ほどの問答が蘇る。あっさりと迷いなく肯定されたその答えに内心安堵しつつ、しかし同時に思い起こされるあのゴーグル越しの眼差しに、ほろ苦い思いで自嘲した。

「…だがお前は違うんだろうな、鬼道」

ただの友達であるならば、あの男が、彼女の別の友人の男に向けてまるで邪魔者を見るような煩わしげな目を向けてくるはずなど、絶対に無いのだから。





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