04


次の日、予想通り私たちと同じクラスに転入してきた豪炎寺くんは、私の隣の席になった。守が驚いたように立ち上がって指を差していたけれど、そういえば教えていなかったっけ。でも豪炎寺くんがなんか微妙な顔をしているからやめてあげてね。

「…同じクラスだったのか」
「うん、よろしくね、豪炎寺くん」

隣の席までやってきた豪炎寺くんは、私の顔を見て驚いたように微かに目を見開いたけれど、昨日のうちに顔見知りだったからか、どうやら少し安心したらしい。緊張気味だった顔を僅かに緩めていた。知らない人間ばかりの空間に放り込まれるのはやっぱりちょっと怖いもんね。

「教科書は前の中学と一緒?」
「いや、一部は違っていた」
「じゃあ授業の時は言ってね、見せるから」
「悪いな」

隣の席であることと、昨日のうちに頼まれていた私の心構えができていたこともあって、クラスの中でも私が世話係という認識で落ち着いたらしい。
一通りそんな確認とやり取りを済ませた後、一時間目の国語で教科書を見せる為に席を寄せていれば、どこか面倒そうな顔でため息をつく豪炎寺くんが目に入った。不思議に思って首を傾げたけれど、よくよく見ればこちらに向けて守からの熱い視線が降り注いでいる。なるほど、このせいか。

「あちゃ、守に目をつけられたんだ」
「…さっきも思ったが、お前の双子の兄っていうのは…」
「うん、はい、あれが私の自慢の双子の兄の円堂守です。双子共々よろしくね」

大方、昨日のすごいシュートを見て豪炎寺くんをサッカー部にスカウトしたいのだろう。いつもなら私も瞬時に賛同してスカウトを始めているところなのだが、昨日の複雑そうな顔を見るに、やめておいた方が良いかもしれない。だから私は心の中で守に謝りつつ、豪炎寺くんに注告だけしておく。

「覚悟しておいた方が良いかも。守は割とタフだから、地の果てまで追って勧誘しに来るよ」
「…」
「まぁでも、嫌な時は嫌って言ったら引いてくれるからしばらくは付き合ってあげて」

そして案の定、昼休みになれば守が秋ちゃんを連れて勧誘に来た。先ほどまでの授業の進み具合について確認し合っていた私たちを交互に見て「もう仲良くなったのか?」なんて守が言うから、両手でピースを返せばどこか安心したように頭を撫でられてしまう。守はいつも私に甘やかされている、だなんてみんなから揶揄われているけれど、本当に甘やかされているのは私の方だ。


「…サッカーは、もう辞めたんだ」


話の本題である「サッカー部に入らないか」という守の誘いに、豪炎寺くんはやっぱり顔を背けてそう答えた。顔が強張っている様子から見て、やはり何かしらの事情があるらしい。それでも食い下がろうとする守に、豪炎寺くんの表情が苛立たしげになっていくのが分かってそろそろ止めようかと手を伸ばしかけたその時。間に入ってきたのは他のクラスの半田くんだった。なんでも、守が校長室に呼ばれたという。

「…やっぱ廃部なのかな…」
「そんな…」
「まだ分からないよ。たとえそうだとしても、守が簡単に受け入れるとは思わないし、今は信じて待とうよ」
「薫ちゃん…。…うん、そうね。私たちもできることをしなくちゃ!」

…ただ、やはり半田くんの言う通り、廃部についての話なのだとは思うけれど。人数は足りないし、実績も無いし、練習さえしていないの無い無い尽くしの部活を学校側が見逃すとは思えない。特に生徒会長職も兼任している理事長代理の雷門夏未ちゃんなんかは非常に合理的な性格をしているから、こういうことには厳しいだろう。

「帝国学園と練習試合?」

悪い予感というものは的中するもので、やはり守は廃部についての話を聞かされたらしい。そしてやはり予想通りそれに噛み付いた守が、その場に同席していたという雷門夏未ちゃんから出された廃部撤回の条件は、ちゃんと人数を集めてあの帝国学園サッカー部との練習試合で勝つこと。
…帝国学園サッカー部は中学サッカー界最強と名高いサッカーの名門だ。なんと四十年無敗を誇る、とても恐ろしいほどまでに強いところ。豪炎寺くんが前まで居たという木戸川清修中学とはたしか、去年決勝戦で当たっていたはずだ。…昨日の様子も踏まえて、聞いたら不味い気もするから何も聞かないでおくけど。しかし打倒帝国を掲げて燃える守は良いとして、すっかりやる気を失ってしまっているみんなは、本当にこのままでも良いのだろうか。

「…サッカー部?」
「うん、影野くん帰宅部だったなぁと思って。どうかな」
「お、俺のこと認識してるの…?」
「え、うん。一年の時はクラスメイトだったし、一応隣のクラスの人のことくらいは把握してるよ」

まずはさっそく足りない部員集めだ、と守と秋ちゃんと三人息巻いて校内中を駆けずり回る。守はとりあえず運動部からの引き抜きを考えているらしく、各部を回ってはすげなく断られてしまっているらしい。
私と言えば、まず帰宅部に目をつけた。運動神経は良いのに部活に入らない生徒だって少なくはないしね。現に今もこうしてとりあえず近くのクラスを当たってみれば、隣の教室でポツリと一人、席に座る影野くんを見つけられた。

「サッカー部に入ったら、目立つかな…」
「うーん…サッカーがもともと目立つ部活だしね。でも、影野くんの影の薄さは相手の隙をつけたりなんかも出来る武器だと思うんだけど」
「ぶ、武器…?」
「うん、無理は言わないけど、良ければ考えてみてね」

あの言い方からして、影野くんは実は目立ちたくないのかもしれない。よくひっそりと教室の隅にいたりするし、そうなれば観衆の視線集まるコートというものは彼にとって酷なものになるだろうから、あまり強く勧めない方が良いかも。





そして、なんやかんや守の奮闘ぶりを見てやる気を出したらしい雷門中サッカー部。風丸くんも守の誘いを受けて助っ人として試合に出てくれることになったらしい。風丸くんの足の速さは前から目をつけていたから、この機会にサッカー部に完全に引き抜いてしまうのもありかもしれない。そうなったら宮坂くんに怒られてしまうことは間違いないのだけれど。背に腹は変えられぬ、というやつだ。

「やっぱり体力強化だねぇ」
「本当ね…」

いつも練習する守や陸上部の風丸くんとは違い、簡単にバテてしまっているサッカー部の面々を見下ろしながらそう呟けば、思わずといった様子で秋ちゃんが遠い目をしてしまっている。分かるよ、これは試合が終わってからの練習でどうにかしなきゃいけない。
「次があんのならな」という皮肉をこぼしてくれた染岡くんには即座にチョップだ。斜め60°、テレビを直すことでお馴染みの必殺チョップを食らうと良い。ほどよく頭のバグが治るはずだ。

「痛えよ!!」
「弱気は損だよ染岡くん。いつもの負けん気はどうしたの。どんなことにも食ってかかるタフネスさが染岡くんの長所だよ」
「…」
「あとね、夢を見ない人間にはいつまで経っても奇跡は起こらないって知ってた?」

少年よ、大志を抱け。あの有名な教育者も言ったじゃないか。何事も大きな夢や目標が無ければ始まらないんだぞ。そう言ったら、偉そうにすんなと跳ね除けられてしまった。でもどこか、それが決まり悪げだったから私は気にしてないよ。君が頑張ってるのはこの一年でよく知ってるからね。それに私は創部当初からずっと一緒に頑張ってきた君や半田くんのことは、他の人が思うよりもずっと強く信頼していたりするから。

「豪炎寺くんは明日の試合見に来るの?」
「…いや」
「そっかぁ、みんなに聞いても割と来るって言ってたよ。サッカー部の見納めだ、なんて言うけど失礼だよね」
「…あぁ」

教室移動の付き添いの名残りで、豪炎寺くんとは一緒に移動するようになってしまった。私が教科書やら何やらの準備に手間取っていても、豪炎寺くんは律儀に待っていてくれる。もう既に場所は覚えてしまったはずなのに、無意識なのかもね。でもちょっと仲良くなれたようで私は嬉しいよ。
そして今、私たちは理科室への移動中にとうとう明日となった帝国戦の話をしている。豪炎寺くんにも明日のサッカー部の勇姿をぜひとも見て欲しかったのだが残念、どうやら来る気は無いらしい。
ふとそこで、豪炎寺くんが突然立ち止まった。私は少しだけ前に身を乗り出して、踏み出しかけた足を戻す。止まってしまった彼を振り返れば、豪炎寺くんはどこか私を探るように目を細めて、ゆっくりと口を開いた。

「…いい加減、諦めたらどうだ」
「?」
「俺は、何を言われてもサッカー部には入部しないぞ」

豪炎寺くんから向けられる、何かを責めるような少し厳しい顔に首を傾げる。…なるほど、これはどうやら誤解されているらしい。私が豪炎寺くんに近づくのはサッカー部への入部を目論んでのことだと思われていたのだろうか。
何だか思いが一方通行のようで悲しくなった。恋なんてしていないしよく分からないけれど、よく漫画や小説で片思いに嘆く女の子たちの気持ちはこんな感じなのだろうか。そんな思いを抱えながらも、私は豪炎寺くんを真っ直ぐに見据える。

「サッカーを理由にしなきゃ、豪炎寺くんと仲良くなっちゃいけないの?」
「!」
「豪炎寺くんとは普通に仲良くなりたいよ。普通に良い人そうだし、私は友達になりたいんだけどな」

だってサッカーだけが豪炎寺くんじゃないでしょ。人の話を聞く時はそれが下らない話でもちゃんと顔を向けて聞いてくれるし、一つ一つの些細な気遣いにお礼を言ってくれることも私は知っている。彼は根本的に良い人なのだ。守の話だって、無視すれば良いのに何だかんだで律儀に聞いてあげているのだから、これで私が豪炎寺くんを遠ざける意味が分からない。
…まぁ、私の関わりが鬱陶しいというのならそれは私の独りよがりなエゴだ。その点については反省しなければ。

「んん、でもうざかったら言ってね、話しかける頻度は減らすから」
「…いや、良い。俺が気にし過ぎた」
「わかった、じゃあこれからもいつも通り話しかけるね」
「あぁ」

私の言葉にどこか呆然としていた豪炎寺くんだったけれど、最後には首を横に振って私の言葉を遠慮した。その瞳がどこか少し揺れていたように見えたのは私の錯覚だろうか。
…そして明日はとうとう帝国学園との練習試合だ。勝つか負けるか、存続か廃部か。
どちらにせよ、守が悲しむような結果にならないようになることを祈るしか、私にはきっと出来ない。





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