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FF本戦の第一回戦となる戦国伊賀中戦は、見事雷門中の勝利で幕を閉じた。
戦国伊賀中。あちらの監督はどうやら忍者の末裔であるらしく、忍術を用いた特訓で鍛え上げられた相手選手たちは驚くほどにとても手強かった。
途中守が手首を負傷したりなどのハプニングもあったのだけれど、その分みんなのやる気は上がり壁山くんの新必殺技が生まれたりもした。
そしてその中でも風丸くんは宮坂くんも見に来ている中、さらに速度の増した足捌きで相手選手を置き去りにしたり、新必殺技である炎の風見鶏を決めたりと大活躍で。

「勝った!」
[あぁ、見てた。危なっかしい試合だったがな]
「明日はね、個人練習だって言ってたから帝国の応援に行くよ」
[俺は大事を取って控えに回るが…応援してやってくれ]
「鬼道くんごと応援するんだよ」

帝国の初戦の相手は開会式で特別枠だと発表されたあの世宇子中だと聞いた。データも評判も何一つさえ無い。選手の見た目ですら分からない。そんな異例で異色のチームに対しての不安はあるけれど、帝国なら大丈夫だと思った。
守たちと約束した、決勝での再戦。
それを疑うことなく信じて、明日始まる試合は見事帝国が勝ち抜くのだと思っていて。

だから、目の前で起きた凄惨な光景に、私は目を疑った。悲鳴を上げなかったことが奇跡的ですらあった。

「…もしもし、春奈ちゃん」
[あ、薫先輩!お兄ちゃんたちどうでしたか?勝ちましたか?]
「…負けた」
[え?]

鬼道くんの妹である春奈ちゃんにこれを言うのは、本当は憚られることなのだと思う。誰もが倒れ臥すフィールド上で唯一二本足で立つ鬼道くんの傷ついたような表情。私はその理由を春奈ちゃんに教えたくは無かったし、きっと本人も知りたくは無かったはずだ。…でも。

「帝国学園は、10対0で、世宇子中に完敗した」
[…!お、お兄ちゃんが居るのに!?]
「…鬼道くんは、雷門との試合で負った怪我のことと、相手がノーマークだったこともあって控えだったの。
それに、鬼道くんが交代を申し出た頃には、もう…!」

帝国学園の棄権だ。人数の足りないフィールド上で、鬼道くんだけが走れるはずがない。審判が高らかにそれを告げ、会場内は不穏な騒めきに揺れていた。
私は春奈ちゃんとの通話をおざなりに切ると、その人混みの中を掻き分けて帝国側のベンチへと走る。担架がいくつもフィールド内から出てきて、その中に意識の無い佐久間くんと源田くんが運ばれていくのを見つけて。
そして、その後から出てくる鬼道くんの姿が見えて私は駆け寄った。

「鬼道くん!」
「…お前か。今日は悪かった、無様な姿を見せたな」
「鬼道くん」
「あれだけ大口を叩いておいて、結局俺は何も出来なかった」
「鬼道くん!!」

肩を掴む。それ以上口を開いて欲しく無かった。大事な友達を、鬼道くん自身を馬鹿にしたり蔑んで欲しく無かった。訴えるように叫ぶ言葉がどうか、鬼道くんの壊れそうな心に届いて欲しい。その一心で言葉を吐き出した。

「見てたよ、鬼道くん。鬼道くんが最後のギリギリまで試合続行を迷って、けれど佐久間くんたちのことを考えて棄権したのも見てた!鬼道くんは鬼道くんなりのやり方で戦ってたよ。キャプテンとしてチームの為に決断してたじゃん!!」

棄権することは、どれだけ苦渋の選択だっただろう。まだ戦える可能性を摘み取ってまで選んだ安全は、消極的と糾弾されようとそれもまたチームを守る一つの策だ。決して非難されるべきことじゃない。

「鬼道くん、病院に行こう。佐久間くんたちに会いに行こうよ」
「…いや、俺は行けない、行かない。…合わせる顔が無いんだ」

お前は行ってやってくれ、と言う鬼道くんの顔はあまりにも痛々しかった。私を捉えたその瞳が僅かに揺れて、自嘲気味に顔が歪んだのを見て。
私は、思わずその体を抱きしめた。

「鬼道くんの、せいじゃないから」
「…」
「絶対それだけは、違うから」

何も出来ない悔しさを、私はよく知っている。守たちが立ち上がることを信じて願って待つことしかできない苦しさは、死ぬほど辛くて泣きたくなるものだから。
鬼道くんに苦しんで欲しくない。いつものようにあの不敵な笑みを浮かべていて欲しい。
あんなにも私はいつも、鬼道くんに助けられているのに。
こんな時に一つも彼の心を楽にしてやれない自分が、ただただ恨めしかった。





鬼道くんと別れてから私はすぐに帝国選手たちが搬入されたという病院に足を運んだ。先に目の覚めていた源田くんによると、一番傷が深いのは源田くんと佐久間くん。他の選手は割と傷は浅くて、けれど軽いわけでもないらしい。佐久間くんは源田くんの病床の隣、まだ少し苦しげな表情で眠っていた。

「鬼道のこと、頼んでも良いか」
「…わたしに?」
「あぁ。薫さんに」

源田くんの微笑みは穏やかだった。辛いのは鬼道くんも同じだけどお互い様のはずだ。ゴールキーパーというポジション上あの十点を身に受けたのは源田くんで、だからこそ傷は深い。なのに、こうして彼の口から出てくるのは他のチームメイトへの心配そうな声ばかりだった。

「鬼道は薫さんに心を許しているところがある。あんなに穏やかな顔で笑う鬼道を、俺たちは見たことが無かった。…だから、頼む。俺たちが何を言ってもあいつはきっと納得しない。
鬼道は何も悪くないんだと、伝えて欲しい」
「…うん、分かった。でも、ちゃんとそれを鬼道くん本人にも伝えてね」
「あぁ。…ありがとう」

その後に続いて呟いた、すまない、というその言葉は、何に対しての謝罪だったのだろう。鬼道くんへの伝言に対するお礼か、それとも試合に負けて再戦の約束を果たせなくなったことへのお詫びか。後者なのなら、私は容赦無く源田くんをどつく。たとえ怪我人でも容赦無くどつき回す。

「そんな謝罪なんて要らないから。それでも謝るなんて言うなら、そこで狸寝入りしてる佐久間くんごとどつき回してやる」
「俺もかよ…」
「起きてたのか佐久間…」

先ほどから何やら話に混ざりたそうな、そわそわした雰囲気をしている佐久間くんを指差しながら源田くんをジト目で睨みつければ、背後から抗議の声が上がる。当たり前だよ、君だってどうせ同じこと言って謝る気だったんでしょ。それくらい分かるよ。

「…鬼道くん、みんなに合わせる顔が無いって、言ってたから」
「…鬼道…」
「無理やりにでも合わせる顔を作って引き摺って来るからそれまでに元気になっててね」
「力技過ぎだな!?」

キャプテンが見舞いに来なくてどうすると言うんだ。ちゃんと顔を突き合わせて、言葉を交わして、次は頑張ろうと肩を叩き合えるのが仲間じゃないのか。
敗北なんて一度もしたことの無かった鬼道くんはそれをきっと知らないだけだから。
どん底から這い上がってきたチームのマネージャーが、それを身をもって教えてあげようじゃないか。

「…もしかして俺は、余計な口添えをしたのか?」
「今気づいたのかよお前…」

メラメラと燃え立つ私を見ながら、二人がコソコソとそう言い合っていたことに私は気がつかなかった。





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