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現在病院にて入院治療リハビリ中であろう源田くんと佐久間くんへ。
あれから私は、何度電話してもメールしてもうんともすんとも言わなかった鬼道くんに心を痛めつつ懸命に連絡し続けていました。鬼道くんのことを考え過ぎて、マネージャーの仕事中に一瞬物陰に鬼道くんが居るのではないかと錯覚するほどにです。春奈ちゃん曰く本当に居たらしいので後日そこは詳しいこと話を聞くことにしました。
ですからこれは、私が一発鬼道くんにお見舞いしたって許されることではないのでしょうか。

「お覚悟」
「待て待て待て待て!」
「落ち着け!」

止めないでくれ染岡くん風丸くん。私はこの薄情者のこんちきしょうにいろいろと言ってやる権利があるのだ。ほら、あっちも自覚はあるのか顔を引きつらせながら気まずそうに目を逸らしているじゃないか。君の電話の履歴を今すぐ見せてみなさい。とんでもない通知の量のほとんどが私のはずだぞ。
そもそも始まりは二回戦である今日の千羽山中戦。何故か「もう一人来る」と頑なに試合を始めようとしなかった響木監督に従って待っていれば、そこに現れたのは雷門中のユニフォームに身を包んだ鬼道くんだった。通りで何故か余りのユニフォームをクリーニングに出すよう指示された訳だ。

「このまま引き下がるわけにはいかない…!」

言いたいことは分かる。そして現在不調気味の雷門中にとっては頼もし過ぎる新顔であることも。私だって本当ならば諸手を上げて大歓迎したい。だがそれとこれとは話が別だ。おのれ鬼道有人。この恨み、今晴らさずしていつ晴らす。夜は苦手だというのに、私は君に連絡する為に頑張って毎晩一時間ずつ夜更かししてたんだぞ。

「落ち着け」
「あいた」

ぷんすこしてたら豪炎寺くんに額をデコピンされてしまった。年頃の女の子の顔になんてことを。手加減されていたのかそこまで痛くは無かったけれど、そこそこ衝撃のあった額を思わず抑えてしまう。まぁけれどおかげで落ち着いた。方法は何であれありがとう豪炎寺くん。

「後で鬼道くんとは膝を突き合わせて話すことにするね」
「…そうしてやれ」

微妙そう顔をしている豪炎寺くんだけど、別に文句は無いらしい。それなら心ゆくまで後でお説教だね。二人との約束通り、病院にも引きずって連れて行かなくては。





千羽山中には勝利することが出来た。
前半は一点先取されたものの、宍戸くんの場所に入った鬼道くんがわずか十分でバラバラでパスの通らない雷門中の癖やらズレを見抜いて修正。何とか攻撃が通るようになったものの、しかしそれでもシュートは決まらなかった。

「無間の壁…」

三人で繰り出す無敵のディフェンス技。ドラゴントルネードもその壁に阻まれてしまい、さすがの鬼道くんも悔しげな表情。
前半と後半の合間の休憩中、その壁を破る為に豪炎寺くんを下げて染岡くんのワントップでいこうと指示した鬼道くんに、納得のいかなかったらしい半田くんが噛み付いた。

「そんなの俺たちのサッカーじゃない!」

…けれど、鬼道くんはそれをバッサリと切り捨てた。雷門中はもう既に全国レベルであり、そんなこだわりを持っていては勝てないということ。

「もうお仲間サッカーをしている場合じゃない」
「言い方」

思わずその背中をグーで殴る。言いたいことは分かるし鬼道くんの言うことは正しいけれど、せめて言い方を考えようよ。
私の暴挙に小さな呻き声を出した鬼道くんに、一瞬張り詰めていた空気が緩んだ。元は敵でも今は仲間なんだから。自分から壁や敵を作りにいかないの。
そしてついでに、まだ浮かない顔をしている半田くんに声をかける。

「半田くんの言いたいことも気持ちも分かるよ」
「…薫」
「でもね、戦い方は変わるものだし、それは仕方のないことなんだと思う。大事なのは、心を変えないことだよ」
「…心?」

半田くんは仲間思いだ。豪炎寺くんが入ってきたばかりの時も、染岡くんを蔑ろにしようとした一年生に憤っていたのも半田くん。このチームの中でも古参の半田くんだからこそ、このチームの変化を誰よりも不安がっているのだろう。…でも。

「諦めず、何度転んでも立ち上がるのが雷門中の信念だよね」
「!」
「雷門中の戦いの根底にはその心がある。それさえ変わらなきゃ、いつまでも雷門中は雷門中のままだと思うな」
「…そうか。確かに、そうだよな…」

半田くんは私の言葉に何度か頷くと、フィールドに戻って行った。…そうだよ、私は半田くんだからこそ、そのことに気がついて欲しい。雷門中の心を作り上げてきたのは、半田くんだってそのうちの一人なんだから。
そして始まった後半戦。一度は無間の壁に心を折られそうになっていたものの、守の叱咤で目を覚ましたみんなの猛攻撃。
その壁がとうとう破られたのは、守と豪炎寺くんと鬼道くん。三人の必殺技だった。背後のベンチでは何やら目金くんが騒いでいたけれど、構っていられるほどの余裕が無い。

そして、染岡くんの決めたドラゴンクラッシュ。その追加点と共に、試合は雷門中の勝利という形で幕を下ろした。





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