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試合が終わりその日は現地解散になったものの、まだ練習したいという守に付き合って私たちは鉄塔広場に来ていた。私の荷物はいつもの特訓セットに、一度家に帰って守が支度をしている間に作ったおにぎり五つと水筒。五つは多いかもしれないけれど、余ったら明日の朝ごはんにしてしまえば良い。

「守、ちょっと腰が高くなってきてるよ」
「おう!」
「今度は少し低すぎかな。程よく程よく」
「…難しいな!」

細かい調整をしつつ、いつものタイヤ特訓に励む。試合を終えたばかりなので、私が組んだメニューはいつもよりもずっと軽めだ。ここばかりはいくら守の頼みでも譲れない。怪我をしたら元も子も無いしね。守も私の言うことなら、と渋々ながら受け入れてくれた。
するとそこで、背後から足音が聞こえてきて。

「やっぱり来てたか」
「あれ、豪炎寺くんたちだ」

驚いたような顔をしている鬼道くんを連れて豪炎寺くんがやってきた。タイヤの反動でひっくり返っている守を起こしながら名前を呼べば、豪炎寺くんが一緒になって起こすのを手伝ってくれた。
どうやら豪炎寺くんは、守がここで練習している姿を見せたかったらしい。持参したおにぎりをみんなに一つずつ渡しながら守と鬼道くんの話に耳を傾けていれば、聞こえて来るのは懐かしいことばかり。

「そういえば鬼道くん、初対面でいきなり守にシュート撃ったんだったね」
「あの時お前はたしか俺を射殺しそうな目で見ていたな…」
「正直はっ倒してやろうかと思ってたよ」

守にお茶を手渡しながら朗らかに笑う。あの時は本当にどうしてやろうかと思ったね。それにしてもよくここまで三人とも仲良くなったものだ。振り返れば一人は勧誘拒否、一人は元敵チームのキャプテンだったというのに。
そう呟けば豪炎寺くんも鬼道くんもいろいろと思い出したのか、それぞれが気まずそうに顔を背けていた。その真ん中で気にしていないような顔で手渡されたお茶をあおっている守。いつも通りマイペースだね。

「でも、本当にこうしてみると不思議だよね。少し前までは、お互い存在すら知らなかった他人同士だったのに」
「あぁ、そうだな」
「でも俺、お前たちと仲間になれて良かったと思ってるぜ!」

守の言葉に微笑む二人。それを見ていると、何だか私まで嬉しくなってしまった。豪炎寺くんと鬼道くん。守はずっと「一緒にサッカーがしたい!」と願っていた。それはもちろん試合でという意味もあるのだろうけれど、きっと守は同じ仲間としてもプレーしたがっていたはずだ。
そんな守と鬼道くんが握手する。それを見ていた豪炎寺くんに「行かなくていいの?」という意味を込めて目を向けると、そっと首を振られた。豪炎寺くんは豪炎寺くんで鬼道くんと何やら話は既にしたらしい。

「それにしても鬼道くん」
「…どうした?」
「私もついさっきまで忘れてたんだけどね、そういえば鬼道くんとちゃんと話すこと話してなかったなぁって」
「あ」
「そこに直りなさい」

思い出したように顔を引きつらせた鬼道くんと、これからの展開を察してそっと距離を取った守と豪炎寺くん。さっき仲間がうんちゃらかんちゃらの話してなかったかい君たち。見捨てるのが早過ぎだよ。英断だけど。
助けろ、という鬼道くんの視線からそっと目を逸らす二人を見ながら私はにっこり笑って鬼道くんの両頬を引き伸ばした。もっちもちの肌はずるいんじゃないか。

「なぁぁぁんで私の連絡無視したのぉぉぉ」
「お前にも合わせる顔が無かったんだ!!悪かった!!」

一瞬、着拒されたのかな?とか嫌われちゃったかな?とかって心配してしまった私の焦りを返せ。いっそ押しかけようかとも思ったのだけれど、帝国まで行って会いに行くのも押し付けがましいな…と遠慮してたんだぞ。こうなったら無理やり追い詰めでもして捕まえておけば良かったじゃないか。

「…源田くんと佐久間くんから伝言。鬼道くんは何も悪くないって」
「!」
「誰も鬼道くんを責めてないよ。怒ってないんだよ。むしろ、自分たちが力不足だったって自分を責めてる。鬼道くんはそれで良いの」
「良い訳ないだろう!?あいつらは…!」
「なら、ちゃんとそれを言いに行こう」

謝ることがあるとすれば、ひとつだけだよ。
『見舞いにこれなくてごめん』。この一言だけが、鬼道くんの謝る唯一の悪いことだ。そもそも、本人たちが許してるのに勝手に自分で自分を責めるのはおかしいでしょ。

「明日、一緒にお見舞いに行こう。連れてくるって約束したんだもん。引き摺ってでも連れて行くからね」
「…引き摺るのは、止めろ」

冗談めかしてそう言えば、鬼道くんもようやく気の抜けたように笑ってくれた。後ろの守たちも微笑ましげにこちらを見ている。
そうだよ、鬼道くん。まだまだ私たちは子供なんだから、そうやって笑ってなきゃ。
サッカーは楽しむもので、苦しむものになっちゃ駄目なんだよ。





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