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鬼道くんが雷門中に転校してきたというのは本当の話だったらしく、隣のクラスである影野くんと同じクラスに割り当てられたらしい。帝国学園からの転校生だということで質問攻めにあっているのを移動教室中に覗いてみたクラスで見た。私の隣で気の毒そうな顔をして同じく鬼道くんを覗き見ている豪炎寺くんに話しかけてみる。

「わぁ大変そう」
「他人事だな」
「豪炎寺くんもあんな感じだったっけ。もっと静かだった気がするけど…」
「円堂とお前がずっと話しかけてたからな。口を挟めなかったんだろ」

なるほど。つまり意図せず私たち双子が豪炎寺くんを独占していたというわけか。だからこそのあの嫌がらせ。守は男だから気にすることもないんだろうけど、私は女だから恋敵だと思われたのかもね。そんなことは無いけれど。
ちなみに移動教室は私は守と移動することは少ない。一緒に居たいからって四六時中、守を独占する訳にはいかないし守にだって友達は居るのだ。私にだってもちろん友達は居るのだけれど、彼女たちは何故かこういう移動のたびに私と豪炎寺くんに向けて親指を立て何やら清々しい良い顔をして離れて行く。良い仕事しましたって顔してるけど何の仕事?

「なんだと思う?」
「…さあな」
「なんで目を逸らすの」

それは何かしら事情を知っている目だな?しかし頑なにも答える気は無いらしい豪炎寺くん。大人しく諦めることにした。大したことでも無いことを無理やり聞くのは良くないしね。
ふと時計を見れば、移動時間は僅かになっていた。そろそろ鬼道くん観察を切り上げて行かなければ。そう思って歩き出すと、ふと視線の合った鬼道くんが驚いたように目を見開く。その目の意味が分からなくて、首を傾げながらとりあえず手をひらりと振っておいた。

「行くぞ」
「はーい」

次の授業はたしか理科だ。実験をするとのことだったので、少しだけワクワクしている自分が居る。







「…影野、豪炎寺たちはいつもああなのか」
「あ…うん。隣の席らしくて、円堂さんはキャプテンと木野さん以外にはだいたい豪炎寺くんと一緒だよ…」
「…そうか」





帰りの会が終わって放課後になってすぐに守たちに先に行くよう伝えておくと、私は女子更衣室に駆け込み手早く制服からジャージに着替える。ちなみにいつもとは違う運動用のジャージだ。そしていつもは下ろしっぱなしの髪もさっさと上でお団子に。これがいつもの私の運動スタイルだった。
そしてそのままてってけと荷物を部室に置きに行くと、私のジャージ姿を見て今日の練習メニューを悟ったらしいみんなが引きつった顔をする。鬼道くんだけが物珍しそうな顔で私を見ているが、たしかに君の前で運動用のジャージ姿になるのは初めてかもね。髪を上げているのも。

「そんなわけで鬼道くん歓迎会という名の体力作りの時間だよ」
「うわっ!!!!!」

今日はさっそく鬼道くんの雷門中での初の練習だということで、うちのメニューでは避けては通れぬ体力作りの洗礼を受けてもらうことにした。半田くん曰く『地獄のブートキャンプ』と名づけられたそれは、一応私の体力を基準にしてメニューを組んではいるもののいかんせん私の体力が化け物過ぎた。あのいつも涼しい顔の豪炎寺くんに膝をつかせるレベル。でも最近はその豪炎寺くんも私のペースに食らいついてくるようになったしもっと頑張ろうね。

「守はいつも通り別メニューね」
「あぁ、ありがとな!」
「円堂は別なのか?」
「キーパーは使う筋肉も違うし、持久力よりも瞬発力の方が必要だから別メニューなんだよ」
「なるほどな…」

鬼道くんは、メニューを響木監督でなく私が作っていることに驚いたようだけどちゃんと理由を説明したら理解してくれたらしい。響木監督も前に一度メニューを見せたら頷いて私に任せてくれた。ちょっと引きつった顔してたけれど。
そしてこのメニューの時は決まって私も参加する。文句を言わせない為だし、私も体を目一杯動かしたいからという理由もある。

「準備運動しっかりね。体調悪いときはマネージャーに報告するんだよ」

元気でやる気な守の声と、力無く応えてくれるその他の声。豪炎寺くんは黙って頷いているし、鬼道くんはこのあまりにも違いすぎる温度差に戸惑っていた。

「じゃあまずは外周からだよ。各自いつも通り始めてね。春奈ちゃん、タイマーお願い」
「了解しました!」

スタート!という春奈ちゃんの明るい声に合わせて死にそうな顔をした面々が飛び出して行く。それを見送ってから私は鬼道くんに向き直った。早く説明して参加してもらわなくては。

「鬼道くんに説明するね。とりあえずできるだけハイペースで学校の周りを五周。一周二キロだから全部で十キロ。いける?」
「あ、あぁ、それくらいなら…」

たったの十キロなのに何故みんなあんな顔を?というような疑問顔の鬼道くんに、とりあえずさあいざ走れと促してスタートさせる。私が走るのはみんなが走り出してから五分後だと決めている。残り三分四十秒を指し示した時計に目を落としながら、私は一度深く屈伸をした。





それは突然の始まりだった。
自分のハイペースで、という薫の指示に従って飛ばして走れば、前を走っていた他の者たちをあっという間に追い越して行く。何故か気の毒そうな顔で見送ってきたことが気になったものの、構わずあっという間に一キロを走り抜いた鬼道はそこで遥か前のトップを走っていた豪炎寺と並んだ。豪炎寺もなかなかのハイペースだ。このペースならば合わせて走り、様子を見るのも良いかもしれない、と思いながら顔を見た。

「「!!」」

…しかしそこで鬼道が思い出したのは、昼間に並んで歩いていた二人の姿だ。こちらに向けて手を振った薫の隣、どこか自慢げに微笑んでこちらを見ていた豪炎寺を思い出して…あの時の少々の苛立ちが蘇る。
それに加えて思い出したのは、あの開会式の日に迎えに来た豪炎寺の顔。気安い会話を交わす自分らに向けて細められた目の奥で燃えていたのは、紛れもなく嫉妬のそれだった。会話を途中で遮るように話しかけてきたのも意図的だったのだろう。気に食わないとは思っていたのだ。

「…お前には」

そしてそれは豪炎寺も同じ。同じサッカーをする者として、鬼道の技量も才能も実力も認めているつもりだ。同じ雷門への転校を勧めたのも後悔はしていない。だがしかし、それでも気に食わないことがある。
日々気安いやり取りを気兼ねなく交わし、メールや電話を頻繁に行うらしい目の前のこいつは、自分にとっては味方でありながら別の意味で敵でもあった。
…向ける想いの色が同じだと悟ったあの日、胸の内で燃え立ったのは嫉妬だった。知り合ったのも、話したのも。彼女に対して唯一の心を揺らしたのでさえ自分が先だったのに。

「…お前だけには」

どちらともなく足を早める。ほとんど短距離走の勢いになってもなお、闘志の炎は冷めず消えない。

「「…負けられるか!!」」

隣を走るは恋敵。狙う少女はただ一人であるならば、争い合うのも奪い合うのも必然で当然の話だ。
だからこそ、負けられない。
それがたとえ、トレーニングのほんの一部であったとしても。





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