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チョップしたことを快く許してくれた一之瀬くんは、どうやらあの例の昔亡くなったという二人の幼馴染らしい。お化けかな?
しかしその訳によると、一之瀬くんは事故のせいでサッカーが出来なくなったらしく、その絶望のおかげで二人には死んだことにしておき、長年のリハビリによってようやく最近サッカーへの復帰が叶ったのだという。ドラマかな?

「でも良かったね、秋ちゃん」
「えぇ…本当に…」

一之瀬くんのことで一時期サッカーを辞めてしまったのだという秋ちゃんは、みんなとサッカーをしている一之瀬くんを見てとても嬉しそうだ。そんな秋ちゃんを見ていると、何だか私まで嬉しくなってきてしまう。
そしてそんなみんなを眺めていると、どうやら話の流れが一之瀬くんたちの持つ必殺技の伝授についてになったらしい。トライペガサス、という名の必殺技を守、一之瀬くん、土門くんの三人でチャレンジすることになったそうだ。

「試合前だから、怪我だけはしないようにね」
「分かってるって!」

それにしてもなぜ守。最近、雷門中の必殺技がゴールキーパーの守を多用するものになってきているのは果たして由々しき事態なのでは?
しかしそれは置いておいて、とても楽しそうな顔で一之瀬くんの説明を聞いている守が満足ならそれでいい気もする。まぁそれに、一之瀬くんは明日アメリカには帰ってしまうそうだし、使う機会も無いだろうしね。

「守、髪濡れっぱなしだと風邪引くよ」
「いっけね」

その日は結局トライペガサスを成功させることは出来なくて、また明日ギリギリまでチャレンジだ!という意気込みを持って帰宅した私たち。お風呂から上がって部屋に戻る途中にひょっこり覗き込んだ部屋の中では、お風呂上がりだというのに髪もろくに拭かずにお祖父ちゃんの秘伝書をじっくりと眺めている守がいて、私は思わず注意を促した。

「乾かすから、後ろ向いて」
「さんきゅ」

ベッドにあぐらをかいて座る守の後ろに膝立ちになると、ちょうど手にしていたドライヤーのコンセントを繋いでスイッチを入れる。風が温かくなるのを確認してから、私はそっと守の髪に向けてかざした。

「今日は惜しかったね」
「あぁ、あともう少しだったんだけどなぁ…」
「一日であそこまで出来るのはすごいことだと思うよ。あと一歩、なんかここまで来たら頑張って成功させて欲しいな」
「おう!明日こそ完成させてやるぜ!!」

威勢よく拳を天に突きかざした守。こうやって守が何かを宣言するたび、たとえ難しくて無謀なことだって最後には上手くいくんじゃないかって思える。それはきっと守の強さで、私や他のみんなが救われてきたものだ。

「薫もちゃんと見とけよ!」
「うん、頑張れ守」

…だから次の日、秋ちゃんの協力もあったおかげでペガサスが天を翔けたときも、私は別にそれを不思議には思わなかった。
青空に映えた白い翼。それを生み出した守の努力と執念は、いつだって美しくて、眩しい。





そんな守やみんなに感化されて日本に残ることに決めたらしい一之瀬くん。もちろんサッカー部に入部するからには雷門中に転入してきた一之瀬くんは、やはり顔立ちがイケメンだからかさっそく学校中では話題の渦中だ。秋ちゃんが幼馴染だということで、何やら下級生が不満そうな嫌そうな顔をしていたが、秋ちゃんに少しでも嫌がらせをしてみなさい。手を出したことを後悔させてあげるから。

「薫も嫌がらせされてんじゃん」
「私は良いんだよ。別に平気だし」
「いやあんたが良くてもうちらが嫌なんですけどぉ」

理事長代理の夏未ちゃんはともかく、春奈ちゃんは雷門中の男子人気上位に食い込んでいる鬼道くんの妹だということで、手を出されていない。一時期不穏なことはあったのだけれど、激怒した鬼道くんによって今はぱったりと沈静化。代わりに八つ当たりと言わんばかりに何故か私に降り掛かったよね。春奈ちゃんが被害を受けないなら万々歳なんだけどさ。

「んん、でも嫌がらせなんてしばらくすれば飽きるよ」
「そういやあんた普通に呼び出し食らっても無視するもんね」
「そもそもどうして素直に行かなきゃいけないの?」
「それな」

きゃいきゃい好き勝手にそう話しているみんなは、私の大切な友人たち。恋愛・イケメンよりも部活!趣味!友情!を優先させる何とも溌剌とした良い子たちだ。特に地区大会が終わって代替わりした、それぞれの部活の新しい中心メンバーでもある彼女たちの顔はとてつもなく広い。言い方は悪いけどカースト上位ってことだね。メンバーの中にはオタクの子も居るんだけど。

「でも豪炎寺くん関係のやつがやっと最近終わったとこなのにさぁ」
「いや、けど代わりに鬼道くんファンが何かやらかしてなかった?うちの後輩いたから一回シメたんだけど」
「鶏かな?」

みんなが過保護すぎて愛が重いよ。大事な友達だけど。
まぁたしかに、豪炎寺くんだけでなく鬼道くんとまで仲の良い私はそれはもう見事に反感を買ってしまった。ビッチなんて初めて言われたね。これでも恋愛偏差値ゼロの悲しい年頃の女の子なんですけども。
そもそも、私みたいなんかのにあの二人が靡くわけないじゃないか。女の子選り取り見取りな男の子なんだぞ。

「うん、まぁ、あんたがそう思ってるならそれで良いんじゃない?」

なのに何故友人たちはそんな生温い目で私を見ているというのだろうか。





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