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準決勝の相手が木戸川清修に決まった。何とそこは、あの豪炎寺くんが転校してくる前に通っていた学校だ。みんなが豪炎寺くんに戦いにくいんじゃないかと心配していたが、そこら辺の切り替えはしっかりしているらしい豪炎寺くんは通常運転で逆に安心する。

「まぁでも前の学校が相手ならつまり、弱点筒抜け丸わかりってところが便利で良いよね」
「身も蓋もないな」

豪炎寺くんに茶化すようにそう告げれば呆れたような顔をされてしまった。だってそうだよ。私も守が相手だったら動揺もするのだろうけど、それでも恐らく嬉々として持ち得るデータを作戦に組み込むね。守は手を抜かれるのを嫌がるし。

「お前がもし転校となったら円堂もだろ…」
「あ、たしかに」

一人で転校なんてあるはず無かったね。じゃあその時は守と一緒にみんなを倒せるように頑張るよ。そう言ったら染岡くんには「お前は本当にやりそうで怖い」と言われてしまった。遺憾の意です。訴えて勝つよ。
そしてそんな練習の休憩の合間、真剣な顔をした夏未ちゃんが持ってきた情報は、私たちを真剣な顔つきにさせた。

「決勝進出は、世宇子中よ」
「世宇子中か…!」
「やはり来たか…」

…世宇子中。帝国に圧勝した上に、佐久間くんたちを怪我させた特別枠の参加校。佐久間くんたちも最近ようやくリハビリが出来るまでになったようで、この前お見舞いに行った時も元気そうだった。
ちなみに一度、鬼道くんも約束通りお見舞いに連れて行った。お見舞いの品として、ちょっとお高いアイスを選択してくれた鬼道くんと共に病室に訪れた私たちに「引き摺られてきたのか?」と言い放った微笑ましげな源田くんの言葉。「違う」と食い気味に鬼道くんが返していたのが面白かった。

そして練習が終わった帰り道、公園で作戦会議をする守たち三人に付き合っていれば、何やら豪炎寺くんの様子がおかしい。どこかぼんやりとした様子で、鬼道くんの言葉にも上の空だ。…やはり、次の試合が木戸川清修なことを気にしているのだろうか。
そう思っていると、守が突然会議を休憩だと言って中断した。駆け出した守について行けばそこは。

「二人とも、駄菓子屋初めてなんだね」
「まぁな…」

雷門商店街にある駄菓子屋さん。私たち双子が昔から風丸くんも交えてよく訪れているお店だ。美味しくて安い、子供の味方な駄菓子屋。たしかに、豪炎寺くんは医者の息子で鬼道くんは養子とはいえ財閥の息子。こういうものに馴染みが無いのも仕方がないのかもしれない。

「守、ご飯前だから150円以内だよ」
「えー!?」
「お母さんに怒られるでしょ」

守ならきっとご飯までペロリと平らげるとは思っているけれど、お母さんはご飯前にお菓子を食べることにあまり良い顔をしない。私もあまりお小遣いを無駄にしたくは無いので、今のうちに釘を刺しておくことにした。
豪炎寺くんと鬼道くんは外で待っておくらしい。二人とも夕飯のことを考えて今回は遠慮しておくそうだ。





そしてそんな私は、守の買い物風景を見守りつつサッカークラブのちびっ子たちとのんびりお菓子を選んでいれば、突然三つ子が乱入してきた。ついでにただの割り込みをなぜか自慢げに正当な行為だと主張しているけれど、ただのマナー違反なんだよねそれ。
あと小学生にまでそれを注意される中学生って…なかなか情け無いのでは?

「俺たちは常に三位一体なんだよ!」
「それつまり実質一人なんじゃないの?」

ハッと気づいたような愕然とした顔をされてしまった。言葉の意味はちゃんと理解してから使おうね。あとその三つ子ならではの主張を私たち双子に当てはめても、駄菓子屋のおばちゃん含めて五対一だから君たちの負けだと思うな。足し算引き算以前の問題でちゃんと目と耳はついてる?

「…お兄ちゃんたち、算数できないの?」

なかなか綺麗に刺さってしまったまこちゃんの心からの純粋な疑問の言葉に、三つ子は雷を受けたようなショックを受けたような顔をしている。ごめんね、まこちゃん。一応このお兄ちゃんたち算数より難しい数学の授業を受けているはずなんだけど。あとこの調子だと国語も出来てないね、絶対。

「でも人には得意じゃ無いことなんていっぱいあるんだから、そういう時は本当だとしても、心で思っていたとしても黙っててあげるのが優しさなんだよ」
「そっかー」
「そろそろ辞めてやれ!!!」

鬼道くんの哀れみを含んだ制止にようやく三つ子へ視線を向ければ、仲良く床で膝をついて落ち込んでいる彼らへ小さく舌を出してやる。三人揃ってガキ大将みたいな理屈しか出せない奴らに負けるほど弱くはないからね。
そして鬼道くんからの制止によりどうにか立ち直ったらしい三つ子は、そこで豪炎寺くんに顔を向けた。

「豪炎寺!」
「久しぶりだな」
「決勝戦から逃げたツンツンくん」

その言葉に、豪炎寺くんは険しい顔をして視線を逸らした。それを見て守が不思議そうな顔をしている。
三つ子は武方三兄弟と名乗った。息ぴったりなのはきっと一卵性だからだね。そこだけは羨ましいとは思うよ。私もどうせなら一卵性が良かった。でも店の中で決めポーズはやめようよ。おばちゃんが腰を抜かしてしまったじゃないか。営業妨害で訴えられても知らないからね。

「な、何なんだよこいつら」
「そいつらは去年豪炎寺の代わりに決勝に出場した、木戸川清修のスリートップだよ」

さすがの守でさえドン引きしている三つ子は、鬼道くんの説明によるとどうやら豪炎寺くんの前のチームメイトらしい。
すりーとっぷって何?というまこちゃんの疑問に、私は優しくて親切なお姉さんなので丁寧に快く答える。

「チームの中でも一番、二番、三番目に強い人たちのことだよ」
「お勉強できないのに?」
「「「グハッ!?」」」

コントみたいにまた崩れ落ちた。気をつけてね、この年頃の子供は容赦なく傷口を抉りに来るぞ。無邪気な素直さというのは時に残酷だから。
しかしそれでもさすがは準決勝に進めるだけのメンタルはあるらしい。何とか持ち堪え、三つ子たちは挑発するように口を開く。

「軽ーくご挨拶、みたいな?」
「ぶちのめすぞ」

御影専農といい、そうやって他校をかき混ぜに来るのはやめてほしい。どうせあそことは違って独断での挨拶でしょ。これが問題行動だと判断されて、苦情入れられて試合に影響あっても私たちに責任は取れないよ。
それと、これくらいの凄みに怯えるくらいなら最初から喧嘩を売らないの。君らは今私の地雷の一歩手前で立ち止まってるところだからな。踏み込んだら容赦ないぞ。覚悟して。

「うちのエースストライカーを侮辱するのなら、それ相応の覚悟を持って欲しいな」
「…薫…」

そんな話の流れはいつのまにか、勝負ということになってしまっていた。豪炎寺くんは止めようとしていたけれど、守はきっと止まらない。だって守も結局、豪炎寺くんの事情を何も知らない三兄弟からの散々な言いようにキレてしまったし。さすがに私も今回は聞き逃せないことばかりなので止めようとは思わなかった。せいぜいうちの司令塔の前でシュート力を晒す危険性を思い知るが良い。





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