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あれから訪れたのは河川敷のコート。ユニフォームに着替えた三人だったが、その真っ赤なユニフォームを見て思わず豪炎寺くんと見比べる。その視線に気がついた豪炎寺くんが、どこか訝しげな目をして首を傾げた。

「どうかしたか」
「いや、豪炎寺くんも去年まではあの赤いユニフォームだったんだよね」
「あぁ」
「雷門中のユニフォームも豪炎寺くんに似合うけど、赤色も似合ってカッコいいんだろうなぁと思って」
「…………そうか」
「本当だよ」

何やら物凄い間が空いたけど疑われているのだろうか。本当の本当だよ。ちなみに「俺は?」みたいな顔をしていた鬼道くんは、やはり緑ユニフォームに赤マントのイメージが強かったけど、今の黄色のユニフォームに青マントも爽やかで良いと思います。

そしてそんな他愛もない話は置いておいて、勝負はいよいよ始まった。三兄弟が放った豪炎寺くんの技に限りなく近いバックトルネードは止められたものの、三人で繰り出すシュート技のトライアングルZ。あの三兄弟の技は、守のシュート技である爆裂パンチを吹き飛ばしてゴールを割ってしまう。なるほど、たしかにあれだけの口を叩けるほどのシュート力はあるらしい。
途中で三兄弟を迎えにきた木戸川清修の監督と西垣くんという相手選手が来て勝負はお開きになったものの、これはある意味緊急事態だ。

「とりあえず、ゴッドハンドを出してなくて良かったね…」
「あれは円堂の究極技だ。早々に見せはしないさ」

西垣くんと知り合いだったらしい一之瀬くんたちは積もる話があるそうなので、その場で別れて帰る私たちはみんなで揃って雷雷軒に来ていた。私たちの会話を聞いていた風丸くんたちが、どこか不安そうにトライアングルZへの懸念を口にする。けれど、守はそれを大丈夫だと断言してくれた。鬼道くんが真剣な顔で、そのことに対しての根拠を尋ねたけれど、聞かない方が良いと思うな。

「死に物狂いで練習する!」
「ほらね」
「も、物凄く単純な理論だな…」

風丸くんと宍戸くんが椅子から転げ落ちるのを横目に、私はため息をつく。守はそうやって強くなってきたんだもん。守の根幹は何処まで遡っても「努力」と「練習」しか無いよ。
しかし話を聞いていた響木監督は意外にも、そんな守の言葉に深く頷いて同意を示した。「練習は嘘をつかない」というそれは、まさしく守のサッカー人生そのものを表したような言葉で。

「よーし、明日から特訓だぁ!」

応、と答えたみんなの声が頼もしかった。みんなのやる気は上々。守もあのシュートを止めきれなかったことは大した懸念にはなっていないらしい。
だから私は店を出てすぐに豪炎寺くんを引き止めると、誰にも聞こえないくらいの小さな声でそっと耳打ちする。

「さっき、豪炎寺くんは木戸川のみんなを裏切ったって言ってたけどね」
「…」
「夕香ちゃんを選んだ豪炎寺くんは、間違いなく正しかったと思うよ」
「!」

時々豪炎寺くんに付き添って訪れる夕香ちゃんのお見舞い。眠ったままの夕香ちゃんを見つめる豪炎寺くんの目は、いつだって悲しげに伏せられていた。
豪炎寺くんにとって夕香ちゃんは、一度でも大好きなサッカーを辞めてしまうくらい大切な存在なんだということを、私は知っている。だからこそ、それを知らない人に、何かを言われるのはとても嫌だった。

「自分のプライドとか、仲間とか。そういうものよりも大切で譲れないものは必ずあるんだから。…だから豪炎寺くんがもしも去年、決勝に出られなかったことを悔やんでるなら、真っ直ぐに前を見てね」
「…前を、見る」
「うん。過去は戻らないものなんだから、大事なのはその過去にどんな未来を積み重ねていくかだと思うよ」

私だってサッカーよりも守が大事だ。家族が大事だ。何よりも守りたくて、大好きで仕方のない宝物だ。
私という存在を形作る根幹に、その二つがある。サッカーはどうしたって、後付けに過ぎないものだから。

「どこに居たって、何があったって豪炎寺くんは豪炎寺くんだよ」

あの初めて会った日、帝国との練習試合の日、守に向けてボールを撃ち込んだ日。君のボールはどこまでも真っ直ぐで、情熱に燃えていたね。
だからどうか、悪意も敵意も何もかもにも負けることなく君には君の道を真っ直ぐに進んでいて欲しいと思うんだよ。





「そこの熱血くんも、俺たちのトライアングルZで吹っ飛ばされないようにね、みたいな?」
「そっちを吹っ飛ばしてやろうか」

ロッカールームから出て早々、守たちがあの三つ子に絡まれているのを見て笑顔で凄めば、この前の脅しが効いているらしい三人が引きつったような声で「出た!!!」と叫んで後ずさった。私はお化けか何かか。とりあえず試合前に相手選手に絡むのはやめてくれ。はっ倒したくなる。

「か、顔が怖いですよ薫先輩…!」
「おっとごめんね」

春奈ちゃんが恐る恐る窘めてくれたので、仕方なく笑顔を引っ込める。可愛い春奈ちゃんに怯えられるのは本意じゃないしね。
守もそんなあちらの挑発的な言葉に負けじと言葉を返している。

「負けないでね、守、みんな」
「当たり前だ!」

これが勝てれば決勝戦。帝国のみんなを下した世宇子中との試合が決定する。
勝つんだ。勝って、優勝して、そして鬼道くんと一緒に、佐久間くんたちへ勝利と敵討ちの報告をしに行くんだから。





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