05


影野くんについて私はどうやら大きな思い違いをしていたらしい。
助っ人として守に連れられてやってきた影野くんは「目立ちたいから」という理由でサッカー部への入部を決めていた。目立ちたくないのかと思っていたのだが、実はその彼は影の薄さを気にした目立ちたがり屋。まぁ、あれだけスルーされたりしている光景を目にしていれば、気持ちは分からなくもない。
あとは、松野くんという帰宅部の子も守の勧誘に引っかかったらしい。可愛らしい帽子に小柄な身体。サッカーは初心者だけれど器用だから何とかなると豪語した彼に期待するとしよう。

「でも、十人かぁ」
「三人集まっただけでもすごいよ!」

しかしあと一人、どうしても足りない。最終的に足りないのなら苦肉の策で私が出ればいいのでは?と思ったものの、一応前に雷門夏未ちゃんに尋ねれば公式試合に出られるメンバーで、というお達しだったので断念。何も聞かずに黙ってこっそり出れば良かったかもしれない。やっぱり男女の性別の壁が憎い。
まぁきっとどうにかなる。秋ちゃん曰く、最終的な当てはあるということでそちらを待つとしよう。
しかし今一番気になるのはやはりこの乗り込んできた戦車と言わんばかりの車両だろうか。

「…軍隊…?」

軍服のような制服を身に纏った少年たちの敬礼の間を颯爽と、レッドカーペットの上を歩くのは帝国学園サッカー部の選手たち。同じ中学生か迷うところだけれど、守と並んだら同じくらいの背丈だったのでひとまず安心した。それにしてもあちらのキャプテン、ドレッドヘアーにゴーグルマントとはいろいろ詰め込みすぎでは。
ついでに何故か離れた軍事車両のてっぺんでこちらを見ている屋根より高い帝国監督。一般的なベンチはお嫌いか。こちらの方が圧倒的に試合は見やすいはずなのだが。兎にも角にも帝国は情報量が多い。もしかするとこれも相手を惑わす戦法の一つなのかもしれない。おのれ帝国。

「おのれドレッドゴーグルマント」
「薫ちゃん落ち着いて…」

いろいろ諸々すべてがいったい何事。守の挨拶と握手を無視、そしてまるで挑発するかのような守に向けてのシュート。私が立ち上がる前に察した秋ちゃんに腕を掴まれていなければ怒りと勢いのままに飛び蹴りをかましているところだったんだぞ。秋ちゃんに感謝して。そしていつか絶対この恨み、晴らして見せるから暗い夜道は気をつけて。しかし昼間も侮るな。

「闇夜ばかりと思うなよ…」

視線を感じたらしいドレッドゴーグルマントくんが私の凄まじい怒りの形相を見て顔を引きつらせたのが見えた。具合を確かめるように肩を回しながら目を細めた私を、秋ちゃんが苦笑いでベンチへと引き戻す。止めないで秋ちゃん、私の右手が今にも唸ろうとしているの。
…私は悪意を持って守に接する人間が嫌いだ。守が許すのならば大概のことは許してあげることができるけど、守が嫌いな奴はとことん嫌いになる。なのであのドレッドゴーグルマントくんに対する好感度は今後の守への接し方によって変わるものとする。ちなみに豪炎寺くんはノーカウント。あの態度は悪意では無いしちゃんと事情があるからです。

「…しかも、来てるしね」

そしてそんな豪炎寺くんだが、バレないとでも思っているのか、さっきから背後の木陰に隠れて試合を窺っている。来ないって言ってたのにどういう心境の変化なのだろうか。明日、聞くだけ聞いてみようか。「気のせいだろ」なんて言われそうだし、証拠写真を撮っておいた方が良いかもしれない。





壁山くんが一時失踪したり、新たなメンバーとして目金くんが入ったりと波乱はあったものの、試合は無事に開始を告げた。しかし雷門中の攻撃が通ったのは最初のワンプレーだけで、あとは帝国選手たちの独壇場。
前半が終了した時点で、試合は十対〇という絶望的な十点差になっていた。
攻撃に守備にと走り回ってへとへとなみんなを守が鼓舞しているが、その反応はみんな薄い。どう見ても諦めモードだ。唇を噛みしめながら静かに俯く私に、秋ちゃんがどこか助けを求めるようにして声をかけてくる。

「薫ちゃんからは何かない?」
「キレそう」
「落ち着け!!」

本当にキレそう。何故なら帝国、別にしなくても良いプレーを用いて雷門イレブンを痛めつけるような真似をするから。宍戸くんも松野くんも、顔面にボールを喰らわされたりなど、なかなか悪質なプレーを受けている。別に私が怒るのは守限定では無いのだ。過ごした時間は関係なく、大切な仲間を傷つけられたら怒るに決まっているじゃないか。
そんな目の笑っていない私に気がついた染岡くんと半田くんがギョッとして、風丸くんがどこか私を落ち着かせるように手を振ってくる。しかしこの治まらぬ怒り、晴らさでおくべきか。

「心配すんなって薫!まだ後半が残ってるんだ、やれることはある!」
「…うん、守の言う通りだよ。後半はなるべく相手に揺さぶりをかけてみようよ」

守の宥めるような声に、やっと何とか冷静さを取り戻す。守がそう言うのならもう少し見守ろう。隣にはせっかく応援に来てくれた春奈ちゃんと角馬くんもいるのだ。私がこんなんだったら不安にさせてしまうかもしれない。
だから私はとりあえず深呼吸して、守の言葉の後にアドバイスを贈る。あちらだって人間なのだ。強くたって限界というものは存在するだろうしね。
…しかし、そんな私のアドバイスや守の気概を他所に、帝国の攻撃の厳しさや激しさは次第に悪化。技の使う目的でさえも、こちらを痛めつける為のものばかりで。

「薫先輩…」
「薫ちゃん…」

何も出来ない自分がもどかしい。守にあのボールが撃ち込まれるたびに、目の前で庇いたい衝動に駆られる。
でもそれは、守への侮辱だ。あのゴールを、雷門の最後の砦を守るという誇りを背負って立つ守を侮辱する行為に他ならない。今の私に出来ることは、ただ見守るだけ。歯を食いしばって、煮えたぎるように燃える腹の底を押さえ込んで、この戦いの結末までを見守ることしか出来ないのだ。

「こんなの…サッカーじゃないッ!!」
「風丸ッ!」

出しかけた悲鳴が喉の奥で消えた。風丸くんが守を庇ってボールを受けたのだ。倒れ伏す風丸くんを必死で呼ぶ守に、今すぐにでも立ち上がりたい膝を懸命に抑えた。行っちゃいけない。私は、選手じゃない。
だから私は、コートの中で倒れるみんなを支えてやることが出来ないんだ。
帝国は、あのドレッドゴーグルマントは誰かを待っているという。あの帝国がうちにわざわざ訪ねてまで警戒するような誰か。…それはきっと、豪炎寺くんだ。
卑怯だと思う。こんな真似をして、豪炎寺くんの良心を引き裂くようなことをして。豪炎寺くんが何を抱えているかなんて知らないけれど、きっと大事だったサッカーを手放してしまうまでの何かがあったに違いないのに。

「お前の気持ち、受け止めたぜ…!」

守がまた、立ち上がった。守は絶対に挫けない。たとえ何度壁に阻まれようとも、自分の目指した場所にたどり着くまで、懸命に走り続ける。
その姿に憧れる。ずっと側で見てきた、誰よりも真っ直ぐな瞳に映ることのできる立派な人間に、私はなりたかった。

「…守」

しかし守の奮闘虚しく、無慈悲に二十点目のシュートがゴールを揺らす。祈るように手を組んだ私の願いは、いったい誰に届いてくれるのだろうか。





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