41


思い詰めている守を放っておけなくなったのか、とうとう豪炎寺くんと鬼道くんが動いてくれることになった。あのタイヤ特訓に加えて二人がシュートを撃ってくれるらしい。
揺れる三つのタイヤの間を潜り抜けて撃たれるシュートは、時にタイヤで軌道を変えて守へ襲いかかる。それを何とかいなすのを、私は秋ちゃんと夏未ちゃんと一緒に見ていた。

「うわぁっ!?」
「守!!」

ふと豪炎寺くんの放ったシュートがタイヤをぶら下げていた紐を引き千切り、飛んできたそのタイヤを避けて守が転倒する。…そろそろ限界だ。無理をしてまだ立ち上がろうとする守を抑えて、ぶつけたであろう額に触れれば見事なたんこぶが出来ていた。

「…守、今日はお終いにしよう」
「だ、大丈夫だって!」
「駄目、お終い。…響木監督のお店で氷貰おう。…頭打ってるんだから、無茶だけはしないで…」
「…あぁ、分かった」

豪炎寺くんと鬼道くんに支えてもらいながら雷雷軒へと移動する。ちょうどお客さんのいない時間帯だったようで、店には響木監督しか居なかった。
貰った氷で額を冷やす最中、響木監督はマジン・ザ・ハンドについての話をしてくれる。響木監督でさえ出来なかったその技を、監督は守なら出来ると笑ってくれた。

「おいおい、どうしたお揃いで」
「鬼瓦のおじさん」

するとそこにやって来たのは、雷雷軒の常連客で雷門中には馴染み深い人。やる気満タンの守を見て「影山みたいになるぞ」と少しだけ真面目な顔でそう告げたおじさんは、何でも冬海に会ったのだという。
それは、総帥さんの過去を知るため。雷門中に謎の執着を見せながらも、これまでの人生が謎に包まれていた総帥さん。話によるとそもそも全ての始まりは五十年前。
総帥さんの父親でありプロサッカー選手だった影山東吾が、お祖父ちゃんたち若手世代によって居場所を奪われたことから始まった。

「…サッカーに、人生を狂わされたから…」

父親は荒れて失踪、母親は病死。絵に描いたような転落人生だったのだという。
サッカーによって全てを奪われたというのにそれでもサッカーを続けているのは、復讐のためなのだとも。…それでも。

「その為にたくさんの人を苦しめてる…。豪炎寺、お前もその一人」
「何…?」
「妹さんの事故も、奴の関係している可能性がある」
「っ!?」

そんなのは、あんまりでしょう。
瞠目する豪炎寺くんが見てられなくて、思わず目を背ける。…ベッドの上で未だに眠る夕香ちゃんを思い出した。遊びたい盛りの年頃の女の子なのに。本当なら、もっといろんな場所で走り回れただろうに。
そしてその事故によって去年の優勝を得ていた鬼道くんもまた、同じく辛そうに顔を背けていた。思わず鬼道くんの手を掴む。上がった視線を合わせて、ゆっくりと首を横に振った。それは決して、鬼道くんの責任ではないのだから。

「…プロジェクトZ…?」

そして、その冬海が漏らした総帥さんの計画。どうしても逃げることの出来ない策謀の影が私たちに迫っていた。





「さて、やりますか」
「やりますか」
「やりますか!」

みんなの練習も佳境。ついでに私のメンタルもギリギリ佳境だということで、気分転換兼差し入れのおにぎり作りをすることにした。味はシンプルに塩一択。梅とかおかかもあったら良いんだけど、さすがにそれを買うほどお金は無いからね。
初心者だったらしい夏未ちゃんが熱いお米に驚いて巻き散らすハプニングもあったのだけれど、ダブル茶碗戦法でそれも無事に解決。
せっせと握っていく私の手つきを見て、春奈ちゃんが感動したような声を上げた。

「薫さんのおにぎり、綺麗ですね!」
「ふふ、これでもね、おにぎりだけはベテランだから」
「おにぎりのベテラン…?」
「…うん。これはね、守の大好物で、私が守の為に初めて作った料理なの」

小さい頃、お腹が空いたと呟いた守に何か作ってあげたくて、私はお母さんに必死に強請った。まだ包丁なんて持たせられないと首を横に振ったお母さんが、それでもという私の熱意に負けて教えてくれたのが、おにぎりの握り方。
泥団子よりも下手くそでぐちゃぐちゃな塊のそれを、守は嬉しそうに頬張ってくれて。だから私にとって、おにぎりは特別な思い入れがあった。

「まぁ、守は想いのこもった食べ物はちゃーんと食べてくれるから。ね、秋ちゃんに夏未ちゃーん」
「な、何のことやら…」
「み、身に覚えが無いわね…」

わざとらしく名指しで呼んでやれば、該当二名は気まずそうに目を逸らしてしまった。もう分かってるんだぞ。そんな私たちに苦笑いを溢した春奈ちゃんは、そこで何故かどこか探るような目で私に訪ねてくる。

「薫さんは、好きな人は居ないんですか?」
「…私?」
「はい!」

…好きな人。春奈ちゃんの言うのはきっと、ライクでなくてラブの方なのだろう。年頃にはよくありがちな話。…でも。

「実はお恥ずかしながら初恋もまだな恋愛経験無しでね。だから、あんまり好きとかは分かんないや」
「じゃ、じゃあ好きな人とかは居ないんですよね!?」
「え、うん、まぁ」
「ちなみにどんなタイプが好きなんですか!?!?」

押しが強いよ春奈ちゃん。手の中のおにぎりぐっちゃぐちゃじゃないかいそれは。しかし、そんな春奈ちゃんの真剣に燃える目を見ていたら、誤魔化すものも誤魔化し切れない。だから私は、その問いかけにただ眉を下げて、一言簡潔に答えた。

「何事にも真っ直ぐな人」

あとはサッカーが上手な人かな、と答えたところ春奈ちゃんはなぜか小さくガッツポーズを決めていた。
ちなみにその後、差し入れのおにぎりは大好評だった。我先にとおにぎりに手を伸ばすみんなにお茶を配りながら、後方で順番を待つ鬼道くんにそっと耳打ちしておく。

「右端奥の方、春奈ちゃんが握ってたやつだからね」
「…そうか」

何でもないような顔をしているけど、心なしか視線がそちらに向いているので恐らく鬼道くんが春奈ちゃんのおにぎりを逃すことはないだろう。
そんな鬼道くんにもお茶を手渡していれば、ふと土門くんがやけに大きなおにぎりにかぶりついているのが目に入った。あれは。

「あ、それ私が握ったやつだ」
「えっ」
「「!!」」

守が食べれば良いなぁ、なんて考えながら少しだけ大きめに握ったおにぎり。それに対して何か悪いな、と頬をかいている土門くんの背中を叩いて私はその謝罪を笑い飛ばした。

「土門くんが食べたって良いんだよ。差し入れなんだから、ある意味土門くんのためのおにぎりでもあるんだし」
「…確かにな!」
「うん、そうだよ」

それに土門くんはただでさえ腰が細くてポッキリ折れそうなんだから、ちゃんと食べられるところは食べないと。見てて心配になってしまうんだよね。お母さんになった気分。






「…」
「…」
「…食べ辛いんですけど!!」





TOP