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守は本当に最近不安定だった。家ではお母さんもお父さんも心配してたし、弱音をなかなか吐き出してくれない守に私は何度だってヤキモキしていた。雷門中のみんなもそんな守をさりげなく助けつつ、けれどちゃんと力になってあげられないことを気にしていて。
そしてそんな私も、自分で自覚があるくらいには精神が不安定だった。そこまで柔じゃなかったはずなのに、最近の守を見ていることしか出来ない自分がもどかしくて苦しくなる。けれどそれも、世宇子中との戦いまで頑張り抜けば良いのだと思っていた。

思って、いたのに。

「どけよ!!」
「円堂!!」

アフロディと名乗った世宇子中の選手の襲来。普通のシュートを弾くことしか出来なかった守は、それでも余裕綽々なアフロディが癇に障ったかのように激昂した。…私はそれを、宥めようとした。いつも通り、落ち着かせようと手を伸ばして。
けれどその手は、実に簡単に、こちらを見ることもないまま振り払われてしまった。

「…まもる」

思わず後ろに下がる。振り払われた手は、全然痛くも何とも無かったくせに、拒まれたと理解した胸がただただ痛い。涙が溢れそうになるのを必死で耐えながら、私は静かにその場で蹲る。みんなが守を心配して駆け寄っているのに、私はどうしても守の側に行けない。また拒まれてしまうのが恐ろしい。

「…薫?」

風丸くんの訝しげな声が聞こえる。けれどもそれに答えている余裕は無かった。ただ泣き出してしまわないように必死で、だんだんと苦しくなる呼吸の中、足りない酸素を欲しがって息が荒くなる。
悲しい。虚しい。苦しい。酷い。怖い。
暗い感情だけがぐるぐると頭の中を過ぎって、気持ち悪くて、こちらに寄ってきた風丸くんに縋りつく。

「…!?どうしたんだよ、薫」
「ッ…!」

守が差し伸べてきた手から顔を背けて、風丸くんにただしがみついた。守の呆然としたような声が聞こえる。でも、今は、私に守の手を掴む勇気は無い。

「…悪い、円堂。少し薫を落ち着かせてくる」
「あ、あぁ…」

そのまま膝裏に手を回して持ち上げてくれた風丸くんの首筋に目を埋めた。周りからの心配そうな声すら黙殺して、風丸くんは足早にその場から連れ出してくれた。
…守の顔が見られない。見たくない。
こんな、情け無く泣いてしまっている今の顔なんて、守には到底見せられないのだから。





「さっき、振り払われたのがショックだったんだろ?」
「………うん」

風丸くんが向かった先は、部室の裏だった。日陰に私を下ろして座り込み、部室から持ってきてくれた私のタオルを差し出される。手渡しつつそんな風に尋ねてきた風丸くんの言葉に、私は躊躇いつつも小さく頷くことで返事を返した。

「…守は、速いんだよ、何もかも」
「…あぁ」
「追いつかなきゃ、置いていかれちゃう。ずっと一緒だったのに、私は、守に頼られることも無くなっちゃった」

守が遠い。いくら走ったって、守は自分の目指す未来へ目掛けて一目散に走って行ってしまう。その光輝く明日を見つめる背中を眺めることが、私にとっては何よりもの生き甲斐だったくせに。
いつの間にか遠く離れてしまった光は、もう私の道を照らしてはくれない。

「さびしい」

幼い頃、デパートで守と二人迷子になったことがある。あの頃の弱い私は、立ち尽くして何も出来ないまま泣いていた。周りのものが大きいのが怖くて、知らない人間ばかりの世界に置き去りにされたことが心細くて。
けれどそんな私の手を引いてくれたのが、守だった。「大丈夫」と何の根拠も無く笑うから、「じゃあ大丈夫なんだ」とすんなり飲み込んで一緒に歩いた。守が手を引いてくれたから、私は帰るべき場所へ帰れたのだ。
あの日から私にとって守はヒーローで、私の進むべき道を示してくれる光でもあった。

だから、どうか置いていかないで。
私ばかりを置いて先に大人にならないで。
そうでなければ、私はずっと迷子のままなんだから。中身が空っぽの人間なのだと分かってしまうのが恐ろしくてたまらないから。

「空っぽなんかじゃないだろ」

…でも、風丸くんはどこか憤ったようにそう口を開く。私はちゃんと中身のある人間なのだと断言する。根拠だってちゃんとあるらしい。

「だってお前、俺たちが馬鹿にされると怒るだろ」
「…だって、友達だから。仲間だから」
「それがお前の意志じゃないのか?友達の為に、仲間の為に動こうとしてくれるお前の気持ちは、紛れも無くお前だけのものじゃないか」

…私の気持ちは、私だけのもの?

「…薫、お前たちは別に歩くペースがバラバラだって良いんだよ」
「…バラバラ、でも良い」
「あぁ」

…そうなのだろうか。だって、私と守は双子だ。同じ日の同じ時間にこの世に生まれ、奇跡のように巡り会えた唯一無二の片割れ。だから、守とは足並み揃えて歩くのが当たり前なのだと思っていた。守には自由に生きていて欲しいから、私が守に合わせるんだって。

「お前たちは双子でも、それでも別の人間なんだからさ」

別の人間。それは、体が二つとか、そういう意味なんかじゃないんだよね。私は私で、守は守。双子という関係性を抜いた先で見た、私たち個人という存在。

「いっそお前が円堂の先を行って待っててやれよ。先の方で手を振って、遅いんだって笑ってやれ」

笑えないよ。きっと、今はまだ。だってこんなにも私は小さくて弱っちい。風丸くんの言うような、そんな人間らしい人間に私はまだなり切れない。…それでも、良いのかなぁ。

「良いんだ、俺は、そういう薫の方が良い」

風丸くんはそう言って笑う。…そうやって昔から私に上手くいかないことがあると、そうやって君は慰めてくれたね。今回も、そんな優しさに救われた。風丸くんはいつだって、私を慰める名人だったから。

「…ほら、兄貴の登場だぞ」
「…薫」
「…守」

風丸くんに指差されて顔をあげれば、そこにはどこか泣きそうに顔を顰めて私を見下ろす守が居た。守は一瞬だけ私に手を伸ばしかけて、けれど何かを躊躇うかのようにそれを引っ込める。

「…ごめん、ごめんな、薫。振り払ったのは、わざとじゃなくて。…俺、馬鹿だからすげぇ間違うけど、それでも」
「まもる」
「お前を傷つけるのは、嫌だ」

その言葉を聞いて思わず、守の首筋に縋りつくようにして抱き締める。釣られて抱き締め返してきた守と、お互いがお互いを痛いくらいに締め付けあった。…苦しいけれど、それが愛おしくてたまらない。
涙が溢れる。まだ止まる気配のないそれをほろほろと溢しながら、今だけはどうか守に甘えさせて欲しい。
泣き止んだらきっと笑ってみせるから。どんな時だってへこたれず、また立ち上がれる、守みたいな人間になりたいから。

「わたしも、ごめんね守」

私は、たとえいつか一人になってしまっても生きていけるような強い人間になりたいはずなのにね。





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