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あの後、それでもやはりマジン・ザ・ハンドを習得したいらしい守は、修練場でめちゃくちゃな特訓を始めてしまった。私はそれに口を出すこともしないで、ただジッと守を見つめている。
守のことは今もまだ気になるけれど、それは守自身が超えなきゃいけない壁だ。それを改めて再確認した。私に今できることは、やっぱり見守ること。でも、辛いことは自分の中で溜め込まないこと。風丸くんとそう約束した。

「…響木監督、守にあれ以上、特訓させない方が良いです」
「…お前もそう思うか」
「はい」

今の守には、大切なものが何も見えていない。必殺技にばかりこだわって、チームの雰囲気やみんなの心配さえも振り解いて一人で突っ走ろうとしている。
それはいけないことだ。たとえ私が置いて行かれようと、守が一人になるのだけはもっと駄目だから。
守に気づいて欲しい。すぐ側で、一緒に走ろうと手を差し伸べてくれている仲間がいることを、どうか早く。

「秋ちゃん、マネージャーの集合は少し早めで良いかな」
「良いと思うわ。夏未さんがいろいろ手配してくれてるけど、やっぱり私たちも働かなくちゃね!」

そして響木監督は、夏未ちゃんとも話し合って守を無理やり練習から引き剥がすべく、合宿を計画した。当然守はそれに噛み付いていたけれど、響木監督はその反論をバッサリと切り捨てた上に鬼道くんと一ノ瀬くんからの援護だ。諦めざるを得なかった。
守よりも早目に家を出て学校に向かい、夏未ちゃんの手配してくれた布団や食材を運んでいれば、やがてみんながどこかそわそわしながら集まって来る。
その中でも何人かは、昼間のこともあって私の不調を気にして声をかけてくれたのだけれども、私は曖昧に誤魔化して用意されたカレーの支度に取り掛かる。

「ほう…見事だな」
「わ、鬼道くんも意外と料理できるんだね」
「帝王学を学んでいるからな。大抵のものは作れるさ」

帝王学は料理まであるのか。それは初めて知った。豪炎寺くんもときどき料理はすると言っていたし、最近の中学生男子はなかなか進んでいるんだね。
少林くんに野菜の角を落とすのを注意されていた土門くんにも、ちゃんと落とすように伝えてから私は玉ねぎを炒めにかかった。
カレーを作るとき、先に玉ねぎを炒めておけばしんなりとして甘みが出てくる。追加で切っている玉ねぎを入れてもらいながら炒めていれば、ふとみんなとは離れたところで守が一人ノートを見ているのが目に見えた。

「…ごめん、宍戸くん。これ焦げないように炒めてて」
「えぇ!?あ、はいっ!!」

そして豪炎寺くんのところに一旦向かうと、使われていないピーラーを一つもらう。そしてまだほとんど終わっていない人参を引っ掴み、守のところへ歩いて。

「守、人参を切って欲しいんだけど…」
「…ん、ごめん、俺今忙しくてさ」
「守、人参」
「いや、だから今忙しィッ!?」

ノートから顔を上げた守に怒気も隠さず微笑んで見せれば、途端に守は悲鳴を上げて飛び上がった。守を見守るとは言ったけれどそれはそれ、これはこれ。今は、みんなで、料理をする時間だ。

「働かざる者食うべからず。…意味、分かるよね」
「はい!!!!!」

良い返事を返してくれた守に人参とピーラーを手渡して、私は玉ねぎのところに帰る。ヘラを返してくれた宍戸くんの顔が少し引きつっていたけれど、首を傾げたら即座に逃げられてしまったのは何でだろう。





何故かお化け騒ぎになってしまった。何でもトイレに行こうとした壁山くんと影野くんが三組の教室前で人影を見たらしい。「お化けだ!」と断定する壁山くんとは違い、冷静に「大人だった」と判断していた影野くん。
みんなで確かめに行こうということになったけれど、私はそれを断った。

「何でですか先輩!」
「影山かもしれないんですよ!?」
「カレーが焦げるけど良いの?」
「「あとはお願いします!!」」

誰か残っとかないと、いつまで経ってもご飯出来ないよ。それに、残されるのが夏未ちゃんと壁山くんと目金くん。響木監督が残っているとはいえ、この面子にあとを任せるのは不安があるしね。
夏未ちゃんにはとりあえず気絶したままの目金くんの介抱を頼みながら、私はあく取り作業に入る。壁山くんにはサラダの盛り付けを頼んだ。

「なるべく均等にね。トマト余ったら食べても良いよ」
「良いんスか!」

壁山くんは野菜ですら何でも食べる偉い子だと思う。人には好き嫌いがあるものだけれど、みんながみんな壁山くんのように何でも食べれたら良いのに。
あく取りを終わらせカレールーを投入。十五分程度煮てから隠し味の醤油を入れた。前に一度醤油を隠し味にしたらコクがあって美味しかったのだ。手伝ってくれた壁山くんに特別に味見をさせたところ、美味しいとのお墨付きを頂いたので大成功らしいし。

「…備流田さんたちだった?」
「あぁ、円堂の特訓のための器具を持ってきてくれたらしいんだよ」

なんと、壁山くんたちの見た大人の影というのは元イナズマイレブンの皆さんたちだったらしい。帰ってくるみんなの後ろから気まずそうに着いてやってきた皆さんにもカレーを配る。もともと多めに作ってあるから三人や四人増えたって大したことはない。お代わりが減るくらいだ。

「ん、薫ー!これこの前作ったやつだろ!」
「うん、守よく覚えてたね」
「だってすっげぇ美味かったもん!!」
「じゃあ問題、それは何が隠し味だった?」
「…な、何だっけ?」

やっぱり覚えてなかったね。みんなも私たちの会話を聞いていたのか、何だ何だと食べながら議論している。当たったらみかん一つ、と付け足したところでその議論はさらに白熱した。
すると、そのときまで黙々カレーを頬張っていた豪炎寺くんがふと気がついたようにぼそりと呟く。

「…醤油か?」
「わ、豪炎寺くん大正解」

さすが、普段から料理をしていただけある。当たりの景品として、デザートのみかんを一つ追加だ。ずるいぞ!という声は黙殺することとする。私の分だから良いんです。

「良いのか?」
「当ててもらえたお礼も兼ねてだし、遠慮なく食べて。私もそんなにたくさん食べられるわけじゃないから」

そう笑いかければ納得したらしい豪炎寺くんにみかんを手渡すと、私はいつもの定位置の守の隣に腰を下ろした。すると、隣から半分のみかんを差し出される。…守だった。

「…守?」
「薫、みかん好きだろ?俺と半分こしよーぜ!」
「…ありがとう、守」

どうやら守にはいろいろとバレているらしい。別に豪炎寺くんにあげたくなかった訳じゃないのだけれど、みかんは好きな方に入るので食べたかったのも事実なのだ。
…ちなみに守のみかんは酸っぱくて二人してしかめっ面をしたところ、みんなに盛大に笑われてしまった。





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