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元イナズマイレブンのおじさんたちが持ってきた、マジン・ザ・ハンドの特訓器具。とても大掛かりな機械で、どうやら大人数でないとその仕掛けは起動しないのだという。横のハンドルをぐるぐる回せばその仕掛けは動き出すのだが、これが一番の重労働。油を差したからいくらか回りやすくはなっているのだが、それでも固くて重いらしい。

「染岡くん、これで冷やして」
「おぅ、ありがとな」

交互に交代しながら、みんなが協力して守の力になってくれている。私たちマネージャーもその助けになりたくて、食材を冷やすのに余っていた保冷剤を先程から配り歩いていた。みんなの手は案の定やはり真っ赤になっていて、見ているだけで痛々しい。
特訓は何度も失敗した。仕掛けにかかって、しかしそれでも、誰も諦めなかった。守はやれるのだと、特訓を超えられるのだと信じて一丸となった特訓は続く。

「よし、私も代わるよ」
「え、先輩もでやんすか?」
「サポートだけしてるわけにもいかないからね」

栗松くんと代わる形で私も回しに行く。そこそこ鍛えている方ではあるのだけれど、悔しいかな女の子。やはり男の子の力には及ばないのか、回すたびに肩と腕が痛い。
何とか目標回数を回し終えて次の風丸くんに代われたのだけれど、その頃にはとっくに疲れ果てていた。

「大丈夫かよお前…」
「…筋トレ、しようかなぁ…」
「これ以上何鍛えんだよ…」

持久力と反射神経は男の子にも引けを取らない自信があるのだけれど、パワーが私には圧倒的に足りない。だいたいのスポーツは器用にこなせる私だが、そのせいでパワータイプのスポーツでは得点源にはなれないのだ。
…しかしそんな苦労もあってか、守はやがてみんなに見守られながら特訓を見事に成功させた。次のステップに移る。

「いいか円堂!さっきの感じを忘れるな!」
「はい!」

豪炎寺くんと鬼道くんと響木監督。三人で放つイナズマブレイクをマジン・ザ・ハンドで止めるのが次の課題だ。
鬼道くんの掛け声と共に、三人のシュートが守へと飛ぶ。そのシュートに構えた守からは、夕方までとは確かに違う気迫が見えた。…これなら、成功するんじゃ。

「ぐあっ!?」
「もう一度だ円堂!」
「ッはい!!」

…でも、やっぱりそう上手くはいかなかった。何度撃たれても、何度受けても。守に集まった気迫は確かな形までには至らず、ボールに吹き飛ばされてしまう。

「…やはりマジン・ザ・ハンドは、大介さんにしかできないのか…?」

やがて、響木監督がポツリと呟いたそんな珍しくも気弱な言葉に、みんなが愕然としたような顔をして肩を落とす。…何か、言わなきゃ。そんなことは無いんだって否定しなきゃ。
でも、言葉が出てこない。お祖父ちゃんが日本代表にまで選ばれるようなすごい選手だったと知っているからこそ、そんなことを軽々しく口にできなかった。…そんなとき。

「ちょっとみんなどうしたのよ、負けちゃったみたいな顔して」

その沈黙を破ったのは、秋ちゃんだった。マジン・ザ・ハンドは成功しないと落ち込むみんなへ向けて、秋ちゃんはまるで叱りつけるように口を開いた。

「まだ試合は始まってもいないのよ!」
「でも、相手のシュートが止められないんじゃ…」
「だったら、点を取ればいいでしょ!?」
「え…」
「点を取る…?」

秋ちゃんは言った。たとえ相手に十点取られてしまったとしても、それなら私たちは十一点を取れば良い。百点ならば百一点。…それは何とも当たり前で、けれど誰も思い至らなかった常識だった。
だって私たちはここまで来れた。世宇子中がどれだけ強大な敵でも、簡単には負けないくらいの厳しい戦いを勝ち抜いてきたという自負がある。

「俺たちの底力、見せてやろうぜ!!」
「「おぉーっ!!」」

負けてやるもんか。明後日の試合の舞台に立てなかった人たちの分まで、悔しい思いをした佐久間くんたちの分まで背負って私たちは決勝戦に挑むんだから。

「守」
「?」
「守は、お祖父ちゃんを超えられるよ」
「!」

それに、守はきっとあの技を完成させられる。それはお祖父ちゃんの孫だからとか、運が良いからだとかそんなドラマチックな理由なんかじゃない。
あの鉄塔広場。木に吊るされて揺れるタイヤは、春よりも格段に大きさを増した。それが守の努力した何よりの証。…ここまで何もかも、守は努力と周りの支えがあって来れたんだ。そこにつまらない陳腐な理由なんているものか。

「円堂守は誰よりもすごいキーパーなんだって、私は知ってるんだからね」
「…あぁ、もちろんだ!」

ただ見守るんじゃ駄目だった。私にはきっと、信じる気持ちが足りなかった。
守ならやれる。私が居なくても、私が力になれなくても高い壁を超えていくだけの努力が出来る。


『お前たちは双子でも、それでも別の人間なんだからさ』


守は私じゃない。私だって守じゃない。…そんなことに、私はやっと最近気がついたよ。
私は守と同じ道を歩いているように見えて、実はとても近い道を歩いていただけなんだってことも。
そしていつか、決定的な分かれ道だって訪れることも、私は心のどこかできっと、気がついていたはずなんだ。





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