46


そしてとうとう迎えた決勝戦当日。佐久間くんたちのことは、とりあえず試合が終わるまでは鬼道くんには言わないことに決めていた。別のことに気を取られて、試合の集中を妨げるわけにはいかないから。
対する相手の監督があの総帥さんなこともあり、元イナズマイレブンのおじさんたちを総動員してバスに異常が無いかもしっかり調べたという響木監督。結果は何事も無し。
そして何もかも準備を整えて、それではいざと決勝戦の会場に向かった私たちだったのだけれども。

「…閉鎖?」

フットボールフロンティアの会場は、何故か無人状態で閉鎖されてしまっていた。しかもそこに入ってきた夏未ちゃんへの連絡によれば、会場が突然変更になったのだという。
…そして、そんな指定された会場は、天高く飛ぶ世宇子中のグラウンドだった。

「…落ちたら一溜まりもないね」
「こここここ怖いっス…!!」
「壁山くんは上を向いて歩こうね」

手を繋いでおいてあげるから。何で高いとこが苦手なのに下見るの。
世宇子中の使いとやらの人たちの案内で、何やら大型のヘリコプターのような乗り物に乗せられているのだけれど、これ途中で落ちたりなんてしないよね。とんでもない殺人になりそうだけど、総帥さんならやり兼ねなくて怖いな。
そんな心配をよそに、私たちを乗せた乗り物は無事にスタジアムにたどり着いた。やけに広過ぎる会場を進んでいくと、やがてたどり着いたのはフィールドだ。

「影山…!」
「!」

そして、もちろん敵の本拠地となれば、あの人だって当然いるはずで。
ここから遥かに高い場所から私たちを見下ろしている総帥さんは、まるで蔑むような笑みを浮かべていた。私たちがそれを睨みつけていると、響木監督が私と守の名前を呼ぶ。静かな、まるで平然を装ったかのような声音だった。

「…大介さん、お前たちのお祖父さんの死には。__影山が関わっているかもしれない」

鈍器で頭を殴られたかのような、それくらいの衝撃で脳を揺さぶられた気分だった。怒りと動揺で唇が震えるのが分かる。…お祖父ちゃんを、殺したのが、総帥さん?
…そのとき思い出したのは、サッカーがお祖父ちゃんを不幸にしたと話したお母さんの悲しげな声と、私の鞄の中に入っているお祖父ちゃんの辞書。今日は、特別にここまで持ってきたのだ。だって四十年前、お祖父ちゃんはここまで来られなかったから。

「なんでッ…!!」

憎みたくなる。恨みたくなる。私たち家族からお祖父ちゃんを奪ったあの人を、殺してしまいたくなるような衝動に陥る。
どうして人を不幸にすることをそんなに躊躇わないの。誰かの命を簡単に踏みにじろうとするの。
豪炎寺くんの妹の夕香ちゃんも、帝国学園のサッカーも、鬼道くんの気持ちも、豪炎寺くんの情熱も、元イナズマイレブンのおじさんたちの青春も、私たち家族の悲しみも、お祖父ちゃんの命も、守のサッカーでさえ。
どうしてお前は、まるでゴミ屑のように扱える。

「…薫」

守が心配そうな顔で私を見ている。みんなも同じような顔をしていた。駄目だ、笑え、ここで泣いたり怒ったりすれば、きっと総帥さんの思うツボだ。
…でも、笑えないよ。だって、お祖父ちゃんは会ったことがなくたって血を分けた肉親だった。一度も、お祖父ちゃんと呼べる日も無いまま。変わらない写真に届かない声をかけ続けて。
許したく無い。許したく無い。許したく無い。…あの人を、許せる心が私には無い。

「許せなくても良いじゃないか、薫」
「…守?」
「俺だって影山のことは許せない。祖父ちゃんを殺した影山のことを、ずっと。…でも、その代わり俺は憎まない」
「!」
「憎んでサッカーをすれば、影山と同じだ。俺はそれだけは絶対に嫌だ!」

いつのまにか繋がれていた手が、強く強く握り締められる。…そっか、守だって許せないんだよね。許せなくたって、良いんだよね。
そんな気持ちを込めて、笑ってみせる。少しだけ溢れた涙は、どうか見て見ぬ振りして許して欲しい。

「うん、一生許さない」

でも、あの人と同じになるくらいなら、私は死んだって憎んでやるものか。そうしてあの人が憎み嫌った雷門中のサッカーで、あの人の企みごと全部をぶち壊してやる。守たちがそうしてくれるって、私は信じてるから。





「…ここまで来たね、秋ちゃん」
「…本当ね、去年の今頃は、私たちを入れてまだ五人だったのに」

ドリンクやタオルの準備をしながら、私は唐突にポツリとそう呟いてみる。秋ちゃんはそれに対して、懐かしそうに目を細めて答えてくれた。会場には、この戦いの結末を見届けようと大勢の人が詰めかけている。何としても勝利を掴もうとアップにまで気迫のこもった雷門中イレブン。…彼らがつい数ヶ月前まで弱小だと嗤われていたなんて、いったい誰が信じるだろうか。

「許さない、憎まない。…守たちを、信じてるから」

あちらのベンチ側で悠々と立つ照美ちゃんと目が合った。その赤い瞳から目を逸らさず、射抜くようにして見つめ返せば、照美ちゃんはその目を見開いてあちらから逸らしてしまう。
…負けないよ。守たちは負けない。もしも君たちが本物の神様だっていうのなら、私たちがそのはるか高みの天空から引き摺り下ろしてあげる。同じ目線で見つめ返して、そうして人間同士の戦いをしよう。

「守たちは、みんなは、強いんだ」

そうして試合の終わったあとで、私は神ではなくなった君と友達になってみたいと思うよ。





TOP