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試合は世宇子中のキックオフで始まった。一昨日の照美ちゃんのシュートの威力を目の当たりにしていたみんなが身構えるけれど、何を思ったか世宇子中の選手は中央の照美ちゃんに向けてボールを渡す。…それは、明らかな余裕さの現れだった。

「君たちの力は分かっている。僕には通用しないということもね!」

ボールを奪おうと駆けてくる染岡くんと豪炎寺くんをよそに、照美ちゃんは高らかに指を鳴らした。

「___ヘブンズタイム」

…それは、まるで神の御業。文字通り刹那を駆けるようにして、照美ちゃんは一瞬で二人の前から姿を消す。気がつけば、照美ちゃんの姿は二人の後ろへ。

「ぐわっ!?」
「うっ!!」

そしてそんな二人を弾き飛ばすように巻き起こった風は、きっと今の瞬間移動によって生まれたもの。…人を吹き飛ばすほどの威力だった。
次の二度目は、鬼道くんと一之瀬くんを。
三度目は、土門くんと壁山くんを。
あっという間にディフェンス陣を吹き飛ばした照美ちゃんは、もう守の目の前にいた。

「…ッ来い!全力でお前を止めてみせる!!」
「___天使の羽ばたきを聴いたことがあるかい」

それは、圧倒的だった。
それは、一方的過ぎた。
羽ばたくように空へと舞い上がった照美ちゃんの放ったシュートはまるで神の落とす雷の鉄槌が如く、鋭くゴールへと向かって。
同じく神の名を冠する守のキーパー技をいとも簡単に打ち砕いて見せた。

「…これが神の力だ」
「くっ…!」

照美ちゃんの嘲笑を浴びて、守が悔しげに歯噛みする。この一点は、雷門中を圧倒するには十分過ぎる一点だった。
けれど一昨日の秋ちゃんが言った通り、取られたなら取り返せば良い。まだ諦めないみんなが一斉になって攻め上がっていく。…けれど、世宇子中の選手たちは誰一人その場を動かなかった。舐められている、馬鹿にされている。その怒りを晴らすようにして、険しい顔をした染岡くんたちが、いつもよりも威力の増したドラゴントルネードを撃ち放った。でも、それは。

「…うそ」

相手のゴールキーパーの必殺技でいとも簡単に止められてしまった。そしてさらにあり得ないのは、その後だった。世宇子中のキーパーは何を思ったか、攻撃チャンスのはずのボールを軽く放り投げ、豪炎寺くんの前にわざわざ渡してみせて。

「…ボールを渡したことが、失敗だと思い知らせてやる」

鬼道くんの指笛と共に豪炎寺くんと一之瀬くんが走り出した。まるで水中を矢のように鋭く泳ぐペンギンのようなシュート。あの守のゴッドハンドを一度は破ってみせた帝国のシュート技、皇帝ペンギン二号。
ピッチへ駆け上がる守と土門くんと一之瀬くんが天高く舞い上がらせた、ペガサスを超えた不滅のシュート技、ザ・フェニックス。

「どうして…!」

しかし、そのどれもがドラゴントルネードと同じように止められた。キーパーの方が一枚上手だった。
そしてそれがまるで戯れであったかのように再び始まる、攻撃という名の蹂躙。世宇子中の必殺技によって、雷門中は次々に倒れていく。もう一点、決められた。
…その光景が、あの日の帝国学園のみんなと重なって、思わず震える手を握り締めた。
そしていつの間にか、負傷者の続出した雷門中はすでに十人。一人足りない劣勢を強いられることになってしまって。

「まだ続けるかい?___続けるに決まってるよね。では質問を変えよう」

照美ちゃんは倒れ臥しながらも立ち上がらんとする守へ向けて、まるで慈悲でも与えるかのような美しい薄らとした笑みを溢して、口を開いた。


「チームメイトが傷ついていく様子を、まだ見たいかい?」


それを聞いて、守が悔しげに地面を殴りつける。まだ前半だというのに、雷門中はすでに満身創痍だった。得点源の一人である染岡くんは負傷状態。…どう見たって、絶対絶命だった。不屈の心を持つ守でさえ、心が折られてしまいそうな。…そのときだった。

「何を迷っている円堂……!」

先に立ち上がったのは、豪炎寺くんだった。夕香ちゃんから貰ったのだと言っていたペンダントのある辺りを握り締めて、今心が折られんとする守を叱りつけるようにして叫ぶ。…ほら、大丈夫だよ、守。守は一人なんかじゃない。一緒に立ち上がろうとしてくれる仲間が、此処には居る。

「俺は戦う…!そう誓ったんだ!!」
「豪炎寺の言う通りだ…!」

次に風丸くんが。それを皮切りにして他のみんなが。たとえ身体はボロボロでも、心は誰一人折られることなく、その瞳はまだ闘志に燃えていた。

「まさか、俺たちの為にと思ってでもしたら、大間違いだ!」

そして、立ち上がった青い背中。かつて背負っていた赤いマントを、代わりに帝国の無念を背負うようにして空色に塗り替えた彼は、きっと守のサッカーによって変わっていったのだと思う。

「最後まで諦めないことを教えてくれたのはお前だろう…!」
「俺が好きになったお前のサッカーを、見せてくれ!」

一之瀬くんは、守の情熱に惹かれて日本に残った。ペガサスよりも熱く気高い不死鳥が空に舞ったあの日を、私は今でも鮮明に思い出せる。
みんなが守の名前を呼んだ。私も小さく心の中で呟く。頑張れ、負けないで。自分勝手な気持ちかもしれないけれど、私は身勝手に守を信じてる。
守ならば、どんな過酷な戦いだって乗り越えられるって、奇跡を超える運命を引き寄せてみせるって、信じてるから。

「…がんばれ、みんな」

それでもやはり世宇子中の猛攻は止まらない。まるで一人一人を傷つけるかのようにして放たれる必殺技が、みんなを無残にも吹き飛ばしていく。そして再び守の目の前に立った照美ちゃんは、守を痛めつけるようにして何度もシュートを放った。守はそれを、何度も弾き返す。
しかし照美ちゃんがそんな守のギリギリの奮闘を嘲笑うかのように目を細め…しかしそこで、なぜかシュートチャンスのボールをコート外へと蹴り飛ばした。

「…え?」

そして照美ちゃんはそのままベンチへ向けて悠々と歩いていく。驚いたのは、それに続いて他の選手たちもベンチに戻っていったことだった。…無人のコートに、無人の相手ゴール。だけど雷門中は誰も立ち上がることができない。
だんだんと野次の混じりつつある観客の声を無視してベンチ前に集まった照美ちゃんたちは、なぜかみんなして同時にグラスを煽る。それを見て、ふと夏未ちゃんが訝しげな声を上げた。

「…あれ、変じゃない?」
「ええ、いくらリードしてるからって許せません!」
「じゃなくて…全員同時にってことよ」

…たしかあれは、試合前にも同じ光景を見た。あの時はただ単に円陣代わりの何かなのだと思っていたのだけれど。
この中途半端な試合のタイミング。前半終了のホイッスルすら待たずに優先した補給。
…まさか、そんなことが、中学サッカーの場であり得るというのだろうか。

「…夏未ちゃん、これ」
「…えぇ、まさかとは思うのだけれど」

不可思議そうな顔をしている秋ちゃんと春奈ちゃんを呼ぶ。…今のうち、まだ全員の目が守たちに向いているうちに、私たちにも出来ることが少なからずあるとするなら。

「…行こう」

私たちは、誰の目にも止まることの無いまま暗い廊下へそっと身を潜ませた。





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