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この土壇場で完成したマジン・ザ・ハンドが、とうとう照美ちゃんの最強シュートを止めた。思わず愕然とする相手選手たちを置き去りにするように、守からボールを受け取った鬼道くんが前へ前へと上がっていく。
しかしやはり立ちはだかったのは、先ほどまでずっと雷門中のみんなを吹き飛ばし続けていたメガクエイク。宙へと投げ出された鬼道くんは、それでも守の繋いだボールを無駄にはしない。

「豪炎寺!!」

ヘディングで繋いだボールは、豪炎寺くんへ。空へ高く舞い上がった豪炎寺くんが、今度は地面へ向けてファイアトルネードを繰り出した。予想もつかないその連携に唖然とする相手ディフェンスを潜り抜けたのは、再び鬼道くんだった。
ファイアトルネードからのツインブースト。紫色の炎を纏ったそのシュートは、たしかに世宇子中のゴールネットに突き刺さり、一点を決めた。

「あ、あれぞまさにツインブーストF、ゲホゴホっ!」
「おい無理すんなって」

こんな時までネーミング魂を燃やす目金くんは自業自得なのでこの際無視だ。それよりも今は、怒涛の反撃を始めた雷門のみんなのプレーから目が離せない。

「僕は…僕は確かに、神の力を手に入れた筈だ!!」

…違うよ、本当は君だって気がついているんでしょ、照美ちゃん。そんなものは神の力なんじゃない。神のフリをして君たちを堕落させようとする悪魔の力だ。
そしてそんなものに、今の守が負けるわけがない。
そうして再び照美ちゃんのゴッドノウズを止めた守により、雷門中の勢いはいよいよ破竹の勢いとなる。誰にも止められない、止まらない。次々に二点を決めたことで、点数は三対三。ようやく同点に追いついた。

「…これがサッカーだよ、照美ちゃん」

残り三十秒。まだ勝てる可能性があるというのに、照美ちゃんは膝をついたまま立ち上がらない。その横を走っていく守を、照美ちゃんは愕然と共に見送った。
不死鳥が空を舞う。神を撃ち落とさんと天高く飛んだその鳥を、いったい誰が捕まえられるというのだろう。
豪炎寺くんの情熱のこもったファイアトルネードでさらに炎の羽を広げた不死鳥は、とうとう逃げ出した無人のゴールへ向けて。

まるでこの試合の終焉を告げるかのように突き刺さって、全てを終わらせた。





「…勝った」

その呟きが自分の口から溢れたと気がついた頃にはすでに、会場中が熱狂的な歓声に包まれていた。みんなが笑っている。ボロボロなのに、まるで勝者のような格好では無いというのに。

「…秋ちゃん」
「…薫、ちゃ」
「ありがとう、秋ちゃん」
「…ッわ、私こそ、ありがとうッ…!」

隣でぽろぽろと涙を流していた秋ちゃんに抱きつく。…このサッカー部の始まりは、守と私に賛同してくれた秋ちゃんとの三人だった。どんな時だって、秋ちゃんが居てくれた。みんなが燻っているときも、常に守やサッカー部のために動いてくれたのも、秋ちゃんだ。そんな私たちの夢見ていた頂点に、やっと立てた。

「…ここまで来れたね、染岡くん」
「…夢みたいだな」
「夢じゃないよ。…文字通り、染岡くんの足がここまで連れてきてくれたんだよ」

染岡くんと、今はグラウンドでみんなと抱き合って喜んでいる半田くん。次にサッカー部に入ってきてくれたのがこの二人だった。
時に笑って、時に怒られながら。それでもたった五人の一年間を必死で走り抜いた。この二人が居なきゃ、とっくにサッカー部は無くなってしまっていた。二人にはそれこそ、死ぬほど感謝しても仕切れない。
そして、入部してきてくれた一年生たち。廃部の危機に駆けつけてくれた風丸くん、松野くん、影野くん、目金くん。ようやく集まった雷門中イレブンの始まりは、思えばここからだった。

「表彰式にそんな顔で出るつもりか」
「…豪炎寺、くん」
「酷い顔だぞ」

そしてそんな雷門中のピンチを救ってくれたのが、豪炎寺くんだ。守からのパスを繋いでゴールに叩き込んだファイアトルネード。雷門中の初めての一点。豪炎寺くんが雷門中に来てくれて、本当に嬉しかった。ずっと真っ直ぐにサッカーへ、守へ向き合ってくれたおかげで、きっと今のサッカー部があると言っても過言じゃない。
そう思ったら、何だか感極まってしまって、私は思わず豪炎寺くんを力一杯抱き締めた。

「は、おい…!?」
「豪炎寺くん」
「…?」
「本当にありがとう」
「!」

何故かそこで固まってしまった豪炎寺くんを置いて今度は、呆然としながらも何故か春奈ちゃんに揺さぶられながら怒られている鬼道くんにも抱きつく。何故か春奈ちゃんが黄色い悲鳴をあげていた。
…鬼道くんは帝国で元は敵だったけど、だんだんと仲良くなるうちに、ただのサッカー好きな男の子なんだってことが分かった。最後には正々堂々と守たち雷門に挑む道を選んだくれた。
帝国の敗退は辛くて悲しくて仕方が無かったけれど、それでも再びみんなの無念を背負って立ち上がってくれた鬼道くんのことを、友人として誇りに思う。

「…お見舞い行こうね、鬼道くん」
「…あぁ、そうだな」

離れる前に一度抱き締めてくれた鬼道くんに小さく笑って、他のみんなともハイタッチなり抱擁なりを交わしていく。春奈ちゃんも夏未ちゃんも目一杯抱き締めたし、響木監督にも抱きついた。…そして。

「来い!薫!!」

私の大好きな笑顔で、大好きな声で。目一杯に私を呼んでくれる守の腕の中へ躊躇いなく飛び込む。絶対に取り落としてくれないその揺るがぬ手のひらは、私にとっての誇りだ。
守が私の兄で良かった。
ぎゅうぎゅうと抱き締め合う守にそう伝えてみれば、守は少しだけキョトンとして、しかしすぐ擽ったそうにして破顔した。

「俺も、お前が俺の妹で良かった!!」

ありがとう!という守の言葉に我慢していた涙が今度こそ決壊する。…たったその一言だけで、ここまで頑張ってきて良かったと思えた。
この半年、私が今までもこれからもずっと変わらないと信じていたものは少しずつ形を変えていった。明日の未来も隣に居てくれるのだと信じて疑っていなかった守ですら、私の届かない場所に行くのかもしれないのだとようやく理解して、愕然として。

守が居なきゃ私は、何者にもなれない空っぽの人間なのだと思っていた。
でも、それは違うのだと否定して教えてくれたのは、このチームの仲間たちだった。

私は、何者にだってなれる。たとえこの先、進むべき道に守が居なくても、私はいつか私でしかない人間にしかなれないのだと。
そう教えてくれたことが、私にとっての一番の宝物になる。

「___なれたのかな、俺たち。伝説のイナズマイレブンに!」

なれたよ、ねぇ、お祖父ちゃん。貴方をただ真っ直ぐに目指してきた貴方の知らない男の子は、お祖父ちゃんの届かなかった頂点に立つことができたんだよ。
もしも叶うなら私は、それをお祖父ちゃん自身の目で見て欲しかったんだ。

…私たちの戦いは終わる。全国の頂点に立てた私たちは、かつての伝説を超えた新たな伝説となる。
けれど、それは同時に始まりでもあった。伝説はここでは終わらない。誰にも超えられないほどの輝きを持って、みんなが歩む道の先が希望であれば良い。
たとえそこに絶望があったって、みんななら大丈夫。

夢をその手で掴み取った私たちならば、絶対に。





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