06
倒れ伏した守を見下げながら高笑いをする帝国の選手たちに、私の中で湧き上がるのはただただ純粋な怒りだった。…馬鹿にしている。一生懸命なプレーをしようとする人間を馬鹿にするのは、どこまでも間違っている。
守たちは、貴方達の欲を満たすための餌でも道具でもない。一縷の希望を見出して、明日への可能性を掴もうとする彼らを嘲るのはやめて欲しい。
「…ん、ばれ」
たとえ今、目金くんがこの有様に怖気づいて逃げてしまっても私はその選択を咎めない。仲間が一人でも傷つかないというのなら、それはきっと喜ぶべきことだから。
あぁ、今すぐ飛び出して試合に出てしまいたい。目金くんの放り捨てた10番を引っ掴んで、守を痛めつけるボールを奪い取ってあの無防備なゴールに叩き込んでやりたい。
それが出来ない今の状況が、とてももどかしくて。
「がんばれ、守」
泣かないように絞り出した声は情けなくとも震えていたけど、絶対に目は逸らさない。目を逸らした時こそ、そこが本当の敗北だ。だって守はまだ立ってる。諦めてない。不満そうな顔のドレッド頭には悪いが、敬愛する私の大切な片割れは、たとえどんな逆境でも勝利を諦めない。
奇跡は起こる。信じない者にそのチャンスは永遠にやってこない。
昔言われた守からのその言葉を、私はお守りのように抱えて、その奇跡をいくつだって起こしてくれた守を信じて生きていた。
だから守はやれる。守はすごい人間なのだから。
人には幾らだって可能性があるのだと、いつだってそのプレーで教えてくれる守は、私にとっての支えだったから。
「…任せろ」
「…ごうえんじ、くん?」
頭に乗せられた軽い掌の重みが、ずっとしんどくて辛くて仕方がなかった心の重圧を簡単に取り去ってしまう。見上げれば、見えたのは「10」を背負う逞しい背中。
背負いたくて仕方の無かったそれを、彼は、まるで当たり前のように背負って。
助けたくて仕方の無かった大切な人を、簡単に手を伸ばして支えてしまって。
それを見た時、どうしてだったのかな。自身の無力ばかりを感じて、今にも目を逸らしてしまいたかった、苦しいだけの今までの思いが、一瞬で救われたような気がしたの。
*
守が新しい必殺技でゴールを守って、豪炎寺くんがそれを点に繋いで。
何故か帝国学園が満足げに試合を放棄して帰ってしまったことで得た勝利は、つまり私たち雷門の結果的な存続を意味していた。
豪炎寺くんがユニフォームを脱ぎ捨ててその場を去ろうとしているのを見て、私は慌ててその背中を追いかけて引き止める。少しだけ怖い顔をしながら振り返った豪炎寺くんは、私が泣いているのを見てギョッとした様子になっていた。
「ご、ごうえんじ、くん」
「…どうした」
「ありがとう、豪炎寺くん」
「!」
みんなの為に、来てくれてありがとう。助けてくれてありがとう。
私じゃ何も出来なかった。ボロボロになるみんなを見ることしか出来なくて、そんな時に、まるでヒーローのように颯爽と豪炎寺くんが駆けつけてくれたことが、どれだけ私の救いになったか。それがたとえ気まぐれでも、今回限りの参戦だったこともどうだって良い。みんなを見捨てられなかった彼の優しさが、ただただ嬉しかったから。
「本当に、ありがとう」
豪炎寺くんは何も言わなかった。少しだけ何だか心苦しそうな、けれど仕方なさそうに眉を下げて私の頭に手を乗せて小さく謝罪の言葉を告げると、その後はもう二度と振り返らないままそこから立ち去ってしまった。
私はその場で呆然としていたけれど、背後から守に名前を呼ばれて、思わず駆け寄ってその首筋に縋り付く。汚れるぞ!なんていう焦ったような言葉はどうでも良かった。あとで洗濯をするであろうお母さんに怒られたって別に良いんだ。汚れることなんかよりも、今は、守の側に居たい。
「守ぅ゙…!」
「泣くなよ薫…」
「あのドレッドゴーグルマントきらい…」
「でもアイツすっげーよな!あんなシュート撃てるなんてさ!」
「ちゃんと怒って!!」
「えぇ!?」
守は甘過ぎる。あんな悪意塗れのプレーでボロボロになるまで傷つけられたくせに、怒るどころか感心してしまうだなんて。ほとんど涙目で怒りながら、守を庇ってくれた私の中では本日の雷門イレブンMVP(例外として豪炎寺くんを除く)の風丸くんの元に向かえば、風丸くんは私たちの様子を見ていたのか、苦笑いで私を出迎えてくれた。
「相変わらずだな円堂は…薫も」
「…私はちゃんと、守に怒って欲しいのに」
「それはお前も同じだろ?自分のことよりも、円堂の為ばっかりに怒るくせに」
「私はいいの」
「横暴だなぁ」
呆れたように、しかし何故か微笑ましげにされて思わず黙り込んでしまう。
…その保護者的な視線に何だか腹が立ったので、消毒液をたっぷり含んだ脱脂綿を傷口にグリグリ押しつけてやれば途端に悲鳴を上げられた。ざまぁみなさい。
でも秋ちゃんには怒られてしまった。悪いのは風丸くんなので、反省はしない。
*
雷門中サッカー部の存続が決まったのも束の間、雷門夏未ちゃんがまた新しい練習試合を持ってきた。再び負ければ廃部、という話を持ちかけた彼女は現実に厳しいけれど、その代わりに勝てばフットボールフロンティアへの参加を認めるなんていう飴を用意するくらいには他人に対して公平らしい。さすが理事長代理を任されるだけの資質がある。
私は彼女と親しいわけではないけれど、決して理不尽だけではない彼女のことは嫌いではなかったりした。
「尾刈斗中かぁ…どんなチームだっけ」
「私に聞かないでくれる?」
…ちょっとツンツンしているのだけれども、本当に悪い子ではないのだ。
そして、そんな新しい練習試合に向けての特訓が始まったのだが、あの帝国との練習試合の日から何だか染岡くんが焦ったように荒れてしまっている。ラフプレーも多く、パスも繋ごうとしない。おそらくこの前の豪炎寺くんを見て、自分のシュートの決定力に不甲斐なさを抱いたのだろう。加えて一年生たちが染岡くんではなく、豪炎寺くんの力を当てにしようとしているのが気に食わないのかもしれない。
「でも焦りは禁物だよ」
「…分かってる」
「まだ時間はあるし、染岡くんには仲間もいる。それに一年生はああ言うけど、雷門のストライカーは間違いなく染岡くんだよ」
「…あんだけ無様な格好しておいてか?」
…いったい何を拗ねているのだろう、染岡くんは。確かに帝国との試合で勝利に繋がる点数を決めたのは豪炎寺くんかもしれない。実力があるのもきっと豪炎寺くんの方だ。でもそれは経験の差や練習量の差から来るもので、これから先染岡くんの努力と意気込み次第ではいくらでも巻き返せるものだ。
それに私の中で一番信頼の高いストライカーは、この中でも半田くんと並んで守と一緒にプレーしてきた染岡くんなのだ。何だかんだで、こっそりと自主練をしていることも知っているから。
「その無様だったところを直すために練習するんでしょ。…最初からエースだった人間なんて一人も居ないよ」
「…」
「頑張れストライカー」
気にせずとも、練習ならいくらだって付き合ってあげるとも。守の特訓で慣れているから、それこそ一日中だって手伝ってあげられる。一年生たちとは日が浅いからこそ、まだ彼らは染岡くんの凄さを知らないのだ。それなら教えてあげれば良い。染岡くんはやれば成す、有言実行の男なのだということを。
「…ったく、お前と喋ってると調子狂うぜ…」
「悪い調子が崩れるのなら万々歳だよ」
「うるせぇ」
照れているのか、顰めっ面で私の額を小突いて再びボールに向き合った染岡くんに思わず微笑む。さてと、私もそろそろ応援してないでマネージャーの仕事に戻らなくては。