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一進一退の攻防が続く。あれ以降さすがに私の攻撃を警戒したのか、ディフェンスは厳しくなったし、点を取ろうとするオフェンスは激しさを増した。ならば私の役目はもうすでにオフェンスでは無い。瞬時に言葉を交わしてポジションを入れ替わり、ディフェンスへと役目を変えて私が立ち塞がるのはゴールの前だ。
…女は力が弱い、男に負ける。それはどう足掻いたって変えられない世界の摂理かもしれないけれど、それでも簡単に負けてやるほど女のプライドは安いものじゃない。

相手に力で勝てないならばどう抗うか。
私が見つけた答えは、「とにかく技術でぶちのめせ」だった。

だから相手がこちら側の陣地へ攻め込んできた瞬間。私は移り変わるボールの流れを読み切ると共に、その繋ぎ目へ向けて勢いよく地を蹴って駆け出した。

「イーグルネイル!」
「くそッ」

私の武器の一つである瞬発力を駆使し、反射神経で足先を精密に使ってのボールカットにパスカット。まるで動く獲物を狩るように、私が狙い定めるのは人でなくボールだ。
ペナルティエリアには絶対に入らせない。背後に居るのは守じゃないけれど、守やみんなの為に守るべき場所だということに変わりはないのだ。

「どうしたどうした!そんなんじゃ雷門ゴールは奪えないぞ!」
「何ィ…!?」

攻めあぐねているような様子の宇宙人たちへ向けて言外に「ビビってんのか?」というようなことを煽るように吐き付ければ、案の定相手は激昂して動きが単調になっていく。こちらも同じく攻めることは出来ないものの、私たちの作戦は前半はただひたすらに耐えること。点数をやらず、時間稼ぎをすることだから。
…しかし前半終了間際、その防御と得点できない状況に苛立ったらしい相手は、とうとう力技で押さえつけることにしたらしい。

「ならばエリア外から攻めるだけだ!!」

センターライン付近から、緑ツンツン頭がシュートの体勢に入る。此処からではあまりにも遠すぎて、そのボールを奪いに行くことも出来ない。上手いところをついたのか、他の皆さんからも離れた場所。誰もあのシュートを奪えなかった。
凶暴なパワーがボールに集まっていくのが分かる。…これは、止められない。

「アストロブレイク!!」

これはダメだ。私一人じゃ止められない。けれど、だからと言って避けてしまえば背後の古株さんが危ない。
何がなんでも止めなきゃ。誰も傷ついちゃいけない。私だけが犠牲になれば良い。止める。たとえ手足が千切れてしまおうとも!

「ワイルドッ…ビーストッ!!」

私の使える必殺技の中でも特にパワーの高い技で応戦する。せめて、逸らせ。軌道を変えてしまえば何とかなる。
パワーに耐える右足の骨が軋む。周りの皆さんの止めろという制止の声が聞こえた。
例えばこちらを獅子とするならば、このボールは怒り狂う麒麟がごとき荒ぶる獣だ。狩りきれない。

「あッ!?」
「お嬢さん!!」

ほとんど勢いも殺せないまま、しかし軌道は逸らすことのできたボールが、古株さんへの直撃を避けてゴールの右隅に刺さる。吹き飛ばされた私の身体は、無様にも地に跳ねて転がった。
一点。失点は失点でも、誰も犠牲にはならなかった、私の身をていして守るべきものを守れた失点だ。…けれど。

「痛ッ…!」

右足に激痛が走る。折れたのだろうか。そうでなくとも動かせるような感覚はないくせに、痛みだけが激しく私の足を襲う。鼓動のように脈打つような激痛に顔を歪ませ、脂汗を滲ませる私を上から見下ろすように蔑む奴らの顔が癪に触った。
全身も微かに痛いのは、先ほど吹き飛ばされた時に体を打ち付けたからだろう。激痛が意識を朦朧とさせる。天地も定かでない視界の中、コート外に連れて行かれるのを必死で抗った。ダメだ、私はまだ、コートに立てる。

「たとえ貴様が我々に並ぶ力を持っていたとしても、それがひとつであるならば恐るるに足らず!」

ボールが地を抉る。無慈悲にもゴールネットを揺らし、悲鳴と共に暴力にも近い技が人々を薙ぎ倒した。
後半なんて必要無かった。いとも簡単に、前半も終わる数分で全てを終わらせてしまった宇宙人たちは、誰も立ち上がることのないこちら側を鼻で笑って、高々と制裁の開始を告げた。

「やめ、て」

あの禍々しい黒いボールが、校舎へと放たれて轟音と共に破壊の限りを尽くす。事前に外へ避難していた生徒たちの、泣き声の混じったような悲鳴が響いていた。
体育館が、プールが、校庭が。何もかもが壊れていく。

「やめて!!」

伸ばした手は、届かない。
そしてとうとう奴らの目が真ん中にそびえ立つ中央校舎に向き、一度チラリと嘲笑うようにこちらを見遣ったのを見て。私は最後の力を振り絞るように手を伸ばした。

「やめて!!」

お願い、傷つけないで。みんなの帰るべき場所を、始まりの場所を、どうか、奪わないで。私たちの大切な場所なんだから。
…けれど、その願いは届かない。禍々しいだけの黒いボールが、簡単にあの稲妻シンボルを壊してしまった瞬間。私の意識はとうとう悲鳴を上げて、目の前を真っ暗にした。





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