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フットボールフロンティア会場からの帰り、雷門イレブンはバスの中で雷門中が爆発するのを目にした。全員が驚愕の声を上げる。
今のは何だ、雷門中に何がと騒ぐ車内の中、あの、と秋が真っ青な顔で手をあげる。

「…ねぇ、薫ちゃんは…?」

震える声でそう切り出した秋の声に、円堂が顔色を変えて携帯を取り出した。しかし、向こうから聞こえるのは延々としたコール音。やがて、コールが三十を超えたあたりで、円堂は首を横に振りながら携帯を切った。
重い空気が車内を支配する。悪い予感ばかりが浮かんでは消えた。
そしてそんな空気をかき消すように、春奈が明るい風を装って声を上げた。

「き、きっと大丈夫ですよ!薫先輩なら、きっと…!」
「そ、そうっスよ!薫先輩は無事に決まってるっス!!」

嫌な想像を振り切るように、皆が口々に希望論を口にする。そうだよな、とようやく強張った顔をやや軟化させた円堂に、内心安堵の息を吐いていれば、やがて走っていたバスは雷門中へと到着した。
…その、変わり果てた校舎に誰も彼もが絶句する。無理も無い。あの立派に建っていたはずの校舎は、無残にも破壊のかぎりを尽くされていた。
そして何より無残なグラウンドのあちこちで倒れ臥しているのは元雷門イレブンのOBたち。唯一ギリギリ満足に動けるらしい古株さんによれば、「宇宙人が来た」のだという。

「そんな…!」
「早く救急車を」
「円堂くん…私たちよりも先に、先にあの子を…!」
「あの子…?」
「円堂!薫が!!」
「!?」

鬼道の焦り切ったような声を聞いて反射的にそちらへ駆けて行けば、抱え起こしたらしい腕の中ではボロボロに薫がぐったりとした様子で倒れていた。半ば鬼道から奪うようにして抱え名前を呼ぶものの、兄からの呼びかけに妹は答えない。

「古株さん…薫はどうして…!」
「…薫ちゃんも、俺たちと一緒に戦ってくれたんだ」
「薫が…!?」

マネージャーなのに無茶な、という声が半々。しかしそれに対して、古株はゆっくりと首を横に振った。その一介のマネージャーこそが時間を稼いでくれたのだと言う。

「前半終了間際まで、あっちもこっちも無失点のままだった。むしろ、こっちが有利だったと言っても良い。…だが、薫ちゃんは宇宙人の必殺技を受けて…」
「薫ッ…!」
「…ま、もる…?」
「気がついたのか!?」

薄ぼんやりと瞳を開いた薫に、皆が名前を呼びながら集まってくる。いまだに意識が朦朧としているのだろう。焦点の定まらないまま、しかし悔しげに歯を食いしばりながら彼女は円堂に向けて手を伸ばす。その手を握り返せば、薫の瞳からは涙が溢れた。

「ごめ…ね。わたし、守れなかった…。みんなの、雷門中を、守れなかった…!」
「貴女は何も悪くないわ!それより、なんて無茶を…!!」

夏未が泣きそうに顔を歪める。それを聞いて安堵したようにわずかに頬を緩めた薫は、今度こそ気を失うように昏倒した。焦ったように円堂が名前を呼ぶ中、脈を取った鬼道が安心させるように頷く。

「気を失っているだけだ。それよりも、早く病院へ」
「…あぁ」

その妥当でしかない言葉に頷き、円堂は薫を抱き上げたまま立ち上がる。とりあえず安全なところへ。…しかしそんな思惑も、突然空から舞い降りてきた黒いボールによって霧散することとなった。瓦礫の上に落ちたボールが禍々しく光った後、そこに立っていたのは。

「う、宇宙人だ…!」
「___我々は、遠き星エイリアよりこの星に舞い降りた、星の使徒である。
我々は、お前たちの星の秩序に従い、自らの力を示すと決めた。その秩序とは…サッカー」

宇宙人と名乗る三人の男女たち。あの黒いボールを戯れのように蹴り交わしながら緑の髪の少年は、この星の人間たちにサッカーで勝負を挑むのだという。
そのあまりにも自分勝手すぎる言葉に、円堂は怒りで震えた。そんな、理不尽な理屈なんかで。

「薫とおじさんたちを傷つけたのか…!!」
「…あぁ、その女か。生意気にも私のシュートに真正面から挑んでみせた。実に愚かな女だったよ」
「何!?」

風丸が怒鳴るように食ってかかる。その様子を見て、宇宙人はまるで嘲るようにして笑った。その顔は、どう見てもこちらを馬鹿にしているとしか思えない。

「そいつは愚かにも単騎で我々に抗おうとしたが…所詮は人間一人、そいつが崩れれば我々の勝利はいとも簡単だった」
「みんなを馬鹿にするな…!!」

挑発的な言葉を受けて、全員が険しい顔で宇宙人たちを睨みつける。戦う意思は、既に全員が同じだった。

「見せてやろうぜ…俺たちのサッカー!」
「「おう!!」」
「…その必要は…無い」

しかし、まるで興味も無いように宇宙人は足元のボールを円堂へ向けて蹴り込む。軽いパスでもするかのようなフォームで蹴られたそれは、しかしマジン・ザ・ハンドを出す前に円堂を弾き飛ばし、周囲の全員を吹き飛ばした。咄嗟に鬼道に託したおかげか、薫の体にダメージは無い。
そして、全員が呻き声を上げながら起き上がった頃にはすでに、あの宇宙人たちは跡形もなく消えてしまっていた。

あの伝統ある部室を、粉々になるまで破壊するという暴挙を最後に残して。





朦朧とした意識の中、私が守やみんなに謝ったことは微かに覚えていた。
そして次に私の目が覚めたのは、総合病院の病床の上だった。心配そうにこちらを覗き込む守を見た瞬間跳ね起きて、途端に襲いかかった右足の痛みに悶絶する。無理するなってすごく、怒られた。
私の右足は骨折までには至らなかったものの、筋を痛めていて全治には二週間程度かかるらしい。先程鎮痛剤を打ったばかりだからもう少しすれば効いてくるだろうという鬼道くんの言葉に頷く。私の病室には、一部を除いた雷門中イレブンのみんなが揃っていた。

「ごめんなさい…みんなが帰ってくるまで、抑えられなかった…」
「そんなことねぇよ。お前はよくやった」
「話は古株さんから聞いてるわ。薫ちゃんが頑張ってくれたんだって」

みんなの励ましを一通り受けてから、私は現状について尋ねた。私が気を失ってから今までの話。守たちは、あの宇宙人たちと傘美野中の校舎破壊をかけて戦ったらしい。結果は怪我人を大勢出しての完敗。傘美野中は無残にも破壊された。そしてそこで傷を負った半田くんたちが、こことは違う病室に入院しているのだとか。

「俺たちは宇宙人と戦う!」
「守…」

力強く拳を握りしめてそう言ってくれた守と、同意するように頷いたみんなに思わず俯く。私の今のこの足じゃ、いくら頑張ったって追いつけない。足手纏いになるだけだ。
でも置いていかれたくない。守の側にいたかった。一番近くで、役に立ちたかった。…でもそれも、守の邪魔になるくらいなら、こうして寝ている方が百倍マシだから。

「…待ってて、くれる?」
「…薫」
「絶対追いついてくるから、待ってて」

こんな怪我くらい、すぐに治してやる。それで、あの緑ツンツン頭たちにリベンジしてやるのだ。こんなとこで、私は終わりたくない。
そんな私の意気込みに、守たちは当たり前だというように頷いてくれた。抱き締めてくれる守を強く抱き締め返して、ただ無力な祈りを送る。…守がどうか、何事もなくこの旅を終えられますように。私が追いつくまで、どうか。

「がんばれ、みんな」

そうしてバスで旅立っていくみんなを窓越しに見送って、私はベッドで力無く倒れ込む。…早く、治さなきゃ。私だってみんなの、守の力になるんだ。
響木監督が裏で動く為に、新しく女性監督がつくのだという。名前は吉良瞳子監督。みんなに断って二人きりで話もした。エイリア学園を倒す、と言い切ったこの人の目からは迷いが見えない。決意の目だったから、私は信じることにした。

「貴女を待っているわ」
「…はい」

そんな短い激励が、私の胸に響く。待ってくれている。みんなが、私を。それならば私はその期待と信頼に応えなきゃいけない。…いや、応えてみせる。
その時、小さく病室のドアを叩く音がした。お母さんだろうか。でも、叩かれてから一向に外からは何も音がしない。訝しげに思い、どちら様ですかと声をかければ、ドアは音も立てずに静かに開いて。


「___我々は、エイリア学園の思想に賛同する者だ」


そんな私の意気込みさえ、押し潰さんとして嘲笑う。





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