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「エイリア、学園…!?」

ずかずかと病室に入ってきた三人は、入るや否や私の発言を許さないと言いたげに矢継ぎ早に言葉を重ねていく。私は怯えて後退りするフリをして、後ろ手にナースコールを握り締めた。もしかしたら、私の怪我に対するお詫びに来た可能性がある。まぁ小指の甘皮以下の可能性でしかないけど。

「喜べ、我らがエイリア皇帝閣下は貴様の力をお認めになられた。エイリア学園の一員として、その力を振るえとのお達しだ」
「拒否権は無い。貴様はその名誉を快く受け入れ、我々の軍下に降ると良い」
「そうすれば、我々に一度でも逆らったことを不問になさるという寛大な処置までいただいた。…一緒に来てもらおう」

アウト。駄目だ。通報一択。私は躊躇いも無くナースコールを押して息継ぎも無しに取り敢えず叫んだ。お腹の底から叫んだ。意識して出した甲高い悲鳴が、漏れなく事件現場に響き渡るそれだ。

「助けて変態に襲われるーーーーー!!!」
「なっ!?」
「だ、黙れ!!」
「誰かぁぁぁぁぁ!!!」

何事だ!?あっちです!という大人たちの足音がこちらへ向かってくるのを聞いて、奴らは舌打ちをしながら部屋を飛び出した。しかし出ていく直前、私を振り返ったかと思うとまるで捨て台詞のように奴らが吐き捨てた言葉を、私はどうしても聞き逃すことが出来なかった。

「…抗えるのも今のうちだ。貴様が何をしようと、雷門の中に紛れようと、我々はどんな手を使ってでも貴様を引き入れる…!」

その後に飛び込んできた大人たちが心配そうに私の名前を呼ぶのを、私はどこか上の空で聞いていた。…血の気が引く。私は、みんなの元には行けない。
私が居る限り、あいつらが雷門中のみんなに何をするか分からない。どんな手を使って、守たちを傷つけるか分からない。待ってる、と手を握ってくれた守の顔を思い出す。みんなの決意に満ちた表情が浮かんでは消える。

「…どうして」

私はこんなにも、足手纏いで無力なんだろう。





何者かも分からない不審者に拐われかけるというどう見ても緊急事態なこの様子に、病院側は警察を呼んでくれたらしい。連絡を受けて私の名前を聞いたらしい鬼瓦のおじさんは、即座に私のところへ駆けつけてくれた。入り口を警護の刑事さんたちに守らせてくれているおじさんは、青い顔で俯く私の背中を撫でながらそっと慰める。

「大丈夫だお嬢ちゃん。俺たちが居る限り、奴らに手出しはさせん」
「…わたし、はやくどこかに、かくれなきゃ。これじゃ、みんなのあしでまといだ」
「そんなことはない。気を強く持つんだ。奴らの策に踊らされるだけだぞ」

分かっている。こうして狼狽えて雷門中という、守という私の弱みに漬け込むつもりなのは、嫌というほど理解している。…けれど、それでもその人質は私にとってはあまりにも効きすぎた。大切な仲間を、守を、私は私のせいで傷つけたくはないから。

「…隠れ場所なら、当てはある」
「そこに、連れて行ってくれませんか。せめて私は、この足が治るまで、隠れてなきゃ」
「少し時間をくれ。…何、すぐに片はつく」

お願いします、と頭を下げた私の声はとても弱々しかった。見えていたはずの希望が塗り潰されていくような感覚にさえ陥る。怖かった。私は、どうすれば良いのだろう。
守たち雷門中には、何も伝えないで欲しいと言った。私なんかを心配して、これから先の戦いで躊躇うことがないように。鬼瓦のおじさんは渋っていたけれど、責任者である瞳子監督にだけは話しておくよう言われた。

「…なので、私はしばらく、追いつけそうにないです」
[…そう、それは残念だわ。だけど気を落とさないように。貴女は貴女に出来る戦いをするのよ]
「…はい…!」

その日の夕方には電話をかけた私に、瞳子監督は残念だとは言ったけれど、私を雷門中の戦力の一人として数えてくれた。私にも私に出来る戦いがあるのだと、言外に励ましてくれていた。
守たちには黙ってくれているという。現在は奈良に居るらしい守たちは、新しく一人の仲間をスカウトできたようだ。それが女の子だと聞いて、私は思わず言葉に詰まった。…守の力になれる、女の子の選手。素直に羨ましいとさえ思う。
けれどそれでも、その報告を聞いてホッと息をつく私に、瞳子監督はひとつだけ用件を告げた。私を通して鬼瓦のおじさんに頼みがあるらしい。


[貴女と一緒に逃して欲しい子がいるの]


…その名前を聞いて、私は思わず目を見開いた。ついさっき、妹が目覚めたのだと微笑んでいた嬉しそうな彼の顔が蘇る。けれど同時に確かに潜んでいた彼の暗い表情の意味も、たった今理解できた。…どうして、ここまで苦しみながらも頑張ってきた人に、そんな酷いことが出来るのだろう。

豪炎寺くん。妹の夕香ちゃんを人質に取られて、私と同じようにエイリア学園の魔の手に迫られている人。
…今、どんな思いで豪炎寺くんがいるのか。私にはそれを測ることができない。





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