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青い空、澄み渡る透明な海、白い砂浜。目に痛いほどの日差しが反射して輝くあたり一面に思わず目を細めて呻いていれば、タクシーの後部座席で隣に座っていた彼に豪快に笑われてしまった。思わずジト目で見れば、悪い悪いと軽い調子で謝られてしまう。

「本土の海とは全然違えだろ」
「はい…じゃなくて、うん、すっごく綺麗…!」

今、私が居るのは沖縄。なんくるないさーという言葉がデカデカと書かれた弾幕に迎えられて、私はひっそりと飛行機でこちらまでやってきた。鬼瓦のおじさんの言っていた絶好の隠れ場所というのは、おじさんの親戚が住んでいるここであったらしい。初めて踏み締める土地は、同じ日本のはずなのに何処か異国情緒に溢れていて新鮮だった。
付き添い兼警護の女刑事さんの補助を受けながら松葉杖でひょこひょこ歩いていると、到着ゲート前に私を見て手を振る人が。写真は事前に見せてもらっていたので、彼が鬼瓦のおじさんの協力者なのだとすぐに分かった。たしか、名前は。

「お、無事に着いたみたいだな。俺は土方雷電だ」
「初めまして。今日からお世話になります、円堂薫です」
「おいおい、堅っ苦しいのはよせよ。どうせ歳も変わらねぇんだし、敬語はいらねぇ」
「…じゃあ、土方くん?」
「いいや、残念ながら俺は弟妹が多いんで家に帰りゃ土方は大勢居るからなぁ。悪いが名前で頼むか」
「雷電くん」
「よし、それで良い」

雷電くんの呼んでいたタクシーに乗り込み目指すのは、市街から遠く離れたところにある雷電くんのお家。私はここでしばらくの間隠れ住まわせてもらうことになる。
タクシーの中で交わした会話によると、雷電くんは沖縄の中学生で年は私より一つ上。でも上下関係みたいな堅苦しいのは嫌いなようで、とても気さくな良い人だった。

「あと一人来るんだってな。おやっさんから聞いてるぜ」
「うん、でも鬼瓦のおじさん曰く、私とは日にちをずらすみたい。纏めて送り込むと勘づかれるからって」

豪炎寺くんは今のところ、保護した警察の方で匿って後日沖縄へと送り出すらしい。…そういえば私は、お母さんたちには簡単な説明だけをしてこちらに旅立った。狙われているという言葉にお母さんは泣きそうな顔をしていたけれど、それでもあそこにいればきっといずれお母さんたちにまで被害は及ぶ。私のせいで家族が苦しむなんて、それだけは死んだってごめんだ。

「ここが俺の家だ。ゆっくりしてくれ」
「お世話になります」

ここまで警護してくれた刑事さんとはここでお別れだ。多少の不安はあるけれど、雷電くんは喧嘩も強いからボディガードは任せてくれと力強く言われてしまえば、もう任せるしかない。
家に入り靴を脱ごうともたついていると、先に入っていた雷電くんが気がついたように戻ってきた。私の足のことに思い至ったらしい。

「悪りぃ!そういや右足のせいでいろいろと不便なんだったな」
「あ、うん。ごめんね、もたついちゃって」
「構わねぇよ。ほら、足出せ」

そう言うや否や、靴を優しく手早く脱がしてくれた雷電くんは、その噂の弟さんたちの世話で慣れているのだろう。お礼と共に立ち上がろうとすれば、なぜか抱き上げられてしまった。…だきあげられてしまった??

「ら、雷電くん、これは」
「こっちの方が早えだろ。無理は禁物だぜ」
「重いでしょ」
「逆に軽すぎるくれぇだ」

扱いが完全に幼児。体格差がもの凄いのは理解しているけど、これでも私は中学二年生なんだぞ。…いやでも一応双子とはいえ妹だから、この扱いもあながち間違いではない…?
そう考え込んでいると、ふと物陰からこちらを覗く五つの塊に気がついた。…ち、小さい雷電くんが五人いる…!

「雷電くん、もしやあの子たちが」
「ん?あぁ、あれが俺の可愛い弟たちだ。おい、お前ら姉ちゃんに挨拶しろ!」
「はぁい!」

雷電くんが私を椅子に下ろすと、その途端に周りを囲まれる。みんながみんな、初対面の私に興味津々と言った様子だった。可愛い。

「お姉さんお名前はー?」
「薫だよ」
「どっから来たの!?」
「東京っていうところ。でも、お姉さん内緒でここに来てるから、みんなには内緒ね」
「兄ちゃんも内緒にしろって言ってた!」
「誰にも言わねぇ!」

五人揃って「しーっ!」っと人差し指を立てている。可愛くて思わず笑えば、紅一点の妹さんがお姉ちゃん笑うと可愛い!とはしゃいで飛びついてきた。膝の上の乗せてあげると、とても楽しげにきゃらきゃらと笑っている。こうしていると、まこちゃんたちを思い出しちゃうなぁ。

「姉ちゃん、兄ちゃんの彼女!?」
「違うよ」
「えぇー、つまんねーの」

私みたいなのを彼女扱いしたら雷電くんに失礼だぞ。話題に出された雷電くんは愉快そうに笑ってるけどさ。…いや、雷電くんに彼女がいたら本当に失礼だね。

「今さらだけど、雷電くんは彼女とか居る?」
「そういうのは居ねえなぁ。俺はそういうのよりもサッカーしてる方が好きなんでね」

なるほど、雷電くんもサッカー少年。青春は、恋より愛よりサッカーというわけか。守みたい。というか、もしも守と会わせたらきっと気が合ってすぐに仲良くなるんだろうなぁ。

「何かあったら俺でもチビたちでも良いからすぐ頼れよ」
「…何から何までありがとう。復活したらいろいろ手伝わせてね」
「お、そりゃ頼もしいじゃねぇか」

…何だか、歳の離れたお兄ちゃんができたみたいだ。守も兄ではあるけれど、やっぱり双子であるせいか、同等の位置にいる感じが否めない。
それとは逆に雷電くんは、何だか守られている感じがして安心する。だからこんなに弟さんたちにも無邪気に慕われているんだろうなぁ。





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