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二日後、とうとうこちらへ合流する豪炎寺くんを迎えに雷電くんが出て行くのを見送ってから、私は縁側で洗濯物を畳む。豪炎寺くんは私と違って航路を使うそうだから、少し時間がかかってしまったのだとか。留守番と弟くんたちの世話を頼まれたものの、その小さい子たちはどうやら近所で遊ぶらしい。少し離れたところからはしゃぐ声が聞こえてきた。
…それにしても、沖縄だというしなかなか暑いのだろうと思っていたのだけど、沖縄の暑さはどこかカラリとしている。場所が変わればそうでもない、というのは雷電くんの言葉だ。ここは海沿いだからまだ涼しい方なんだとか。

「…あ、帰ってきた」

車の音がする。時間的にも雷電くんが豪炎寺くんを連れて帰ってくる頃合いだろう。私は畳み終えた洗濯物を分けておくと、立ち上がって壁伝いに玄関へ向けて歩く。松葉杖を使うほどの大した距離では無かったからか、ちょうど辿り着いた時に玄関の扉が開いた。先導する雷電くんの後ろにいた豪炎寺くんが顔を上げて、私と目が合う。その目はみるみるうちに驚愕したように見開かれていった。

「……薫…?」
「豪炎寺くんお帰りなさい。雷電くんも」
「おう、ただいま!…チビたちはどこ行った?」
「近所だよ。遊びに行っちゃった」
「あ?姉ちゃん守っとけって言ったんだがなぁ…まぁいいか。…豪炎寺?ンなとこに突っ立ってどうした」
「豪炎寺くん?」
「………説明を、もらえるか…」

どうやら豪炎寺くんは私についての説明を受けていなかったらしい。完全に一人のつもりでいたのだという。雷電くんも途中でそのことには気がついたものの、面白そうだから黙っていたとか。何してるの、豪炎寺くんすごく疲れた顔してるよ。
ちなみに、病院に居るはずの私がどうしてここに居るかもちゃんと説明した。自分と同じ理由だということを理解した豪炎寺くんは険しい顔をして俯く。…きっと、夕香ちゃんのことを考えているのだろう。私は、豪炎寺くんの固く握り締められている掌にそっと触れた。ハッとしたように顔を上げられる。私はしっかりと目を合わせた。

「頑張ろう、豪炎寺くん」
「…薫」
「あんな奴らの思い通りに私はならない。みんなの足を引っ張りたくない。
…ここに居るのは逃げじゃないよ。いつか満を辞して反撃する為の、戦略的撤退だから」
「…あぁ、そうだな」

責任感の強い豪炎寺くんのことだから、志半ばで戦線離脱してしまうことが悔しいのだろう。大事な仲間の力になれない辛さも苦しさも、今の私には理解できる。
でも頑張ろうね。挫けちゃ駄目だよ。あんな奴らの思い通りになってしまうことが一番駄目なことくらい、私は分かってるから。

「なんだなんだ、お前ら付き合ってんのか?」
「つ」
「違うよ。豪炎寺くんとはただの友達、仲間、選手とマネージャー」

手を握って見つめ合う私たちに、ニヤニヤとした顔で尋ねてきた雷電くんにピースサインでそう答えれば、一瞬固まっていた豪炎寺くんは僅かに肩を落として「そういうことだ…」と呟いた。誤解が解けてホッとしたのだろうか。雷電くんはどこか気の毒そうな顔をしていたけど。

「でも、これからは戦友だね」
「!」

エイリア学園という、組織に立ち向かって抗う戦友が私たち。頑張ろうねと掌を向ければ、豪炎寺くんは穏やかに目を細めてハイタッチを返してくれた。もちろん雷電くんも協力者だから同じく戦友だよ、よろしくね。





「兄ちゃんが増えてるーー!!」
「!?」
「俺の弟たちだ」

外から帰ってきた小さい子たちが、豪炎寺くんを見てはしゃいだような声をあげている。飛びつかれて揉みくちゃ状態の豪炎寺くんはどこか勢いに押されて呆然としていた。見てて面白いね。
そしてこの暑い中外で遊んでいたからか汗だく泥だらけの子供たち。風呂に入れ、という雷電くんの呼びかけに元気よく返事を返した子供たちがお風呂場に向けて駆けていく中、私は豪炎寺くんを部屋に案内することにした。

「よ、いしょっと」
「手を貸すか」
「ん、大丈夫。これくらいは自分でしなきゃだし」
「そうか」
「うん、こっちだよ」

手を差し出しかけた豪炎寺くんを断って、杖をついてひょこひょこ歩き出す。雷電くんは小さい子たちのお風呂の介助があるだろうし、今のうちに出来ることはしておきたい。
拙い歩き方の私にハラハラした様子の豪炎寺くん。それを笑い飛ばしながら少し廊下を進むと、私に与えられた部屋はすぐそこに見えてきた。

「ここが私の部屋。何かあったら遠慮なく声かけてね」
「あぁ」
「それで、そのお隣が雷電くんと豪炎寺くんの部屋」
「………は?」

襖で区切られた隣同士の部屋。弟くんたちの遊び場になっていたらしいのだけど、私が来るということで開けてくれたらしい。雷電くんから入室の許可は降りているので遠慮なく部屋を開けて中に入る。多少散らかってはいるけれど、男子中学生らしい部屋だった。

「いや、待て…襖だろ、これ」
「襖だよ?」
「…襖だよな…?」

隣の部屋に繋がる襖を小突きながら、何かしどろもどろな豪炎寺くん。襖がご不満のようだが、人の家だぞ。襖アレルギーでもあるまいに。
ちなみに普通に開く。何かあったらすぐ飛び込めるから便利だろ!と笑った雷電くんがすごく頼もしい。合理的で素晴らしいね。

「あ、でも部屋に入る前はさすがに声かけてね」
「……あぁ」

やはり疲れたような声で頭を抱える豪炎寺くん。船の長旅で疲れたのだろうか。そう尋ねれば、力無く首を横に振られたので違うらしい。雷電くんにこっそりと相談すれば、雷電くんは理解したのか放っておいてやれと笑われてしまった。ううん、男の子の悩みは分からないものだと常々思う。





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