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足は少しずつ良くなり、一週間もすれば杖無しで歩けるようになった。まだ引きずってるけど。その間は豪炎寺くんや雷電くんはもちろん、弟くんたちにまでとてもお世話になってしまった。転ばないように手を引いてくれたり、雷電くんに至っては足場の悪いところで抱き上げてくれたりなど。豪炎寺くんが何か言いたげだったけど分かるよ。子供に見えるよね。

「そうじゃない」
「豪炎寺くんもしてもらう?雷電くん背が高いからすごく眺めが良いよ」
「それでも無い」

じゃあなんだ、と尋ねても結局は目を逸らされてしまうのだが。変な豪炎寺くん。
そしてそんな豪炎寺くんはしばらくの間は周囲の様子を見るために家に引きこもって私と家の手伝いをしていたのだけれど、最近は雷電くんに誘われて人気の無い浜辺でサッカーをしているらしい。足が本格的に治ったら私も手伝いに行く予定だった。
いつか雷門に戻ったとき、今より強くなっているであろうみんなの足手纏いにならないように。そう呟いた豪炎寺くんの目は決意に燃えていたから、何だか私まで嬉しくなってしまった。

「ちいちゃん、お風呂入ろ」
「入る!」

一番小さな末っ子の妹、ということで「ちいちゃん」と呼んでいる女の子の名前を呼べば、嬉しそうに歓声を上げて飛びつかれた。私を本当の姉のように慕ってくれているちいちゃんは、ときどきこっそりと寝床を抜け出しては、私の布団に潜り込んできてくれる。私も小さい妹が出来たみたいで嬉しかった。

「悪りぃな薫、そいつすっかり懐いちまって」
「ちいちゃん可愛いよね。東京に連れて帰っちゃおうかな」
「おいおい…」
「冗談だよ」

少し焦ったような顔をする雷電くんに笑いながら、早く早く、とちぃちゃんに手を引かれてお風呂場に向かうと、ちょうどシャワーから上がったらしい豪炎寺くんとすれ違った。髪が降りてぺったりとしている。初めのうちは見たことのない豪炎寺くんで何だか新鮮だったけど、さすがに数日もすればもう慣れた。

「もう、髪ちゃんと拭かないと。風邪引いちゃうよ」
「…悪い」
「守といい、なんで男の子ってこういうところ雑なんだろうね」

すれ違い様に引き止めて、豪炎寺くんの肩にかかっていたタオルでわしゃわしゃと拭いてやる。本当なら守みたいにドライヤーまでしたいところなのだけれど、今からお風呂なのでそれは断念することにした。




「お、茹で蛸が居らぁ」
「うるさい」





「悪りぃ、豪炎寺。タオルを風呂場に持ってってくれるか」
「ゴフッ」

土方のその言葉に水を飲んでいた豪炎寺は思わず咽せた。あっけらかんとしたその言葉には悪意も思惑も無く、ただ単なる頼みごとであったらしい。むしろじっとりと見つめる自分に不思議そうな顔をして、土方はなおもタオルを差し出してきた。

「お前らが使ったのが最後で、タオルがもう一枚も無かったことを思い出してよ。悪りぃが頼まれてくれねぇか」
「…分かった」

仕方なく、本当に仕方なく二枚のタオルを受け取る。これは頼まれた用事で、決して自分に下心があるわけではない。そう自分に言い聞かせながら、明らかに人の気配がある風呂場の脱衣所の外から遠慮がちに声をかけた。

「…薫」
「あれ、豪炎寺くん?」

風呂場からの返事だったせいか、反響するようなくぐもった声がここまで届く。それがあまりにも生々しすぎて意識しそうなのを無理やり抑えつけながら、なるべく平穏を装って用件を告げた。

「土方に頼まれて、タオルを置きに来たんだが」
「わ、ありがとう。そこに置いといて欲しいな」

入室の許可も出たところで、そろりと脱衣所に足を踏み入れた豪炎寺は、寝巻きを置いている籠の上からそれらを覆い隠すようにして置いておく。下着は寝巻きの間に挟んであるのか目のやり場には困らなかったのが幸いだった。
風呂場からはちゃぷちゃぷと水の跳ねる音がする。二人のはしゃぐような声も。それらをやけに鮮明に聞き取ってしまう中、そわそわと落ち着かない心を宥めるように胸を抑える。何も無い今のうちにさっさと出てしまおう。そう思って脱衣所を出た。…その時だった。

「しゅーや兄ちゃんあのねー!!お姉ちゃんのおっぱいふわふわなのーー!!」
「ッッッッッッ」
「ちいちゃんシッ!!」

即座に出て脱衣所の扉を閉めた。思わずその場に蹲る。…誰か、叫ばなかった自分を褒めてくれ。思春期の男子にこれは無い。ただでさえ成り行きとはいえ、一つ屋根の下で自分が想いを寄せる少女と同居するというどこのドラマかと言わんばかりのシチュエーション。彼女の双子の兄である円堂や恋敵である鬼道に後で殺されることを覚悟でこの場に居るが、これはある意味地獄に等しい。
今まで知らなかったことをここまで突きつけられるのは、正直言ってしんどかった。
台所に立つ姿が自然だとか。洗濯物を畳む姿がどう見ても嫁だとか。子供と遊んでいる慈愛溢れた目が柔らかいとか。夜はとても弱くてふにゃふにゃになるところとか。朝起こすときの声はとても優しいのだとか。

「…ふわふわ」

昔、半田あたりに「豪炎寺はムッツリスケベ」だと評されたことがあるが、決して自分はムッツリなどではない。好きな子に嫌われたくない、もしくはドン引かれたくは無いから抑えているだけなのだ。その中身は当然年頃の男子中学生だし、想像するものはする。
とりあえず、先程から頭の中で繰り返されてやまないその四文字を掻き消そうと努力したものの、子供たちの見ているテレビCMの中でタイミング良く叫ばれた「ふわふわマシュマロ!」の一声に、豪炎寺は強かに額を柱にぶつけた。





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