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「…薫が、居ない?」

真帝国学園との試合を終え一度稲妻町に帰ってきた円堂がまず向かったのは、病院にて入院しているはずの妹たちの見舞いだった。
連絡はなるべくかかさないように送っているものの、何故か返信が無いのは首を捻ってはいたが他の全員も連絡は無かったということで、携帯が壊れたか、早々に怪我で離脱してしまったという後ろめたさで返信ができないのだろう、という答えに至った。
しかし半田たちの見舞いを終え、いざ薫の元へ行こうとしたその時。背後から半田たちから遠慮がちにかけられたその事実に、円堂は呆然とするしか無かった。

「でも俺、母さんからも何も聞いて…」
「…これ、すげぇ噂になってるんだけどさ、円堂たちが旅立った日、病院内に不審者が出たんだって」

それはちょうど、薫が入院していた病室あたりでの騒ぎ。なんだなんだと騒ぎになり警察沙汰にもなったことで、病院内ではちょっとした事件になっていたようだった。
慌てて母にも連絡を入れてみたものの、そんな母親も困惑しているようで、帰ってきた答えは分からないの一点張り。何かしらさらに知っていそうな雰囲気ではあったが、それ以上は何も聞けそうにはなかった。

「…それは、どういうことだよ円堂」
「…俺にも分からない」
「分からないって…!」
「落ち着け風丸。どっちにしても円堂の責任ではないだろう」
「ッ…分かってるけど…!」

遅れて見舞いに来る予定だった風丸と鬼道にもその事実を話せば、二人ともどこか困惑したような顔をした。風丸には詰め寄られたし、鬼道も一応そんな風丸を窘めたものの、表情からはやはり納得いかないようであることが分かった。
そしてそれに加えて、ここで真帝国学園での怪我が悪化した染岡の離脱。続きに続いた悪い話題は、車内の雰囲気を悪化させた。染岡はともかく薫のことをよく知らない塔子と吹雪、木暮だけがどこか浮いてしまっている。

「薫って…たしか円堂の妹だったよね、双子のさ」
「は、はいっス…薫さんは、すごいマネージャーなんスよ!…でも…」
「…ジェミニストームとの戦いで、怪我を負ったんだったね」
「じゃあ、別に大したことは無かったりして?うっしっし…」
「木暮くんッ!!」
「うわぁ!?」

いつもよりも尋常じゃない剣幕で怒鳴られた木暮は、その春奈の様子に思わず縮み上がった。その目は険しく、いつもの呆れたような優しい色は何処にも無い。それが本気の怒りだと思わず悟り、そしてついでに周囲からの目線も多少厳しくなっているの気がついたところで、自分の今の発言がどれほどまでに失言だったかを理解した。

「…わ、悪かったよ…」
「…薫先輩は、すごくて、優しくて…このチームには絶対、必要な人なんだから」
「音無さん…」

少しだけ鼻をすすった春奈の背を、秋がそっと撫でる。それを見つめている夏未の目もどこか痛ましげであった。沈黙が車内を支配する。そしてそれっきり、誰も何も言わなかった。





「へぷしッ」
「風邪か?」
「ううん…何だろ、風邪ではないと思う…」
「気をつけろよ?沖縄っつっても、この時期の朝晩は割りかし冷え込むんだぜ?」
「気をつけます…」

そうやって注意を促してくれる綱海くんは優しい人だね。今はギンギラギンに太陽が輝いて暑いことこの上ないけど、たしかに朝は早いと涼しかったりするから気をつけなければ。居候なのに体調崩すだなんて笑えないにもほどがある。
綱海くんとはあれからたまに、一人で散歩へ行く時によくあの浜辺で会うようになった。綱海くんは一人で毎日のようにサーフィンしているらしく、多少勉学のことが心配になった私が尋ねたところ「まぁ何とかなるだろ!」とのこと。ならないよ、貴方今年受験生でしょ。

「世の中エイリアだのパエリアだの訳わかんねーことでパニックだぜ?受験なんてやってる暇ねーって!」
「そんなことないよ。エイリア学園なんて、まも…雷門中の人たちがやっつけてくれるんだからね」

随分楽観的だがね、綱海くん。守たちの快進撃は瞳子監督から聞いているので、あと少しで福岡に着くらしいことは知っている。
…佐久間くんたちのことも、瞳子監督から聞いた。総帥さんがまた真帝国学園なるものを作って、言葉巧みに佐久間くんたちを引き込んで、そうして。

『鬼道くん曰く禁断とされている技を使用したせいで、両方とも決して軽くはない怪我を負ったわ』

佐久間くんも、源田くんも。…そして、もちろん鬼道くんも。どうしてそんなに苦しまなくちゃいけないんだろう。だって、あれだけ頑張ったんだよ。雷門中が世宇子中と戦うために鬼道くんが転校したときも、二人とも寂しそうな顔してた。鬼道くんだって帝国の話をするときは顔が柔らかかった。
そんな彼らの心を引き裂いて、利用して、付け込んで。残ったのは結局、傷つけあってしまったあの三人だけじゃないか。

「…元気ねぇな」
「…分かる、かな、やっぱり」
「見てりゃ分かる。いつもみてーに笑えてねーし」
「ほーれふか」

笑えー、なんていう間延びした声で頬を摘ままれてしまう。たしかに今朝から豪炎寺くんと雷電くんがやたら気遣ってくると思ったらそういうことか。隠してるつもりで隠し切れてないなんて、駄目じゃないか。帰ったら二人にはお詫びとお礼を言わないといけないね。

「ありがとう、綱海くん」
「おう!」

…守たちは、元気だろうか。染岡くんも怪我して離脱したことも聞いている。私が行方不明なことも、とうとう知られてしまったらしい。瞳子監督から見ても、それは雷門イレブンに動揺を生んでいるとか。
…けれど私は、守やみんなと連絡は取らない。少なくとも、私がみんなの元に帰ることのできるその日まで、私はここで私なりの戦いをすると決めた。一生懸命死に物狂いでエイリア学園と戦うみんなに、私の事情を背負わせることは絶対にしたくない。豪炎寺くんと二人で話してそう決めた。守は、みんなは優しすぎるから、絶対に心を痛めて気負いすぎてしまう。

「…まーた何か難しいこと考えてんだろ」
「分かる?…もっと、楽観的な人間になれたら良かったのになぁ、って思って」

そうなればきっと、こんなに苦しまず、何も考えないで私は息が出来たのかもしれない。…けれど、綱海くんはそれに対して少しだけ顔を顰めて。

「あん?それじゃもう薫じゃねーだろ。そうやって難しい顔して、悩み過ぎるくらいに悩んでんのがお前じゃねーか」

俺には分かんねーけど、と綱海くんはボヤいて立ち上がる。そろそろいつもの、波が来る頃の時間だった。
その背中を見送る私へ向けて、綱海くんはどこか胸を張るように笑う。

「そんで、俺みてーな奴がお前の悩みを吹っ飛ばしゃ良いだけの話だ!」

…すごいな、綱海くんは。そうやってすぐにこんな重苦しい気持ちを楽にしてくれる。そんな存在が、今はありがたい。
彼がよく言う「海に比べれば」という言葉。…うん、たしかにそうだね。私の悩みなんて、エイリア学園なんて、このどこまでも綺麗で広い海からすれば、何の関係もない些細な話だ。

「…頑張れ、守」

今は無理でもいつか、ちゃんと追いついてみせるから。





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