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あの後綱海くんと別れてから家に帰り、私は二人に気を使わせてしまったことを謝った。けれど二人とも本当に優しいもので、そんな私の謝罪でさえもやんわりと窘めてくれた。
そして私もそろそろ覚悟を決めて豪炎寺くんたちの手伝いをしようと思い立ち、それを彼らに伝えてみたところ、それじゃあと頼まれたのが。

「豪炎寺くん、足元の動きに囚われ過ぎ。もう少し全体を見なきゃ」
「クッ!」
「そうそう、あと相手の重心も見てね。そうすればパスカットにも注意できるよ」
「はっ」

豪炎寺くんとのボールカットの争い。小さくダミーの動きを入れながら豪炎寺くんの目を撹乱しつつ、淡々と指示を出した。豪炎寺くんは私とボールから目を離さないようにしながらも、言われたことに必死で耳を傾けている。

「まぁ傾いた重心の方にパス出すとも限らないけどね」
「は!?」

少しだけ左寄りに傾けていた身体を読み取って、当然そちら側に足を出そうとした豪炎寺くんにカラリと笑い、私は左足の側面で即座にボールを蹴ってその横を素早く抜ける。私の勝ち、と微笑めば、豪炎寺くんは疲れたように息を吐いてその場に座り込んでしまった。もうバテたのかい。

「……強いな、お前は」
「まぁね」
「すげぇなァ薫!あの豪炎寺が手玉に取られてんじゃねぇか!」

離れた場所で私たちを見ていた雷電くんも興奮気味だ。まぁこれでも一生懸命練習はしたからね。

「ポジションは?」
「フォワードとディフェンス。どっちも得意だよ」
「あれだけの技術とセンスがありゃそれも頷けるな」

雷電くんとそんな会話をしていれば、だんだん息が整ってきたらしい豪炎寺くん。続きを促してきたけど、次は雷電くんの番だ。
…二人が私に頼んできたのは、それぞれとの手合わせ。練習の手伝いをするにしても、私がどの程度サッカーが出来るのか知りたかったという。私も別にそのことに関しては「そうだろうな」という風にしか思わないので、快くオーケーを出した。

「私が雷電くんを抜けば良いんだよね」
「おう!これでもディフェンスなんでな。負けられねぇぜ!!」

行くよ、という短い宣言と共に走り出す。とにかく走って技術で差をつけなければ、私はすぐに捕まってしまう。
しかしそんな私の思惑を読み取ってか、雷電くんは不敵に笑ったかと思うと必殺技の構えに出る。

「スーパーしこふみッ!!」
「うわっ」

上からかかる重圧に、このままでは力任せに押し潰されると判断してボールを後方へ蹴り込むと共に下がる。そしてその必殺技の効果が切れる瞬間を見計らい、間髪入れずに前へと突っ込んだ。パワーで負けてしまうことは、恐らく今ので薄っすらと気づかれた。…それなら、私が取るべき手段はただ一つ。

「スピードスターッ!!」
「なにッ!?」

天を翔ける星のように、光の如き速さで繰り出すドリブル技。雷電くんのディフェンス範囲をすり抜け、私はそのままゴール代わりの大木にボールを打ち込む。…私の勝ちだ。
跳ね返ってきたボールをつま先で蹴り上げ腕に抱えれば、悔しそうな顔でこちらへ歩み寄ってくる雷電くんと豪炎寺くん。

「どうでしょうか」
「いやぁやられた!まさかあんだけ速えとは思わなかった」
「パワーでは土方に軍配が上がると思ったんだがな…」
「あー…やっぱりパワーが弱点って分かる?」

どちらにも頷かれてしまった。…やっぱりパワーが課題なのか…。でも私はもともと筋肉の付きにくい性質なのか、筋肉も標準を超えることは無い。脚力はあるけれどそれは主に瞬発的なものであって、二人みたいな力強さでは無いのだ。

「雷電くんみたいな筋肉が欲しい…」
「えっ」
「…俺もさすがにそれは止めとけって言うがその顔は失礼だぜ豪炎寺」
「……悪い」

反対されてしまった。でもなぁ、たしかに今後の課題としては、あの緑ツンツン頭のシュートみたいなパワー系の技を止める術を手に入れること。…今の私が止めるのは至難の技だ。それこそワイルドビーストで出来る限り相殺するか、他の技を使い軌道を逸らすので精一杯。でもそれじゃ駄目なんだと、それこそあの時分かったんだ。

「…慌てるなよ」
「うん、分かってるよ。…でも、今の雷門イレブンには女の子の選手も居る。女の子だって力になれるってことが、証明されてる」

たしかに今の私は選手としては必要とされていないかもしれない。けれど、それがいつ必要とされるかが分からない今、選手じゃないマネージャーの立場に甘えているわけにはいかないから。

「やれることはやる。幸いにもまだ時間はあるしね」
「…あぁ、そうだな」
「こうなったらとことん付き合うぜ!」

私のやる気満々なその言葉に、豪炎寺くんも雷電くんも頷き返してくれた。それじゃあさっそくもう一度、と言わんばかりに二人が熱い眼差しで見つめてきたけど駄目です。
さすがに今日はこれで終わりだよ。もう夕方だし、早くしないと暗くなっちゃうからね。





雷門中イレブンは、とうとう大阪にまでたどり着いたらしい。何でも、エイリア学園のアジトがあるかもしれないとのいう情報を得たのだとか。
しかしそこで聞いてしまった羨ましい事実に、私は思わず畳の上で転がってしまう。一緒に勉強に励んでいた豪炎寺くんの目が呆れたような色になっていた。

「遊園地だって…」
「…好きなのか?」
「好き、大好き」

一番好きなのは水族館なんだけどね。ペンギンが可愛い。イルカも可愛い。今は無理だけどいつか佐久間くんと一緒に行く約束もしている。
遊園地は、水族館の次くらいには好きだ。昔家族みんなで訪れたテーマパークでは、守と手を繋いで大はしゃぎしながら絶叫系を乗り回したものだ。

「水族館か?なら行きゃあ良いじゃねェか。沖縄つったら美ら海水族館だろ?」
「でも…一応潜伏中の身だし…」
「今んとこはバレてねぇんだし、そうだな、せっかくだから豪炎寺と二人で行って来いや。ちょうど貰ったペアチケットを持て余してたとこなんだよ」
「は」
「ペアチケット…!」

それなら、お金の心配も無いし、良いのかもしれない…?けど、それでもやっぱり憚られる。守たちが頑張って戦ってる中、そんなご褒美みたいなことがあっても良いの…?
目の前でどこかそわそわと落ち着かない様子の豪炎寺くんを他所に、雷電くんはまるで悪魔の誘惑が如くにこやかに私へ語りかけてくる。

「お前の仲間たちも遊園地楽しんだんだろ?良いじゃねェか、少しくらい」
「う」
「残念ながらペンギンは居ねぇけどよ、ジンベエザメは見ものだぜ?」
「あ」
「…イルカショーも見事なもんだぞ」
「……………ちょっとなら、良いよね」
「おう!」

誘惑に負けた私を許してください。だってペンギンは居なくともそんなにたくさんの見所があるなら見たいに決まっている。手渡されたペアチケットを眺めつつ、今現在大阪に居るであろうみんなに心の中で頭を下げておいた。あと豪炎寺くんにも。私の欲に付き合わされるわけだしね。

「ごめんね、少しの間だから」
「………いや、大丈夫だ。せっかくの息抜き、なんだろ。……ゆっくり見て回れば良い」
「!豪炎寺くん優しい!!」

ゆっくり回る許可をいただいた!雷電くんからついでに夜ご飯まで食べてから帰って来いだって!やったね!なんか不謹慎だけど沖縄旅行みたい!!







「……土方」
「貸し一つな。楽しんでこいよ」
「………あぁ」





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