07


…その光景を見てしまったのは、お母さんからのお使いで八百屋さんに行った帰り。この町で一番大きな稲妻総合病院へ豪炎寺くんが入っていくその後ろ姿を見て、私は自分の顔が真っ青になっていくのが分かった。
慌てて後を追いかけ、入り口に差し掛かる豪炎寺くんの手を掴む。突然掴まれて驚いたように彼は振り向いたけれど、どこか泣きそうな私を見て、さらに目を見開いていた。

「…どうした」
「ご、豪炎寺くんは、なんで、病院に。…もしかして、この前の試合で、怪我とか」
「いや、違う。…見舞いだ」
「…お見舞い?」

どうやら嘘はついて居ないらしい。よく見れば、私が掴んでいる腕と反対側の手には小さな花束が握られている。私の早とちりだったようだ。思わず安堵の息を吐いた私に豪炎寺くんは何か悩むように眉を寄せて、やがて意を決したように「一緒に来るか」と口を開いた。思わず目を瞬く。

「…知られても、良いの?」
「…?どういうことだ」
「だって、多分…私の予想だけど、これ、豪炎寺くんにとっては他人には知られたくないことだよね」

豪炎寺くんは驚いたような顔をしているけれど、彼がさっき言いにくそうにお見舞いという言葉を告げたときの顔、あれは前にサッカーに対して向けていた顔と似ているように見えた。何かを悔やむような目。だからこそ、今豪炎寺くんが私を連れて行こうとしている場所にあるものは、きっと豪炎寺くんがサッカーを辞めてしまった理由の一つだと思ったのだ。
…それに、簡単に踏み込まないと決めた。不器用ながらに優しい豪炎寺くんが、傷つかないで欲しいから。だから私は豪炎寺くんに許されたところまでしか、触れないでおこうと思っていたのに。
そんな思いで彼を見つめていれば、豪炎寺くんは一度目を伏せて、仕方のなさそうに微笑んだ。その目はとても優しく、呆れたような色をしていて。

「友達なんだろ、俺たちは」
「あ…」
「友達になら良い、話す」

それを聞いて、今までずっとあった、決して超えられないと思っていた壁が音も無く壊れていくような気がした。私たちは他人なんかじゃない、彼の抱えているものを一緒に抱えても良いのだと許されたような、そんな気がして何だか嬉しかった。

「…ここは」
「入れよ」

豪炎寺くんに連れられて、入った病室の主の名前は「豪炎寺夕香」ちゃん。そこで眠る小さな女の子を見つめる、どこか激しい後悔の色を瞳に乗せた豪炎寺くんを見て、何となく、彼がサッカーを辞めてしまった理由が分かったような気がした。
夕香ちゃんが自分の妹であることを告げて、豪炎寺くんは口を開く。

「…去年のフットボールフロンティアの決勝戦前、夕香は俺の試合を観に行く途中で事故にあった」

目を見開いた。自分のせいだと。自分がサッカーをしていなければ、夕香ちゃんが事故に遭うことは無かったんだと呟く豪炎寺くんに、私はそんなことないだなんて軽率な言葉をかけてあげることはできなかった。
豪炎寺くんのせいじゃない。それは分かっている。この事故は、悪い運の重なった結果だったはずだ。でもきっと、もしも私が豪炎寺くんの立場なら同じことを考えただろう。たとえ悪くないと慰められても、サッカーボールを見るたびに、事故で意識の目覚めない大切な人の顔を思い出すのだろう。
そうなった時、私はきっと、前のようにボールを蹴られる自信は決して無い。

「…夕香ちゃん、可愛いね」
「…あぁ」
「目元、豪炎寺くんに似てるね。兄妹だもんね」
「…あぁ」
「…あの日、みんなを助けてくれてありがとう、豪炎寺くん」

豪炎寺くんは何も言わなかった。けれど「また明日ね」の言葉には黙って手をあげてくれたから、それで良いと思う。
友達だと認めてくれた。そして、彼が抱えているものを吐露してくれるくらいには信頼してくれていると分かったから。それだけで今は、十分だよ。





新しいマネージャーの子が入った。一つ下の後輩マネージャーの音無春奈ちゃん。新聞部だった子で、帝国戦ではベンチで一緒になって応援してくれた可愛くて良い子だ。帝国戦の記事も守たちの活躍や奮闘を讃えた素晴らしいものだったと評判らしい。申し訳ないながら引き抜きという形になってしまい、期待の新人を奪われることとなった新聞部からは恨みがましい目で見られてけれど黙らっしゃい。もう春奈ちゃんはうちの子です。無邪気に先輩、と慕ってくれる春奈ちゃんは今日も可愛い。

「妹が欲しかったんだ、私」
「…私も、薫先輩みたいなお姉ちゃんが欲しかったです」

…冗談交じりにそう言えば、何でか寂しい顔をされてしまったので、頭を撫でて抱きしめておいた。豪炎寺くんのことと言い、最近の中学生には訳ありが多すぎるような気がする。
ちなみに秋ちゃんはお姉ちゃんに欲しかったと話したところ、「私も薫ちゃんと音無さんが妹に居たら楽しかったかも」と微笑まれてしまったのでとても嬉しい。雷門中サッカー部の女子マネージャーは家族になれるね。
そしてそんな期待の新人マネージャー春奈ちゃんは情報収集力の高い凄腕で、次の対戦相手である尾刈斗中の情報を伝手で手に入れているというのだから驚きだ。即戦力過ぎる。

「秋ちゃんがフィジカル面で、春奈ちゃんが情報面のサポート…私の…役目は…?」
「薫ちゃんは総合的に得意じゃない!器用だし、サッカーも得意でしょ?」
「…得意でもね、守とプレー出来なきゃ意味ないんだよ」

自分で言うのもなんだが、サッカーの技術は確かに高い方だとは思う。実際いろんな人から中学では女子サッカー部のある中学に入ることや、女子サッカークラブに入ることを勧められた。けれど私がサッカーを始めた理由も関わる意義もすべては守で始まり守で終わる。中学で守とは一緒にコートに立てないのなら、プレーする意味はないのだ。

「それに、今はマネージャーとして頑張らなきゃ。さっそく、染岡くんの特訓に付き合ってくるね」
「お願い」

しばらくは染岡くん特訓メニューのお目付役となる私は、延々とボールを撃ち続ける染岡くんの元へ走っていく。染岡くんのそんなやる気を見て、みんなもどうか自分に出来ることを模索してみて欲しい。やれば出来ると自分を信じることが大切なんだよ。





とうとう染岡くんの必殺技が完成した。青い龍を纏わせた鋭く重いボールがネットを刺したとき、チーム中から湧き上がる歓声の声に誇らしげにしている染岡くんを見て、思わず手を上げて飛び跳ねた。興奮して何度も「すごい」を連発しながらハイタッチをかます私に、染岡くんは呆れたような顔をしながらも嬉しそうだ。
そうなんだぞ、うちの染岡くんはやれば出来る凄いストライカーなんだ。一年生も今度からは見る目を変えたまえ。染岡くんは間違いなく文句無しに雷門中のストライカーなんだから。

「染岡くん!」
「…特訓、付き合ってくれてありがとな」
「染岡くん!!!!!!!!!!!!!!」
「うるせぇ!!飛びついてくんな!!」

思わぬ感謝の声に感情が昂ってしまった。いけないいけない。代わりに守に飛びつけば、守も嬉しそうに私を抱えてぐるぐる回す。目が回った。「なんでそこで円堂に」という言葉が上がったけれど、飛びつくなと言ったのは染岡くんだし、この喜びは誰かと分かち合いたい。それに選ばれたのが私の中での不動の一番、守だっただけである。
そしてそんな喜びの最中、嬉しいことというものは一度に来るらしい。

「円堂、俺…やるよ」

豪炎寺くんが正式にサッカー部に入部してくれることになったのだ。私とは別口に豪炎寺くんの事情を知っていたらしい守とも顔を見合わせて喜びと歓迎の声を上げる。
豪炎寺くんが良く橋の上で河川敷の練習を眺めていることに気がついてはいたけれど、何かしら気持ちの変化があったのかもしれない。何にせよ、大事な友達が、…友達が!決意したことなら応援するだけだ。

「地面で強烈なシュートを放つ染岡くんと、空から強烈なシュートを放つ豪炎寺くん。すごいストライカーが二人揃えば攻撃の幅も広がるし無敵だね」

そう言えば、みんなそうだそうだと嬉しそうに騒いでいた。染岡くんはまだちょっと豪炎寺くんのことを素直に受け入れられていないみたいだけれど、彼はあれで実力ある人間はしっかり認めるタイプだから、時間さえあれば上手く行くようになるだろう。

そして再びの部の存続、そして大会の出場権を賭けた戦いは、明日へと迫っていた。





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