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最近、やはりあのシュートのせいなのか「炎のストライカー」の噂がここら辺で立つようになった。今のところは雷電くんが上手く誤魔化してくれているし、私たちもシラを切っているのだけれど、人の口に戸は立てられない。エイリア学園がそれを聞きつけて追いかけてくるのは早いだろう。
少なくともその噂は、雷門中イレブンには既に伝わってしまっているらしい。福岡を発つ直前にそれを聞かされたらしい瞳子監督に尋ねられて、私は思わず呻き声を上げてしまった。…これは、まずい。

「…ここを、出て別の場所に行った方が良いのかな」
「…」
「馬鹿言え。お前らのことはおやっさんに頼まれてんだ、そう簡単に易々と敵に拐わせてやるかよ」

雷電くんはそう言ってくれたけど、敵にここが見つかって真っ先に危険な目に遭うのはきっとちいちゃんたちだ。豪炎寺くんの妹の夕香ちゃんのように、私たちに言うことを聞かせるための人質にされるのが関の山、といったところだろう。それだけは絶対に駄目だ。

「…まだ、鬼瓦のおじさんからは、夕香ちゃんの保護の連絡が来てません。だから、キャラバンには…」
[…えぇ、分かってるわ。けれど円堂くんたちは豪炎寺くんだと信じて探すつもりよ。…くれぐれも、見つからないようにしなさい]
「はい」

どうやら私が豪炎寺くんと一緒だというのは噂にもなっていないらしい。そこは安心した。つまり私が一番に心配するべきは豪炎寺くんの身の安全だけ、ということだろう。
豪炎寺くんにも、守たちが沖縄に向かっていることを伝えると、心苦しげな顔をしていた。その手を握って、私は持ち得る言葉を使って必死に励ます。

「…今は、耐えようね、豪炎寺くん」
「…ッあぁ…悪い、お前も円堂のことが気になってるのに…」
「…私は、良いよ」

鬼瓦のおじさんからの定期的な連絡によると、夕香ちゃんの保護はあと一歩のところまで来ているらしい。しかしそれが、守たちが沖縄にいる間に間に合うのかは分からないことも。焦りが募る。もうすぐそこまで会いたかったみんなは来ているのに、戻るどころか会うことさえできないこの状況がもどかしい。
…守が苦しんでいるときでさえ、私は側に居られない。風丸くんと栗松くんの脱落のことも聞いた。他にも、吹雪くんという北海道からの新メンバーが過去のことで苦しんでいることや、友人だと思っていた人間が実は宇宙人だったことも。
そしてその全てが守を追い詰めて、一度は守からサッカーを奪いかけたことでさえ。

「守は、私が居なくたって支えてくれる人たちがいるんだもん。大丈夫だよ」

それがとても心苦しくても、前のような痛みは感じられない。いつかはきっとこうなっていた。守と離れ離れになって、側に居られなくなる日は遅かれ早かれ訪れる。それが、今だっただけの話だ。…そしてそれと同時に、証明されたのだ。守は私が側に居なくても強くあれる。その手を握って引き上げてくれる仲間が、守にはもういる。
私だけの権利だと思っていた守の隣は、もう既に不要だったのだ。…それが、寂しいことじゃないとは言わない。けれどそれでもう絶望してしまうほど、私の世界は狭くない。

「私は、私のできる戦いをするよ」

私だけにしか出来ない戦いがある。
離れることでしか守れないものがある。
それから目を背けて自分の欲のままに生きられるほど、私はもう子供じゃない。…それに、たとえ寂しくたって私はちっとも悲しくはないんだ。だって私の側に居てくれる人だっている。
雷電くんも、ちぃちゃんたちも、綱海くんも、そして豪炎寺くんも。
私は決して一人じゃないのだと、励ましてくれるから。

「だから、大丈夫」

しばらく身を隠すということで、綱海くんにもしばらく会えないことを伝えに行ったところ彼は少しだけ不満そうな顔をしながらも、私の焦燥を感じ取ったのか、神妙な顔で理解してくれた。頭を撫でられる。

「まーた顔が怖いことになってるぜ」
「…うん」
「あんま気ぃ張んじゃねーぞ。俺にはよく分かんねーけど、笑ってりゃ上手くこともあんだからよ」

そしてそんな綱海くんも実は別の離島にサーフィンしに行くらしく、しばらく会えないらしい。だから天馬くんたちもしばらくここには来られないのだとか。天馬くんたちにちゃんと挨拶できなかったことが心残りだったけれど、会えば会ったらで寂しくなってしまうしさせてしまう。それならこんな形でも良かったのかもしれないね。





しかし、自分たちから身を隠して息を潜めることを選んだのは良いものの、それは予想以上に地獄のような苦痛だった。何しろやることが無い。雷電くんに尋ねて入って良い部屋の掃除もするものの、こればっかりは要領の良さが祟ってすぐに終わらせてしまう。しかも気を利かせて協力してくれる豪炎寺くんの手助けもあるからスピードは二倍。ツインブーストじゃないんだから。

「…暇だよ…」
「…夏休みの課題は終わったのか」
「残念ながら自由研究まで終わってしまった…」

残すは絵だけ。こんな時にするなんて律儀では?と思う人も居るかもしれないが、勉強は将来のために必要なこと。そして他のみんなが宇宙人たちとの戦いの間、遊び呆けていては合わせる顔が無いじゃないか。だから私たちは普段からしっかり時間を決めて勉強だけはしていた。ちなみに私の今年の自由研究は星の観察。豪炎寺くんは朝顔観察。内容が小学生では、と思うかもしれないけどこんな時だもんね、仕方ないよ。

「雷電くんに部屋の本は読んでも良いって言われたけど、読み終わっちゃったしあとはえっちなやつしか無かった…」
「!?…よ、読んだのか…?」
「読むわけないでしょはっ倒すよ」

カバー付きの分厚い洋書があって珍しいなと思って手に取ったらね、カモフラージュされたえっちな本だったよね。思わず悲鳴を上げかけたけど、年頃の男の子だから仕方ないと言い聞かせて元あった場所に戻しておいたよ。たぶん弟くんたちに配慮してのカモフラージュだし、私がまさか洋書にまで手を出すまいという判断からの油断だろう。雷電くんの趣味が巨乳のお姉さんだったことは心に秘めておくからね。

「…そういうことでは怒らないんだな」
「怒んないよ。ちょっとびっくりはするけどうちのサッカー部だって、部室のあまりの汚さにキレた夏未ちゃんが大掃除を命じるまではときどき床に落ちてたもん」

秋ちゃんや守にバレないように半田くんの棚に突っ込んでおくまでがワンセット。どうせああいうのは二年なら半田くん、一年生なら宍戸くん辺りと相場が決まっているのだ。染岡くんはちなみに借りて読む派。…なんで私が部員のそんな事情を把握してるんだろうね…?
最近は部員が増えてきたせいもあって、落ちている本の種類が豊富になってきた。海外ものは大体一之瀬くんか土門くん。君たち中学生だよね。

「…なんかごめんね、変な話になって」
「………いや別に…」
「顔真っ赤だぞ純情ボーイ」
「うるさい」

豪炎寺くんの顔が赤くなったり青くなったり。信号機みたい、って言ったら怒られそうなのでお口はチャック。豪炎寺くんもそういう本を読んだりするのだろうか。でもそんなことを聞いたらとんでもないセクハラなので聞いたりはしない。マナーは大事。
ちなみに守は私がときどき部屋の掃除をするのでそういう本を持っていないのは把握済みだ。それよりもサッカー雑誌を欲しがるので健全そのもの。眩しいよ守。

「…なんの話してたっけ」
「暇だっていう話だろ」
「そうだった…暇…」

負のエンドレスループ。悲しいかな、こんな話をしても過ぎた時間はわずか十分足らず。本日雷電くんは用事があるとのことで外出中だし、ちびっ子たちは揃って遊びに出かけている。ちぃちゃんたちを構うことさえ出来ない。豪炎寺くんもすごく暇そうだけど、私ほどに参ってはいないらしく、先程から縁側の外の風景を眺めている。ちょっと眠そうだ。

「…スイカでも切ってこようかな」
「…ん、あぁ…」

今日のおやつとして雷電くんが取っておいてくれたものだけど、だんだん暑くなってきたし涼むのにはちょうどいいかもしれない。ぼんやりしている豪炎寺くんを置いて、私は台所に向かう。冷蔵庫の野菜室に入っていた小ぶりのスイカを取り出し、六分の一サイズとさらにその半分のサイズを二切れだけカットする。しかし、スイカをお皿に乗せて部屋に戻ったところ、豪炎寺くんは限界だったのか寝こけてしまっていた。

「…畳だと寝にくいのに」

お盆を日陰のところに置いておき、部屋の隅に落ちていた団扇を手にすると畳に転がる豪炎寺くんの頭を膝に乗せる。いわゆる膝枕の状態だが、守がときどきソファの上で寝落ちしてしまうのでこういうのは慣れたものだ。暑そうに眉を顰めている豪炎寺くんを団扇であおいでやれば、涼しかったのか眉間のシワが僅かに緩んだ。あおぐのを止めればまたシワが寄る。見てて面白い。

「……これはどういう状況だ?」
「あ、お帰り雷電くん。現在私は寝落ちてしまったうちのエースストライカーの快眠を守るという大事なお仕事中」
「豪炎寺が起きたときが見ものだな!」

帰ってきてそう愉快そうに笑い飛ばした雷電くんの言う通り、豪炎寺くんは寝起き早々に目を見開いたかと思えば、焦って膝から滑り落ちて後頭部を強かに打ち付けていた。痛そうだね、そんなに焦らなくとも。





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