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豪炎寺くんのパチモンが登場したことに混乱しつつ、今はそれよりも一刻も早くここから離れて豪炎寺くんと合流しなければ、と焦って走り回るものの可笑しいな。行く先々に雷門中が居るぞ。しかも広いグラウンドに集まっているみんなの真ん中には、あのパチモンストライカーもいる。本当に誰だよ君は。
木陰でこそこそしながら窺ったところ、みんなは何か試合をしたらしく、南雲晴矢と名乗った少年を囲んでいたが、そこでふと別方向からその空気を壊す声が水を差した。

「エイリア学園だよ」

…思わず、息を飲んだ。それを告げたのは、遥か上の高みにある塔の上からみんなを見下ろすようにしている赤い髪の少年。彼が告げたのが事実なら、あの少年はエイリア学園。そしてそれを知っているあの少年も…。

「ヒロト!」
「待て円堂!」

…やっぱり、あれが守を裏切った宇宙人。飄々として立っている彼を見て思わず歯噛みしてしまう。みんなからの厳しい視線が集まり出したパチモンストライカーは、途端に本性を表して舌打ちをした。

「あーあー…ったく、邪魔すんなよグラン」
「雷門イレブンに入り込んで、何をするつもりだったんだ?」
「俺はグランのお気に入りがどんな奴か、見に来ただけよ」

仲悪いのかい君たち。仲間なのではないのか。途端に険悪な雰囲気で会話しだす彼らを、雷門中のみんなも警戒しながら戸惑ったように見守っている。
騙されちゃ駄目だよ円堂くん、と宇宙人のグランとやらは言うが先に騙したのは君の方だったのでは?そこら辺この戦いに勝ったら膝を詰めてお話ししたいところだけどどうでしょう。守がサッカー出来なくなるって相当なんだからなオイ。
しかしそんな憤りも、バーンと名乗り直したパチモンストライカーの言葉に途端に冷めることになった。強い奴は仲間にしても良い、と口にしたグランに向けて、バーンは面白そうに口を開く。

「教えてやろうか、豪炎寺って野郎も薫って女もなぁ」
「お喋りが過ぎるぞ…!」

本当にお喋りが過ぎるぞ。みんながみんな、目を見開いて驚愕する中、思わずあのスカした顔面にお見舞いしてやりたい衝動を抑え込んで歯噛みする。…バレてしまった。私が、豪炎寺くんがキャラバンから離れて姿を眩ませた理由が。
青褪めながらよろりと後ろへ下がる私の肩を、誰かが支えるように触れる。…それは、今朝からずっと姿の見えなかった豪炎寺くんだった。

「…ここに居たのか」
「…豪炎寺くん」
「酷い顔色だぞ」

豪炎寺くんはどうやらこの一連の流れを初めから見ていたらしい。私の顔色が真っ青な理由も分かっているのだろう。守たちと私を見比べて少しだけ痛ましげな顔をした豪炎寺くんに手を引かれて、私たちはその場を後にする。けれどずっと歩きながら思うのは、みんなの驚愕に歪んだ顔だ。
…悲しい。嫌だ。そんなのってあんまりじゃないか。守は絶対に、私たちのことを気にする。みんなも優しいから、すぐに私たちが姿を眩ませた理由を察するに違いない。

「…なんでかなぁ」

いつだって上手く回って欲しい歯車は、肝心の時にだけポンコツに成り果ててしまうらしかった。





「…奴ら、豪炎寺と薫のことを知っていたな…。…仲間に、と言っていた。エイリア学園の中には人間も居るということなのかもしれん」
「豪炎寺がチームを外れたのは、その為かな」
「敵から接触されたことで、俺たちに迷惑がかかると考えたのかもな」

その日の夜、横に並び海を眺めながらキャラバンの屋根の上でそう語る鬼道に、円堂はどこか悲しげに俯く。
豪炎寺のこともそうだがそれと同じくらい、いやそれ以上に円堂が悔やむのは、今もなおその噂の片鱗さえ掴めない片割れのこと。

「…薫も、そうだったのかな」
「…少なくとも炎のストライカーの噂がバーンだった以上、綱海の会ったという薫のことも、敵の罠かもしれん」
「…俺は、炎のストライカーが豪炎寺なことも、綱海の言ってた女の子が薫だってこともまだ信じてる。…薫は、捕まってなんて無いよな」
「………分からん」

もしも、あの子が敵の手にかかり、エイリア学園の手先として良いように使われているとするならば。それはきっと、どんなことよりも苦しくて悲しくて憤りたくなるに違いない。あの時半田たちが言っていた事件というのも、豪炎寺と同じく敵が接触した結果の騒ぎだったのだろう。怪我した箇所が足だった以上、雷門中に迷惑をかけると踏んで行方をくらませたに違いない。

「…俺、兄ちゃんなのにさ。薫のこと、肝心なところで助けてやれない」
「…俺も同じだ円堂。あいつの友人を名乗っていながら、このザマだ」

風丸が、栗松が離脱して。吹雪の苦しみに気がつけなかった自分が不甲斐なくて。友人になれると思っていたヒロトの正体に愕然として。ボールに触れる資格さえ無いと苦しんだあの時、いつもは叱咤してくれる声が無いことが堪らなく悲しかった。
「立ち止まるな」と叱って欲しかった。「一緒に頑張ろう」と手を差し伸べて欲しかった。いつもいつも、そんな声をかけてもらえることに救われていたことを、今更ながら実感してしまう。

「…会いたいなぁ…」
「…俺もだ」

豪炎寺に会いたい。薫に会いたい。
そして会えたら今度こそ、自分たちだけで背負い込もうとするその重荷を一緒に背負っていきたい。
兄だから、友人だから、双子だから、親友だから、好きだから。
いろんな理由がある。けれど、どの理由だって本心から出てきたものだから。

夜は更けていく。それぞれの思惑を孕んで、それでも変わらないいつもの明日は、訪れようとしていた。





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