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次の日、いつのまにか布団の中で寝ていた私は昨日よりも随分気分が楽になっていた。やっぱり定期的に吐き出せるものは吐き出さないと駄目だね、人間だから。そしてどうやらそんな寝落ちた私を運んでくれたのは、雷電くん曰く豪炎寺くんらしいのでお礼を言ったところ黙って頭を撫でられてしまった。子供じゃないぞ、嬉しいけど。

「大根、人参、長ネギ」
「籠に詰められるだけ詰めてやったぜ!」
「なんかごめんね、こんなに差し入れを…」
「良いんだよ、ここまで戦ってくれたのはあいつらなんだろ?こんぐらい安いもんだ」

そのままカゴを背負って自転車をぶっ飛ばして行った雷電くんを見送り、朝の支度を終えた豪炎寺くんと一緒に朝ごはんを食べる。この前雷電くんに作り方を教わって作り置きしておいた漬け物、豪炎寺くんも気に入ってるようで箸を伸ばす頻度は極めて高いから嬉しいよね。

「今日はどうする?」
「…円堂たちを」
「うん」
「あいつらの様子を、見に行きたい」

喜んで賛成した。そうだよね、たとえ直接は会えなくともこうしてここまでやって来てくれたみんなを見守りたい。何もできないからこそ、今出来ることを精一杯やりたい。そんな思いで、昨日守たちが試合をしていた場所へ向かっていると、崖の下の方でキャラバンが通ったのが分かった。移動してる…?

「もしかして、大海原中に向かってるのかな」
「…大海原中?」
「うん、最近知り合いの子が居るんだけどね、その人の通ってる中学なんだ。たしか、こっち方面だったはず…」

とりあえず向かってみると、キャラバンはリゾート地のような施設の前の浜辺に止まっていた。ちょうどみんなが綱海くんに連れられて中に入っていくのが見える。…綱海くん、もしかしなくてもあれ、サッカー部のユニフォームなのでは?

「どうした」
「…つ、綱海くんがサッカー部員になってる…?」
「綱海って誰だ」
「あのピンクの男の子…たぶん、私が沖縄に居ることが雷門中にバレちゃった原因です…」

豪炎寺くんが呆れたようなため息をついた。大方爪が甘いと言いたいのだろう。おっしゃる通りでしかありません。完全な私の油断でございました。なるほど、多分雷門中のみんなに誘われてサッカーをしてみたパターンだな?それで、それが案外楽しかったものだからノリ良くやってみよう、と思い至ったのかもしれない。綱海くんのことだから。

「お前がときどき散歩だと言って一人で出て行ってた理由はまさか…」
「綱海くんとお喋りしに行ってました」
「…」
「ほっへはいはいれす」

みょんみょんと伸ばされてしまった頬。意外と痛いんだぞそれ。私の抗議に対して深いため息とともに解放してくれた豪炎寺くんは、今度はむにむにと柔く私の頬を揉みながらジト目で見つめてくる。視線が痛い痛い痛い。

「誰が敵かも分からないのに…お前は呑気だな」
「まぁ…あんなことがあれば敵だとは思わないよね…」
「あんなこと?」
「あっ!あんなところにヤドカリが!!」

危ない。あんなこととは告白云々の話です。ややこしくなりそうなので言わない。私と綱海くんの問題なので。
あからさまに話題を逸らした私に豪炎寺くんは少し不満げだったけれどさすがは優しい豪炎寺くん、誤魔化されてくれることにしたらしい。





大海原中には残念ながら入れなかったけれど、何やらバーベキューが始まったらしいみんなの様子を覗いてみることにした。豪炎寺くんも初めて見る顔がチラホラ。あの女の子たちが、瞳子監督の言っていた総理大臣の娘と大阪のギャルっ娘だろうか。片方は一之瀬くんにお熱だと聞いていたけどなるほど。見ただけでとても分かりやすい。

「…見慣れないメンバーばっかりだけど、みんな楽しそうで良かったね」
「…あぁ、そうだな」

「辛ァ〜〜〜ッッッ!!!」
「ウッシッシ!」
「こら木暮くん!!!!!」

「…ゆ、愉快そうなメンバーも居るし」
「あ、あぁ…」

春奈ちゃんが見ない間にお姉さんになっていて私は嬉しいよ。でもあの悪戯はえげつないね。もしもキャラバンに戻れたら気をつけないといけないかもしれないな。豪炎寺くんもそこら辺は覚悟したらしく、神妙な顔で頷いていた。
…それにしても、豪炎寺くんがああいう悪戯に引っかかるところなんて想像出来ないな。そんなことをふと思いつき、ほんの出来心で肩を叩く。

「豪炎寺くん」
「なん」

ふにっ

「…」
「やーい引っかかった」

振り返った瞬間に豪炎寺くんの頬に指を立てれば、見事指は頬に刺さっていた。滅多に見られない豪炎寺くんの間抜けた顔だ。ちょっと心が躍るね。そんなんだと、あの木暮くんなる後輩の悪戯に引っかかるぞ。警戒心が足りないなぁ。

「仲間に警戒心持つわけないだろ」
「たしかに」

そしてやっぱり仕返しにひたすら頬を伸ばされた。最近よくそうやって頬を触るようになったけど、そんなに私の頬は気持ちが良いかい豪炎寺くんや。
しばらくしてから堪能したらしい豪炎寺くんが満足げに頷いて離してくれたけど、こんなんじゃいつか頬が伸びて戻らなくなっちゃうよ。

「…そろそろ練習に戻るみたいだね」
「円堂は違うみたいだな」

しばらくしてバーベキューの後片付けに入るみんなをよそに、綱海くんと守だけは別行動するらしい。やがて戻ってきた二人は、海パンにサーフボードを持っていた。…海パンにサーフボード??

「サーファーに…転向…!?」
「落ち着け」

サーファー守というワードが頭から離れない。キーパーを辞めてしまうというの守。そしてサーファーは綱海くんからの影響?
しかしどこまでも冷静な豪炎寺くんからの「必殺技の特訓だろ」という言葉に正気に戻った。たしかにそうだね…良かった、守がサーファーになった時の心構えをしそうになってしまった。お母さんは多分ぶっ倒れる。





しばらく守の特訓を眺めてから、私たちは帰ることにした。他愛の無い話をしながらだったのだけれど、ふとどこかねっとりとした悍しい視線を感じて反射的に豪炎寺くんの手を掴む。豪炎寺くんも同じく嫌な視線は感じていたらしく、慌てた様子は無かった。

「どこだ」
「右斜め後ろ、距離は二十」
「ここら辺の地理はお前が詳しい。お前に任せた」
「うん」

互いに何でもないような顔で小さく打ち合わせを終えて、三つ数えてから勢いよく走り出す。後ろの奴らもまさか気づかれていたとは思っていなかったらしく、慌てた様子で追いかけてくるが、やはり地理には不慣れなのか追いかけるどころかこの森を抜けることでさえ困難のようだった。
その点、私はここら辺をずっと行ったり来たりしているのだからそこは私に軍配が上がる。

「追手に見つかっちゃった…!」
「…遅かれ早かれ来るとは思っていた。だがこのタイミングとはな…!!」

少し高い段差を先に飛び上がってよじ登った豪炎寺くんの手を借りて、私も一緒によじ登る。追手はさすがにこれをよじ登るだけの運動神経は無いのか、悔しそうに歯噛みしながら私たちを見送っていた。…あいつらには見覚えがある。あの病室に来ていた気持ちの悪い三人だ。

「俺のときもあいつらだった」
「やっぱり…!」

何とか撒けたようだけど、念のためいつもとは違う裏道を使って、裏口の方から家に戻る。今日はそれ以上家から出るつもりは無かった。豪炎寺くんも私の部屋の方に引っ張って、外からは覗いても姿が見えない場所へ。
いきなり閉じ籠り始めた私たちに雷電くんは不思議そうな顔をしていたけれど、訳を話せば途端に険しい顔になって鬼瓦のおじさんに電話をしていた。

「あと少しで豪炎寺の妹の保護が出来るらしい。あと、奴らもここまで追い詰められてきて焦ってるみたいだとよ」
「…猶予はもう無いってことだね」

多分、ここが見つかるのもそう遠くはない未来の話だ。覚悟しなきゃいけない。…それでも。


「絶対に負けるもんか」


殴ってでも蹴ってでも。たとえ噛みついてでだって、あいつらの思い通りになんてなってやるものか。





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