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エイリア学園からの追手が沖縄にまで来ていると分かったところで、私たちの逃げ場はもう無い。奴らはきっとすでに飛行機も船も押さえてしまっているのだろう。この土地で捕まるまで、この追いかけっこは終わらない。
だからこそ、私たちは少しでも隠れ忍ぶために家の部屋に閉じこもっていたわけですが。

「どういうことなの」
「知るか」

豪炎寺くんでさえ吐き捨てる始末。本当にどういうことなの雷電くん。
そもそもそれはピンポンパンポンと鳴り響いた町内放送が始まり。いつもはゆったりとした町内連絡が続くのだが、時間帯が早過ぎる上になぜか聞こえて来る声がどう聞いても雷電くん。しかもそれに加えての放送内容がとんでも無さ過ぎた。

[みんなよく聞け!雷門中対エイリア学園のサッカーの試合がもうすぐ始まるぜ!
今すぐ大海原中のグラウンドへ急げ!見なきゃ損損!!]

どうしたんだ雷電くん。そしてその放送が本当なら、守たちは今からエイリア学園との試合をすることになる。思わず豪炎寺くんと顔を合わせていれば、そこへ先ほど町内放送をかけていたご本人が登場した。よほど急いで走ってきたのか、息が荒れている。

「よし、行くぞお前ら!!」
「えっ」
「雷門中のことが気になるんだろ?なら、その目で確かめねぇとな!」
「でも、追手が」
「そのためのさっきの宣伝だ。人を隠すにゃ人の中。そんで奴さんも大勢の人間の前で下手な真似はできねぇだろうよ」

…なるほど、雷電くんはその為にあんな放送をかけてくれたのか。私たちが、心置きなく雷門中を応援できるように。
豪炎寺くんはまだ迷っているようだったけれど、私の心はもう決まっていた。そこまでお膳立てをされて無下になんて出来る訳が無い。

「行こう、豪炎寺くん」
「…見つかるかもしれないんだぞ」
「どうせ時間の問題でしょ?…それに、見に行かなきゃきっと後悔するよ。豪炎寺くんも…私も」

その言葉を聞いて豪炎寺くんは少しだけ考え込んだかと思うと、やがて納得したように頷く。…お互いに覚悟は決まった。たとえ見つかってしまったとしても、私は今ここで、守たちを見守っていたい。
そうすることで、一緒に戦えているんだと信じたいから。





「おぉー!集まってる集まってる!!」
「凄い人の数…」

そうして雷電くんの作戦もとい目論みは見事に成功しているようだった。グラウンドの客席には、溢れんばかりの地元民たちが集まっている。防犯のために連れてきたちぃちゃんたちとも手を繋ぎながらの観戦。私と豪炎寺くんは帽子付きのパーカーを着ていて暑いが、ギリギリまでバレなきゃそれで良い。
グラウンドにはすでに選手たちが待機していて、誰もがやる気満々な表情で試合開始を今か今かと待ち構えていた。早く席に座ろうと豪炎寺くんのことを急かそうとしたところ、しかし何故か彼は踵を返してしまう。

「豪炎寺くん…?」
「待て、これだけ居れば気づかれる訳が無い。それにお前も、興味があるんじゃないか?…見るだけなら、迷惑もかからないだろ」
「そうだよ豪炎寺くん。守たちは、絶対に勝つ。勝つに決まってる。…それを信じて、頑張って来たんだよ、私たち」

直接じゃなくても良い。影からでも構わない。私たちが雷門中サッカー部に名を連ねる限り、守たちの勝利が私たちの勝利だから。
過酷な試合を信じて見守ることだってね、想像以上に辛くて大変なことなんだって、豪炎寺くん知ってた?

「頑張ろう、豪炎寺くん。ここが正念場だから」
「…あぁ、そうだな」

ちぃちゃんたちが陣取って居たのは、グラウンドからも目立ち難い上に辺りが見渡しやすい一番上の列の端っこ。よくやった!と褒めながら撫でくりまわしている雷電くんと豪炎寺くんの間に私は腰を下ろした。…とうとう始まる。
敵は確かに私があのとき戦った緑のツンツン頭では無くなっていて、代わりにひょろりとした男を筆頭としたチームになっていた。…あれがイプシロン。

そして試合が始まった。イプシロンからの攻撃なのだが、雷門中はあっという間に抜き去られ、数々の必殺技までをも用いて一気にゴール前まで攻め上がる。…雷門中が弱い訳じゃない。むしろ、世宇子中戦のときよりも格段に動きはレベルアップしていて、みんながどれほどの練習と努力を重ねて来たかがよく分かった。
イプシロンの攻撃技。三人同時に放つ、強烈なシュート。ガイアブレイクという名の破壊的なシュートは、しかし今まで見たことのない守の体勢からのキーパー技に弾き返されてしまった。

「…正義の鉄拳…!」

昨日の守と綱海くんの特訓風景を思い出す。何やら頑張っているとは思っていたけれど、きっとあれはこの為の特訓だった。いつもよりも腰を落とせるようになったことで力が溜めやすくなっている。…ということは、同時に他のキーパー技も相当底力を上げられているはずだ。
そしてそれを受けて、他のみんなのディフェンスにも力が入る。ドリブルをカットしたりパスを防いだりとの大活躍だ。…しかし。

「ワームホール」

浦部リカちゃんのシュートが簡単に止められてしまう。…あれは相当に強いキーパーだ。今のキーパー技もきっと、実力の半分程度しか出してない。現に余裕な顔をしているキーパーはなぜか吹雪士郎くんを指名し、あまつさえボールを彼へ向かって蹴る。…そんなあからさまな挑発に乗る訳がない。彼は今ディフェンスだ。ここでその誘いに乗れば、チームの連携がバラバラになることくらい…。

「嘘ッ!?」
「…!」

先ほどまでの穏やかそうな様子を一変させた吹雪士郎くんが猛然とピッチを駆け上がっていく。どういうことなの、あれじゃまるでフォワードの動きだ。豪炎寺くんもその動きは予想外だったのか、驚いたような様子だった。そしてそれは、雷門中のみんなも同じだったのか誰もが驚いた顔をしている。

「…そういえば、瞳子監督が言ってた…」
「…何をだ」
「吹雪士郎くんは、多重人格なんだって」

いつ戻って来られても良いように、私はなるべく新入りのことを瞳子監督から聞いていた。…幼い頃、両親と双子の弟を雪崩の事故で亡くした少年。それは、吹雪士郎くんの心にもう一つの人格…弟のアツヤくんを生み出す結果になってしまったこと。
一度は心が折れかけてしまったと聞いた。しかし、持ち直して復活したということも。
けれどあれは、聞いていた以上に酷いことになっている。むしろ悪化しているんじゃないんだろうか。

「駄目だ、彼を下げなきゃ」
「落ち着け薫…!」
「だってあのままじゃ壊れちゃう!」

何かを振り切るように走っている彼が、何のためにサッカーをしているかなんて私には分からない。けれどこれだけは分かる。
彼が今ここで下手を打てば、元ある人格を壊されてしまうほどに傷つくということ。

…そして、そんな予想は皮肉なまでに当たってしまう。

ガムシャラに、そしてどこか狂気的なまでにゴールを狙い続けた彼の四本目のシュート。もはや必殺技すら出さずに片手で止めてみせたキーパーは、冷たく言い放つ。

「お前はもう必要無い」

…そんな言葉を聞いて、今の彼が耐えられるはずがなかった。ショックを受けたような彼の目は焦点が定まらないまま、胸の痛くなるような慟哭がグラウンドに響き渡る。

「僕は…俺はッ…何なんだァァァァァ!!」

そのとき私は確かに、彼の心にヒビが入る音を聞いたような気がした。





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