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吹雪士郎くんは当然ながら交代。もはや茫然自失としている彼を見て、何もできない自分を歯痒く思った。
しかしそれでも試合が止まってくれるわけではない。雷門中は攻撃の中心を失った。むしろマイナスからのリスタートと言っても過言じゃ無い。あそこには豪炎寺くんはもちろんのこと、染岡くんでさえ居ないのだ。浦部リカちゃんや目金くんが頑張ってくれているものの、やはり絶対的なストライカーが居ないのはキツすぎた。
「加えて防戦一方。…このままだと、後半が始まる前に体力が尽きちゃう」
「…厳しいな」
ミスも目立って来た。今のところは守が正義の鉄拳でなんとか弾き返してくれているものの、これじゃ危うすぎる。…それに、守は気がついているのだろうか。だんだんと調子づくごとに勢いの増していくイプシロンのシュートが、正義の鉄拳を押し始めていることに。
そしてようやくボールを繋ぐことのできた雷門中がゴール目掛けてシュートを放つ。…しかしそれをやはり相手キーパーは軽々と必殺技で止めた。そして吹雪士郎くんに対してと同じように、鬼道くんの目の前へボールを投げる。
「…あの相手キーパーにとって雷門中は、自分の実力を試すための駒だよ」
「あぁ…」
「馬鹿にしてる。これなら一方的に蹂躙して来たジェミニストームの方がまだマシだった…!!」
決められるものなら決めてみろ、と。まるでそう言いたげにシュートチャンスを与えてくる相手キーパーにただ怒りが湧く。お前はサッカーを何だと思っている。必死にサッカーと向き合う人間を何だと思っている。
サッカーはお前のオモチャじゃない。それも分からないくせしてお前がゴール前に立つな。
「馬鹿、爪を立てるな」
「…ごめん」
思わず握り締めていた手を豪炎寺くんが抑える。代わりにというように捻じ込まれた手を握って、遠慮なく力を込めた。…ごめん、加減が出来ないかもしれないけれど。
「気にするな。…お前の気持ちは痛いほどに分かる」
「…ありがとう」
キーパーは飽きるほどに止めたシュートにもう興味が失せたのか、今度は吹雪士郎くんの代わりと言わんばかりに守を指名してきた。少しだけ不安が過ぎるけれど…守なら大丈夫だと信じるしかない。
フォワードに上がってきたキーパー…いや、デザームは、試合が再開されるや否や真っ直ぐに守の居るゴール目掛けて攻撃を開始する。…そして。
「グングニル!」
雷門中のディフェンスを尽く跳ね飛ばして必殺シュートを放ったデザームのボール。今までに見たことがないほどに強力なそれは、守の繰り出した正義の鉄拳をいとも簡単に砕いてしまった。
*
このままじゃ不味い。正義の鉄拳は破られてしまった。勝つためにはシュートを決めるチャンスでも何でも切り開かない限り、雷門中の勝利は絶望的。そして、もしもあれ以上点を取られるようなことがあればそこで雷門中の敗北は確定してしまうだろう。それだけは避けたいシナリオだった。
「お前ならどうする」
「…鬼道くんたちがこの後デザームの後釜キーパーがデザームよりも下だと希望を持って攻めたいことは予想できる。でもその前にボールを奪われて、シュートに持ち込まれる可能性の方が、もっと高い」
だからこそ、私はここで豪炎寺くんを投入したい。圧倒的火力を誇る雷門中のエースストライカー。チームからの信頼も厚い彼なら、この下り調子のテンションも盛り上げてくれるはず。…でもそれはどうやったって無理なことだから。
「あのデザームを止める手立てが無きゃ、雷門中に勝ち目は無い」
でも、無くても探さなきゃいけない。絶望の中でも這い上がって、勝たなきゃ私たちに次は無いのだから。
そして後半が始まった。正義の鉄拳を破って満足したらしいデザームは、今度は雷門中を潰す方向で攻めてくるらしい。そして私の嫌な予想は当たって、浦部リカちゃんの持っていたボールはいとも簡単にデザームに奪われた。
そして、デザームのグングニル。しかしそれは、ディフェンスの壁山くんと財前塔子ちゃんの必殺技で勢いを殺し、それでもなお弾かれた守をカバーして綱海くんが身体を張って弾き返してくれた。
続いた二本目のグングニルも、弾き飛ばせながった守をカバーして、四人が背後へ回って身体で壁になる。
「…頑張れ」
手を握り締める。豪炎寺くんの手も強張っていた。彼こそきっと悔しいに違いない。万全の状態のくせに、あの中に飛び込んでみんなを助けてやれないことこそ悔しいと、私も今身を持って知っているから。
しかしふとそこで、雷電くんの電話に連絡が入った。受け答えをした雷電くんが、豪炎寺くんに電話を渡す。…そして。
「…夕香が保護された」
「!それじゃあ…!」
「あぁ…よし、こっちもいよいよゲーム開始だ」
豪炎寺くんの視線の向く先、そこにはあのエイリア学園の手先がこちらの様子を窺っていた。…覚悟しろ、もう私も豪炎寺くんも、怖いものは何も無い。
豪炎寺くんは夕香ちゃんという人質を、私は私の怪我というハンデを。それぞれ持っていた弱味は、もう存在しないも同然。
「…帰るんだよ、豪炎寺くん」
「あぁ」
念のため、ここで待機させておくちぃちゃんたちの頭を撫でて抱き締める。ぎゅっと抱きしめ返してくれたちぃちゃんは、私と豪炎寺くんを真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「頑張ってね、お姉ちゃん、修也お兄ちゃん」
「うん、ありがとう」
「勿論だ」
客席を降りて、グラウンドの外に出る。私たちの動きに気づいて慌てて追いかけ始めた奴らを見ながら、私たち三人はお互いに頷きあった。
…行こう。とうとう私たち自身の決着が始まるんだから。