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豪炎寺くんが聞かされた鬼瓦のおじさんからの作戦曰く、人気の無いところに罠を張ったので、まずはあの誘拐犯もどき共をそこまで誘導して欲しいらしい。それを聞いて私たちは、背後の奴らがこちらを尾けてきていることを確認しながら歩く。

「…狙いは私と豪炎寺くん。きっと雷電くんが無視される可能性は高い。だから私と豪炎寺くんで右、雷電くんは左に走って」
「…気を付けろよ」
「あぁ」

三、二、一の合図で私たちは駆け出す。やはりあいつらの目的はどこまでも私たちの誘拐なのか、雷電くんは放って私たちの方を優先的に追いかけ始めた。けれど、あいつらが私たち二人に追いつけるほどの運動神経があるわけではないことは昨日の追いかけっこで証明済みだ。予定されていたポイントまで誘導すると、一緒に木陰に飛び込んで息を殺す。…あいつらが来た。作戦が上手くいくのなら…!

「久しぶりだね」

かかった!あいつらも余程焦っているのだろう。普通に落ち着いて見れば分かるものを、服の色とデザインだけで同一人物だと判断してろくに顔を確認しようともしない。…きっとあいつらの目の前には、私と豪炎寺くんが腕を組んで立ち尽くしているように見えるのだろう。…でも。

「と言っても君たちも私たちが見張っていたのを知っていたのだろうから、そんな挨拶も必要無いかな?事情が変わってね、君たちの意志には関わらず、我々に協力してもらうことにしたよ。…一緒に来てもらおうか」

木陰が覗き見れば、まんまと騙されている奴らが偽豪炎寺くんの肩に手を置き、偽の私の腕を掴んだ。それを見て、豪炎寺くんと二人でほくそ笑む。油断大敵。こんな人気の無いところに私たちを追い詰めた気でいたのだろう。だから気がつかない。

「誰だお前たちは…!?」
「___現行犯だ」

…そう、豪炎寺くんに扮していたのは鬼瓦のおじさん。そして私に扮していたのは、おじさんと同じくらいの身長である男の刑事さん。正直言って骨格だの体格だの全然違うのに間違えやがったこいつらに苛立ちだの殺意だのが湧かないわけではないが、今だけはスルーしようと思う。そう、あとは法廷でお話しようね…!!
たじろぐ奴らの周りを、潜んでいた刑事さんたちが取り囲む。それを見て、私たちも姿を現した。奴らの顔が憎々しげに歪むのを見てわずかに溜飲が下がる。

「諦めろ、逃げられやせん」
「くそッ…!妹がどうなっても良いのか!?」

こちらを見て豪炎寺くんに向けてそんな脅し文句を吐いてくる奴らに、私は思い切り舌を出してやる。確認もしないで突貫するから追い詰められるんだよ馬鹿め。私たちがここまで身を隠してきたのは、全てこのときにお前たちを追い詰めるためだったんだから。

「彼女は我々が安全なところに移した」
「作戦失敗というわけか。一先ずは手を引くことにしよう…豪炎寺修也からはな!!」
「薫ッ!!」

怪しい光が出始めたかと思えば、真ん中の男が私に向かって手を伸ばす。豪炎寺くんが焦ったように私の名前を呼ぶけれど…心配しないで、豪炎寺くん。
私は奴の腕を潜り抜け懐に潜る。そして、俊足でバネはピカイチだと自慢の右足に力を込めて。

「どうもこの通り足は元気になりましたッッッ!!」
「ぎゃあ!?」

股間へ向けてフルスイング。必殺技に込めるなみの殺意と力を込めてかちあげてやった。痛みのあまりに崩れ落ちそうになるそいつを仲間が慌てて引っ張り、やがて光の中に消えた。スッキリした私が満足げな息を吐いていれば、引きつった顔の雷電くんと顔を青くした豪炎寺くんが寄ってきてくれる。刑事さんたちもみんなどこか顔色が青い。みんなにはしないよ。

「よ、容赦ねぇなお前…」
「犯罪者に容赦は要らないんだよ」
「そ、その通りだが…」

堂々と胸を張る私に鬼瓦のおじさんは苦笑いをして、しかし気を取り直したように私たちへ向けて口を開いた。

「ここまで、よく頑張ったな。これで、公に奴らを追うことができる」

…夕香ちゃんという人質を取られていたおかげで、今まで警察は自由に動けなかった。せいぜい私たち雷門中イレブンの家族の警護についたりする、それくらい。でもそれだけでも十分ありがたい仕事だった。おかげで私たちはこうして心置きなく戦えていたんだから。

「良かったなぁ、これでもうお前を縛るものは何も無い。
行け!お前らを待っている仲間の元へ!」
「…ありがとう!雷電くん!!」

豪炎寺くんと一緒に駆け出す。もう私たちを邪魔するやつも、しがらみも何も無い。いっぱい苦しい思いをした。不甲斐ない思いだってした。でもこれからは守たちと、雷門中のみんなと一緒に戦える!
グラウンドの入り口に辿り着いた。入って行こうとする豪炎寺くんを一旦引き留めて、私は最後の抱擁を交わす。…この先は、豪炎寺くんに全部任せる。豪炎寺くんに私の悔しさも何もかもを託す。

「お願い、豪炎寺くん」
「…あぁ、任せろ!」

グラウンドの中へ歩んでいく豪炎寺くん。中で起こっていたのは、観衆の騒めきによれば守が再び正義の鉄拳でグングニルを止めたという衝撃の事実。…また、レベルアップしたんだね、守。
じゃあもう大丈夫だよ。今からそっちに豪炎寺くんが行くから。
雷門中のエースストライカー。みんなの絶対的な信頼を集める凄腕の選手。私が願いを託した人。それが、豪炎寺修也だから。

「…見ておくと良いよ。パワーアップした豪炎寺くんは、一味違うんだから」

雷電くんも交えた三人での特訓。その中で威力が桁違いに上がったファイアトルネードを豪炎寺くんが叩き込み、雷門中は同点に追いついた。
そして、そんな豪炎寺くんの強さに楽しげに顔を歪めたデザームは再びキーパーへ。…止めるつもりなんだね、でも、無理だよ。

「豪炎寺くんの必殺技は、誰にも負けない」

必死で編み出した、豪炎寺くんの新必殺シュート。炎の魔神を背負って撃ち放つ、熱い強烈なそのシュートの名前は。


「爆熱ストーム!!」


…その技はデザームの持ち得る最強のキーパー技を打ち砕き、雷門中の勝利の追加点を決めた。そしてそれと同時に鳴ったのは、試合終了のホイッスル。…雷門中の勝利だった。
みんなが喜び豪炎寺くんを囲んで騒ぐ中、私は安堵の息を吐く。…そして、一つだけ思う。そう、一つだけ。今の私が悩んでいることがある。…それは。

「…私、これどんなタイミングで帰って行けば良いんだろ」

完全にチームへ帰還するタイミングを失ってしまったのだが、さて今から私はいったいどうしたものか。





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