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情け無くもみんなの元に駆け寄るタイミングを失っているうちに、イプシロンが消えたりダイヤモンドダストなる新しいチームの存在が出てきたりなど、あっちはなかなかすごい展開になってしまっていた。
そしてとうとう鬼瓦のおじさんや雷電くんまで出てきてのこれまでの説明状態に、もう私は完全に出られない。絶対に今の一瞬だった…みんなの前に出るとすれば。
そしてみんなに豪炎寺くんの事情を話し終えたところで、守がふと三人に真面目な顔で尋ねる。

「なぁ豪炎寺。…薫が今、どこにいるか知らないか?」
「薫は…」

そういえば、というようにみんなが騒ついているのが分かる。今?出るなら今?でもどんな顔で出れば良いかが分からないんですよ。遅い!って言われそうでなかなか一歩踏み出す勇気がね、無いというかね。
思わず蹲み込んでウジウジしていると、上から呆れたようなため息。軽い悲鳴を上げて見上げれば、そこには豪炎寺くんの顔。む、迎えにきちゃった…。

「そこで何してるんだ…」
「えっ、ちょっと、豪炎寺くん、待とう、ちょっと待とう」
「待たない」
「こころのじゅんびが」
「しろ」
「ねえぇぇぇ…」

無茶をおっしゃる。そしてそのまま豪炎寺くんは本当に私の手を引きながら、半ば引き摺るようにしてみんなの前へ。ほら見てみろ、みんなポカンとしながら私たちを見ているじゃないか。そして出てきたは良いものの、本当に今さらどの面下げてみんなの前に出れば良いかも分からず、そっと豪炎寺くんの後ろから顔を出すと途端にバッチリ目の合った守の顔が満面の笑顔になるのが見えた。そのまま飛びつかれる。

「ま、もる」
「薫!!」
「…ただいま、守、みんな」
「お帰り!!」

鬼道くんや一之瀬くん、土門くんも嬉しそうに集まってお帰りと声をかけてくれた。春奈ちゃんや秋ちゃんにも飛びつかれて、夏未ちゃんにも呆れたように微笑まれて、ついでに感激で泣いている壁山くんも宥める。…こ、これが阿鼻叫喚…!
そして、今まで顔を合わせたことの無かった新メンバーの人たちにも向き直って頭を下げておく。今まで、このチームに入って助けてくれてありがとうの気持ちを込めて。…するとその時。

「やっぱ薫じゃねーか!!ほら言ったろー!?」
「ほあッ!?」

がバリと抱き上げられてしまった。犯人は綱海くん。そういえば私は様子を窺ってたからそこまで無いけれど、綱海くんにとっては私との久々に再会だ。どこか嬉しそうな顔をしているのを見て思わず顔が緩む。するとそこで、あぁ!と気がついたように浦部リカちゃんが手を叩いた。

「あんたアレか!綱海の好きな子!!」
「わぁ!!!!!!!!!!!!!」

ぶわりと顔が赤くなるのが分かる。なんで知ってるの。そして知ってたとしてもなんで本人の前で言うの。思わず私を抱き上げている綱海くんに抗議の視線を向けると、へらりと笑われてしまった。

「つい、ノリでな!」
「ノリって何!!!」

ノリで小っ恥ずかしい思いをしてる私の立場とは。ついでにあちらであんぐりと口を開けているチームメイトたちをどうにかしてくれ。はしゃいでるのは綱海くんと浦部リカちゃんだけだぞ。
今すぐこの場を逃げ出して海に飛び込んで行きたい気分に駆られるが、抱き上げられているからにはどうやっても逃げられない。ついでに事情は詳しく聞くぞ、と言わんばかりの背後の面々が怖すぎて振り向けない。なんで春奈ちゃんの顔はそんなに怖いの。

「誤解…誤解だから…」
「ん?誤解じゃねーだろ?今んとこ俺は薫の彼氏候補みてーなもんだしよ!むぐ」
「言ってない約束してない。そして綱海くんそろそろシッ」

一部の誤解が凄すぎる。誰とも付き合う気が無いと言っただけで彼氏候補にするとは言ってない。それだと私が男の子をキープするとんでもない最低ビッチ女みたいじゃないか。そんなことないぞ、私は付き合うのも結婚するのも一人がいいです。

「豪炎寺…お前がついていながらあれはどういうことだ…?」
「…俺が聞きたいんだが…?」
「綱海ー!薫下せよー!!」

…もう、本当にいろいろめちゃくちゃ過ぎてどうしようもなくなってしまう。とりあえず私は守の元に逃げ出した。けれどすぐに春奈ちゃんに捕まって夜に改めてこってりと事情聴取されてしまうことになった。辛い。





「…酷い目にあった…」
「薫先輩が悪いんですよ!もう…ちょっと目を離した隙に別の人を誑かして…」
「人聞きの悪い…」

私の責任じゃないです。むしろ初対面で迫られて上手く躱せる人なんて居ないのでは?私は少なくとも無理でした。
文句気味な春奈ちゃんと苦笑いの秋ちゃんに挟まれながらみんなの練習を眺める。楽しそうに生き生きとみんなでサッカーしている豪炎寺くんを見ていたらこちらまで嬉しくなってきてしまった。

「…薫先輩、豪炎寺先輩を見るの楽しいですか?」
「ん、楽しいよ。やっぱり豪炎寺くんが雷門中でサッカーしてる方が、豪炎寺くんもみんなも嬉しそうだし楽しそうだから」

私と雷電くんとの練習だってもちろん楽しそうだったけれど、どこか寂しそうな感じは誤魔化し切れていなかった。だからこうして見ていて思う。雷門中のユニフォームを身に纏って、守や鬼道くんたちとサッカーしている豪炎寺くんが見られて嬉しい。
他のみんなだってそう。豪炎寺くんが帰ってきてくれたことが嬉しいのか、前に見たときよりも随分と生き生きしている。

「…また、雷門中に帰ってこられて良かったな」
「薫ちゃん…」

本当にそう思う。豪炎寺くんや雷電くん、綱海くんが良くしてくれたおかげで心細くは無かったけれど、それでも寂しくて不安な思いはいつもあった。そしてそれは豪炎寺くんもきっと一緒で、だからこそこうして今ここに居られることが奇跡のように思えて仕方ないのだ。

「…ちょっと私、あの子に挨拶してくるね」
「吹雪くんに?」
「うん」

だからこそ今度は、私も私ができる限りの力を尽くしたい。
私は、みんなから少し離れた場所で一人空を眺めている吹雪士郎くんに近づく。声をかけると、彼はハッと気づいたように体を揺らして私を見た。

「吹雪士郎くん」
「…君は、キャプテンの妹の…」
「薫で良いよ。私も士郎くんって呼ぶね」

士郎くんは多重人格の傾向があると聞いた。それなら混同しないように、士郎くん本来の名前で呼んだ方がいいと思う。そんな思惑で私は彼を士郎くんと呼ぶと決めた。…たとえそうでなくとも、そのことに意味は無くても。自分の名前で呼ばれることは、まるで自分自身を真っ直ぐに見てもらえている気がして私は嬉しいから。

「ありがとう」
「……僕に、お礼…?」
「うん、瞳子監督から聞いたんだ。士郎くんのおかげで、緑ツンツン頭の率いるジェミニストームを倒せたんだって」
「…僕が居なくたってきっとキャプテンたちなら勝てたよ。……僕は、もう」
「そんなもしもの話はしてないよ」

暗くなって自然に俯いていく士郎くんの顔を蹲み込みながら覗き込んで、それだけをきっぱりと言い切る。たしかにそうかもはしれないね。みんなは強くて凄い人たちだから、士郎くんが居なくとも勝てる未来はあったかもしれない。
それでも対戦の場に居て勝利をもたらしてくれたのは、そこに居ることさえ出来なかった私じゃない、間違いなく士郎くんというストライカーの存在だった。

「…シュートを決めたのは、僕じゃない」
「そうかな」
「そうだよ。…僕じゃシュートは決められない…アツヤじゃなきゃ、完璧にならなきゃ…」
「…完璧って何だろうね」
「…え」

完璧ってなんだろう。人間がたどり着くことの出来るかもしれない最果て、頂点、終点。それがどれほど凄いかなんて、まだまだ子供な私には全然分からない。分からないけど、ただ一つだけ思うところはある。

「完璧な人間なんて居ないよ。目指しても目指しても、たどり着けないのが完璧なんだよ」
「…たどり着けないのが、完璧…?」
「それにまだ、私たち中学生なんだから。完璧は終わりだよ。その先には何も無い。
そんなの、つまらないし面白くないでしょ」

成長することが人間としての価値なら、たどり着いてしまうことはそれこそ人間の終わりと同義で無いだろうか。欠陥があり、弱点があり、短所があるからこそ人間は人間で居られる。
自分たちが完璧ではないのは当然で必然なのだと安堵しながらこの世界で息が出来る。

「私は完璧じゃなくたってきっと士郎くんのことは好きになれると思うな。だって、私が一番大好きな守だって完璧じゃないんだよ。勉強は出来ないし、すぐ突っ走るし、朝は一人で起きられないし、人の気持ちに鈍感だし」

でも、それでも。

「優しくて、一生懸命で、サッカーに夢中で、私のことを大好きだって言ってくれる守のことが大好き。雷門中のことだって、大好き」

この世界はね、決して厳しいだけの世界じゃないんだよ。悲しいことがあったって、寂しくたって、辛くたって必ず幸せな時はある。それを君にも知って欲しいな。

「…君はまだ僕を知らないんだよ」
「そりゃそうだよ。初対面で知ってたらストーカーか何かなんだから、そういう人とは今後付き合い方を改めてね」
「…ふふ、それもそうだね」

ほんの少しだけ強張っていた肩の力が抜けている士郎くんを見て、そっと息を吐く。そうだよ、力を抜いて生きていこう。まだまだ人生は長いのだから。





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