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MFに任命されてしまった。FWかDFって言ったじゃないですか私。瞳子監督には「貴女ならできる」と豪語されてしまったけれど、そんなに期待をかけても良いのか監督。どうなっても知らないですよ監督。
ざわざわしていたチームのみんなも、しかし私の負傷と離脱の原因を知っているからか文句は飛んで来なかった。一つくらいは飛んできそうだとは思ったのだけれど。

「調子はどうだ」
「ん、大丈夫。これでも伊達に沖縄で豪炎寺くんの特訓に付き合ってたわけじゃないからね。とことんこき使ってよ、ゲームメイカー」
「…臨むところだ」

拳を一つ合わせてポジションへ。私は立向居くんの入っていたMFを任された。…監督曰く、私は隠し球なのだと。この雷門中イレブンの中で唯一情報の少ない私なら、あちらを撹乱出来るかもしれないなどと言われてしまえば、私だって頑張るしかない。
私がユニフォームを着てグラウンドに立っているのがよほど可笑しいのか、宇宙人のキャプテンは私を見て鼻で笑った。

「ジェミニストームなんかに敗北した敗者に何ができる」
「女を舐めてかかると痛い目に遭うのは古今東西の常識だよ」

そして雷門中のキックオフ。しかしそれは、やはりさっそく可笑しな展開を見せた。まるで撃ち込んでこいと言いたげに真ん中を開け、豪炎寺くんにシュートチャンスを寄越して見せたのだ。それに顔を歪めた豪炎寺くんがゴール隅を狙う。正確に狙われたそのシュートは、ゴールに刺さってくれるものだと、誰もがそう思っていた。…なのに。

「…やっぱり一筋縄ではいかない、か…」

飛び上がった相手ゴールキーパーに止められる形で、それは防がれてしまった。宇宙人たちの攻撃に移る。ゴールキーパーは取ったボールをそのまま、守のいるゴールへ向けて投げてみせた。少し押されながらもキャッチした守。…すごい剛腕だ。あの距離をこの勢いで投げるだなんて。
しかしボールがこっちに渡ったのなら今度こそ攻撃だ。それを狙ってパスを呼ぼうとするが、しかし。

「まもッ…」
「させるかよ」

…相手選手が二人。わざわざ私なんかに張り付いてご苦労なことだ。そんな嫌味を心の中で吐いて何とかこのマークを引き剥がそうとしながらボールの行方を追っていると、守が土門くんへパスし一之瀬くんへ渡りかけたボールが女の子の選手に取られていた。そのままパスを受けたキャプテンの男の子がシュートへ。…ただのシュートなのにこの威力。イプシロンよりも実力が遥かに高いのが分かった。…けれど。

「そろそろ邪魔だよ」
「何!?」

そこからボールを取ったり取られたりを繰り返す中、やっと鬼道くんまでボールが渡ったのを見てセーブしていたスピードをここで上げていく。私のスピードを舐めてかかっていたらしい奴らを置いてピッチを上がった。するとそこで、後方をチラッと窺っただけで私が猛然と上がってくるのを確認したらしい鬼道くんからのバックパス。それを受けて私はそこに立ち止まると指で小窓を作り狙いを定める。…見えた!
狙うは選手と選手の隙間、ゴールまでの最短距離。針の穴を通すが如く精密な技術と共にボール一点に込めた力が、まるで光のような速さを伴って真っ直ぐとゴールへ。

「レーザービーム!!」

私の新必殺技。パワーの無い私が新たに編み出したそれは、慌ててギリギリ飛び上がったキーパーよってゴールは敵わなかったものの、相手の度肝を抜いてやるのには功を成したらしい。良いことだ。

「ごめん!せっかくシュートチャンスだったのに…!」
「いや…期待はしていたが、まさかここまでとは思っていなかった。これがお前の実力か…」
「なんのまだまだ。始まったばかりなのに、手の内見せたらジョーカーの意味無いでしょ」
「…それもそうか」

鬼道くんとハイタッチを交わしながらポジションに戻る。これは、豪炎寺くんだけで無く私のことも気をつけなければ後が怖いぞ、という牽制だ。そしてそれは上手くいってくれたらしい。
スピードを解禁してマークを翻弄しながら、鬼道くんとアイコンタクトで相手選手たちを欺くようにパスを通していく。
未だにどちらもゴールは割らないものの、この調子なら良いところまでは行けそうだった。
…しかしその時、パスの渡ったリカちゃんに向けて相手のスライディングが炸裂する。

「リカちゃん!」

…負傷だった。今のところは軽傷で済んでいるけど、これ以上下手にプレイすれば今後に響いてしまう。しかしそれでも奴らは止まってくれない。雷門中が動揺したことと、ボールを奪い返せたことをいいことにキャプテンの男の子の再びのシュート。それは塔子ちゃんと壁山くんのディフェンス技で何とか凌げたものの、ボールは大きく弾かれて客席の方へ。

「リカちゃん…」

何とかシュートは防げたが、それも二人がかりでの話であり、しかも必殺技でも何でもないただのノーマルシュート。…たしかに今の流れは相手にもこちらにも無い良い調子だ。けれど、今はまだ相手がろくな必殺技を出していないからこそ渡り合えている。
リカちゃんも負傷した。女子選手にしては男子にも引けを取らないリカちゃんのここでの負傷は痛い。
万事休すか、と思わず歯噛みした。…その時だった。

「わっ」

何故か客席から帰ってきたボールを足でトラップする。みんなが不思議そうな、驚いたような顔をする中、私の目の前にふわりと降り立ったのは。

「…照美ちゃん…?」
「久しぶりだね、薫」

世宇子中のユニフォームに身を纏う、あの全てをかけて戦った決勝戦ぶりに会う友達の姿だった。
いったいここに何故、照美ちゃんが居るのだろう。あの日から会うことも連絡も取り合うことは無かった懐かしい再会に喜びが湧くものの、ふと周囲からの疑惑や戸惑い、そして怒りの目が照美ちゃんに向けられていることに気がついてハッとする。そうだ、あの日雷門中のみんなは神のアクアを飲んで強くなっていた照美ちゃんたちに辛酸を舐めさせられたのだ。敵意が向けられたって可笑しくは無い。

「みんな、照美ちゃんは…!」
「良いんだ薫。…これは当然の報いだよ」
「照美ちゃん…」

私を嗜めるように肩に手を置いた照美ちゃんは、厳しい顔をした守に向き合う。また会えたねと守に向けて言い放った照美ちゃんは、何しに来たんだと尋ねた守に向けて衝撃の言葉を告げた。

「戦うために来たんだ。君たちと…君たちと共に、奴らを倒すために…!」

その場の全員に衝撃が走る。照美ちゃんのことも把握していたらしい宇宙人のキャプテンですら驚愕しているのだから、それは余程のことだったのだろう。それが本当なら、私としては大歓迎だし即戦力にはなるのだが、いかんせんそれを決めるのは守を含め、この場にいる雷門中の総意だ。

「雷門とエイリアの戦いは見ていたよ。そしていつしか…激戦を続ける君たちの姿に、湧き上がる闘志を抑えられなくなったんだ」

自分を雷門の一員に加えて欲しい、と。迷い無き瞳でそう告げた真っ直ぐなそれに、思わず込み上げてくるものがある。
思い出すのは、激戦の後の一幕。誰も知らない舞台裏で交わした言葉を、彼がこぼした本音を私だけは知っている。

『…僕は羨ましいと思ったよ。喜んでいる君たちを見て。自分たちの努力と才能だけで勝ち上がり、苦しみを乗り越えてきたからこそ手に入れた勝利への誇り。…僕たちがあそこに立ってみたとして、あれだけの喜びを僕は手に入れられただろうか』

それを、照美ちゃんも心の底から欲しいと願ってくれたんだよね。
なおも訴えるように言葉を紡ぐ照美ちゃんに、私も守やみんなに向けて口を開く。私は、誰に何と言われようとも前へ進もうとする友達を信じると決めたから。

「私は賛成だよ、守」
「薫…」
「本気かよ…!?」
「…信じてくれるのかい」

少しだけ驚いたように目を見張る照美ちゃんに微笑みかける。当たり前だよ。この場にいる人たちの中で、私が一番君を信じなくてどうするの。何てったって、私は君の。

「友達なんだから」
「…ありがとう」

私たちが笑い合っているのを見て、守が決心したように頷く。本気なんだな、と尋ねた守に対して一つ頷いた照美ちゃんの曇りなき目。それを見て、守が迷うことも疑うことももう無かった。

「…分かった。その目に嘘は無い」
「ありがとう円堂くん…!」

二人が固い握手を交わす。守はもう照美ちゃんとの因縁を流すと決めた。…ならきっと、もう大丈夫だ。何もかもが上手くいくに決まっている。
少しでも味方が居ること。それだけで、どんな逆境でも乗り越えていけることはあるのだから。





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