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雷門中に帰ってきた後、はしゃぎながら家に帰っていくみんなをぼんやりと眺めていれば、隣に並んで歩いていた立向居くんに心配そうな顔で尋ねられてしまった。

「やっぱり、ショックですか?」
「!立向居くん…」

そんなことないよ、とは言えなかった。それがたとえ、立向居くんにとって失礼なことだったとしても、少なからずショックを覚えたのは本当の話だから。
…そうだ。あの後、いろいろと大変なことが続いたのだった。

『改めてよろしくね照美ちゃん』
『あぁ、よろしく薫』

試合は結局あのまま、同点で終わってしまった。コートに乱入してきたグランと、あのパチモン少年と一緒に消えてしまったダイヤモンドダストを見送ってから私たちも会場を出る。そして正式にイナズマキャラバンに乗り込む、と言い出してくれた照美ちゃんに私は喜びのあまりにっこにこ。
頼もしい仲間の加入にみんなも喜んでいたのだがそれも束の間、瞳子監督が言い出した言葉は、チーム内を震撼させた。

『円堂くん』
『はい!』
『貴方には、ゴールキーパーを辞めてもらうわ』

…最初は納得がいかなかった。究極奥義をもってしても、二点も取られてしまったからなのかと思った。けれど、そんな瞳子監督の言葉に賛成した鬼道くんの言葉にそれが監督の一つの作戦であったのだと理解する。鬼道くん曰く、守は「リベロ」になるべきなのだと。
リベロとは自由という意味のイタリア語で、ディフェンダーとして動きながらも前に出て攻撃をするポジションのことだ。たしかに、今雷門中の強力な攻撃のほとんどに守が関わっている以上、それは大胆だとしても相応しい改革かもしれない。…でも。

(守に、キーパーを辞めろっていうのは、あまりにも酷だ)

お祖父ちゃんを目指して、憧れて。花形のフォワードでも無く、鉄壁のディフェンダーでも無いゴールキーパーだけを真っ直ぐに選んだのが守だ。それを幼い頃から見ていたからこそ守の葛藤も躊躇も理解できる。
ゴールキーパーこそが守がサッカーを始めた理由で、続ける意義だから。…でも、守はそれでも決めたらしい。
地上最強のサッカーチームになるために、守は自分のプライドよりもチームを優先した。

『俺、やるよ。勝つために。強くなるために変わる。リベロになる』

守がそう決めて、周りがそれを受け止めて。ならそこに私の意思は必要無い。そもそも、当人がそうと決めたものを否定しちゃいけないのだから。
それに、いつまでも変わらないものは無いのだと私はとうに知ったのだ。

「変わるものだから、何もかも」
「…変わる」
「うん、守はリベロになるし、立向居くんが新しくキーパーになる。…それなら私も、変わらなくちゃ」

あの必殺技らしき片鱗を見せた技を習得すべく守は今頑張っている。もちろん私はそれを応援する。練習は明日から。みんなの覚悟を私だって背負って戦うと決めた。…私がもう、ピッチに立つことは無いとしても。
監督とはそのことはもう話し合った。私の今回の試合出場は、あくまでジョーカーだ。もともと私が試合に出たのは立向居くんが経験不足での穴だった以上、私があそこに入らざるを得なかったというのが理由だったのだけれど、守がリベロになり立向居くんがキーパーになる。穴が完全に消えた今、私の役割は果たされたのだから。

「それより、立向居くんこそ頑張ってね。守の後継者なんだよ?」
「そ、それもそうですね…!頑張らなきゃ…!」
「でも、気負いすぎないようにね。守には守のキーパーのやり方が、立向居くんには立向居くんのキーパーのやり方があるんだから」

みんなには頑張って欲しい。私の分も、今ここに居ない他のメンバーの分も。
きっと最後には、みんなで分かち合える勝利の喜びがあると信じているから。





「…うーん、どうしたものか」

所変わってここは稲妻総合病院。今だ入院している染岡くんのお見舞いに来たのだが、当の病室は空っぽで、何でも先に来た見舞客と一緒に屋上に行ってしまったのだという。誰か来たのだろうかと、とりあえず向かってみればそこに居たのは士郎くん。…守曰く、この二人には二人の信頼関係があるのだと聞いていた。だからこそ来たのだろうけど、士郎くんがポツポツとこぼす内容を聞いて思わず空を仰いでしまう。

「強く、なりたかったんだ。強くなれば完璧になれる。でも、完璧になろうと思えば思うほど、僕の頭の中でアツヤが笑う声が聞こえる。…僕じゃ無理だって。完璧なんか、無理だって」

…士郎くんはまだ、弟のアツヤくんの死に縛られている。完璧こそが正しいのだと、何故かは分からないが思い込み続けている。そんなわけがないのに。完璧じゃなきゃ必要とされないのなら、この世界の人間は誰一人だって無用だ。

「…完璧?」
「…でも、そのアツヤも完璧じゃなかった。これじゃみんなの役に立てないよ…!」
「ンなことねぇよ!」
「…僕だってサッカーやりたい。でも、出来ないんだ…」

その言葉に、染岡くんは少しだけ考え込むような素振りを見せる。何事か呟いた言葉は聞こえなかったけれど、それでも士郎くんを真っ直ぐに見つめて告げた言葉、嘘偽りの無い染岡くんの本音だった。

「お前はもう立派な雷門イレブンだ。俺たちの仲間だ」

士郎くんが目を見張る。そんなことを言われるなんて思ってもいなかったのかもしれない。…けれど、染岡くんは嘘なんてつかないよ。嫌なことは嫌だって、気に食わないならハッキリ態度に出しちゃうような人なんだから。
だから士郎くんは、その言葉を胸を張って受け止めて良いんだよ。

「…あ…えっと…つまりだな…エターナルブリザードもアイスグランドもすげぇ技ってことに変わりねぇんだ!」

…それに染岡くんも、変わったね。前はそんなことを人に言うような人じゃなかった。少し見ない間に、誰かを励ませるような優しい人になってる。それが嬉しいと思った。
何だか無性に染岡くんと話したくなって、背後からそろりと染岡くんに近寄る。士郎くんが私に気がついて目を見開いたけど、静かにのジェスチャーをすれば可笑しそうに目を細められた。背後から忍び寄って、染岡くんの目を塞ぐ。

「うおっ!?何だ!?」
「…だーれだ」
「……お前なぁ、もっと普通に来れねぇのか薫!」
「久しぶりの染岡くんだ!」

大笑いしながら染岡くんに手加減して飛びつけば、離れろ!と慌てたように怒鳴られる。それを黙殺して、私はこっちを見ている士郎くんに笑いかけた。

「染岡くんとも仲良いんだね」
「まぁね、雷門イレブンの古参だし。それになんと言ったって、染岡くんは元祖エースストライカーだから!」
「…元祖?」
「うん、雷門中の頼れるエースストライカー、士郎くんの先輩だよ。…そんな先輩から、良い話は聞けた?」
「!…うん、聞けたよ」
「お前はそろそろ離れろ!!!」
「染岡くんの意地悪ー」

渋々離れれば、ジト目で睨まれた。良いじゃんそんなに怒らなくても。減るもんじゃ無いし。
そう言ったらまた怒られた。女なんだからもっとお淑やかにしろって。こんなにお淑やかなのにね、失礼しちゃうよ。





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