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家に帰ると、まず最初にお母さんに抱き締められた。心配してたんだからと震え声で怒られて、私も謝りながら抱き締め直す。何も言わずに連絡を絶った私を待っていてくれたお母さん。その優しさにただただ感謝しか出てこない。
庭の方に向かえば、みんなはさっそくバーベキューをしているらしい。先に庭に向かわせておいた士郎くんも美味しそうに肉を頬張っていたから安心した。

「あっ、お帰り薫!」
「お帰りなさい薫さん!」
「ただいま。お肉美味しそうだね」

さっそく渡された串を頬張りながら、綱海くんとリカちゃんの間に座る。先に始めていたみんなは相当食べているようだ。食費の心配が頭を過ったけれど、お母さん曰く理事長がお金を出して支援してくれたらしい。ありがたいことだ。

「ところで一之瀬くんはどうしてここに?」
「何や、ダーリンが居たらあかんの?」
「言ってない言ってない」
「いやぁ、リカに引っ張られて…」

なるほど、そういうことか。両親がアメリカで仕事をしているらしい一之瀬くんは一人暮らしだとは聞いているし、たしかに一人寂しく家に帰るくらいならうちに来て正解だったかもしれない。騒がしくなってるから落ち着くことは出来ないかもしれないけど。
視界の端で木暮くんがこっそり忍び寄って私のお茶に辛子を仕込もうとするのを手刀で叩き落しながら、口にご飯粒をつけている綱海くんにティッシュを渡す。凄いことになってるよ。

「お、悪りぃな!」
「美味しい?」
「おう!お前のかーちゃんの肉じゃがうめぇな!」

そうでしょう。円堂家の肉じゃがは天下一品。私もまだお母さんと同じ味は作れないんだから。何でだろうね、材料は一緒のはずなんだけど。やっぱり年の功には勝てないのかもね。でもそれはそれでいつか作れるようになるつもりなのでね。
そして後片付けも手分けして終えたところで、みんなそれぞれお風呂やら就寝やらのために部屋へ。塔子ちゃんとリカちゃんは私の部屋にお連れして、他の三人は守の部屋へ。

「何寝ようとしとんねん、これから恋バナするんやで!」
「寝かして…」
「寝かしてやれよ…」
「なーに言うとるんや、お泊まり会の定番は恋バナ一択で決まりやろ?この際この前聞けんかったあんたの気持ちをな…」
「…」
「寝るなーーー!!」

もうね、十時が過ぎたからおねむなんだ。リカちゃんはまだ元気みたいだけど、私は限界なんですよね。結局そのまま寝落ちしてしまったため次の日の朝はリカちゃんにものすごく拗ねられてしまった。あと付き合わされたらしい塔子ちゃんからも恨みがましい目で見られた。ごめんて。





そして次の日からさっそく本格的な練習が始まった。守はあの必殺技もどきを完成させるため、立向居くんは守に託された新しいキーパー技を完成させるため。守の方は豪炎寺くんと鬼道くんもついてくれるとのことだったので、私は木暮くんと綱海くんの初心者組のスキルアップに付き合いつつ立向居くんを見ることになった。仕事がたくさんで忙しくなってしまった。

「…手を使わないで練習できる方法?」
「あぁ…円堂、やっぱりキーパーの癖でついつい手が出るみたいでさ…」
「なるほど」
「何か良い案はないか?」

ちょうど三人に休憩を取らせていたところ、私に相談に来た一之瀬くんと鬼道くんの言葉にとりあえず考え込む。今までずっとキーパーだった守にとってサッカーとは、手を使うのが当たり前だったのだし、特訓だって手と腕が大事だったわけだし…?でも、このままだと練習に障害が出るのなら…。

「よし、いっそ物理で行こう」
「物理?」
「タイヤを使う」
「タイヤ」
「古株さんに聞けばタイヤとロープはあるはずだから…容赦無く縛って」
「縛る!?」

なんかドン引きした顔してるけど何想像してるの二人とも。健全な特訓だぞこれは。守の体力と体格的に…使うタイヤは二つ、重ねた穴の真ん中に守を入れてロープで固定すれば、タイヤの重みで適度な負荷をかけながらヘディングの練習が出来るというわけだ。

「容赦が無いなお前は…」
「そう?」
「鬼だよ鬼…」

木暮くんが後ろでそうぼやいているけど、もう休憩は終わりということで良いのかな?
笑顔でそう尋ねれば、引きつった顔で綱海くんの後ろに隠れてしまった。冗談だよ。
それにこの後はポジションごとの全体練習もあるんだから、割と君たちのメニューは軽めの方なんだけどな。そう言ったらその場の全員に苦笑いされてしまった。そんなにキツイのこれ。

「す、少なくともアップ用のメニューでは無いかな…?」
「えっ」

それならこの立向居くんのために考えていたメニューはどうなるんだ。私が張り切って考えた必殺技特訓メニューなんだぞ。
立向居くんがマスターしなければならない技の名前は「ムゲン・ザ・ハンド」。福岡で見つかった新しいお祖父ちゃんのノート曰く無敵の究極奥義。目と耳が重要だというから、それを鍛えられるように考えていたというのに。

「が、がんばります…!」
「薫、さすがにこれは立向居が死ぬぞ」
「だめか…」

一応見せてみたところ、立向居くんが白目を剥きかけていたのであえなく却下になった。悔しい。鬼道くん曰くだいぶ厳しい基礎練を終え、綱海くんと木暮くん用の基礎メニューも終わらせれば、次からはようやく全体練習だ。木暮くんはディフェンス陣に放り込み、綱海くんはシュートが撃てるからキーパー技練習のお手伝い。

「まずはノーマルシュートを受けて、頭の中のイメージを形に出来るように頑張ってみようか」
「はい!」

何せ、これは立向居くんにとっては初めての試み。ゴッドハンドやマジン・ザ・ハンドは守というお手本が身近に居たからこそ特訓しやすかったのだというし、これは彼にとっては相当厳しい戦いになるかもしれない。
案の定、塔子ちゃんが最初に撃ち込んだシュートに呆気なく弾き飛ばされてしまった。まだまだ一本目、これからだと自身を鼓舞する立向居くんに頷いていれば、ふと綱海くんがベンチに座りっぱなしの士郎くんへ声をかけた。

「吹雪!お前本当に一緒にやらなくても良いのか?」
「…今は、見ていたいんだ」

少しだけ言いにくそうにそう返した士郎くん。それを聞いて私はリカちゃんに一度手にしていたバインダーを預けると士郎くんの元に歩み寄った。ぼんやりと守たちの方に目を向けていた士郎くんの瞳が私を映す。

「士郎くん、お願いがあるんだけど…」
「…なに、かな」
「出来る限りで良いからさ、うちのディフェンス陣の穴を見つけて欲しいの」
「僕に?」
「うん、私は今から立向居くんに付きっきりになっちゃうからそこまで目は向けられなくて…。何でも良いの、士郎くんはディフェンスのスペシャリストって聞いてるし」
「…僕で良ければ」
「お願いね」

これで良い。何もしないで見ているよりは、何かしら目的を持って眺めている方がずっと心が楽なはずだから。そんな私の思惑通り、どこか居心地悪そうだった士郎くんの肩の力も抜けている。それを見てホッとしながらも、私は立向居くんたちの元へ戻った。


そして二日後、とうとう守の新必殺技であるリベロ技が完成した。目金くんによって「メガトンヘッド」と名づけられたそれは、正義の鉄拳をさらに進化させた技。あのタイヤによって力を腕でなく頭に集中させるという目論見は上手く行ったらしい。思わずガッツポーズをした挙句、隣にいた照美ちゃんとハイタッチしてしまった。なんか驚かせてごめんね。





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