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鬼道くんからの頼みで、帝国学園サッカー部に練習試合の申し込みをすることになった。鬼道くんが電話すれば良いのに、と首を傾げたものの、そのあと言いにくそうに言われた言葉に思わず納得して快諾した。

「佐久間や源田と…事前に話しておきたいことは無いかと思ってな」
「ありがとう鬼道くん」

そうだった。あの二人にはデコピンかましてやるのだと決意していたのだった。そもそも連絡も無しに突然退院してくれた挙句、無理をやらかして怪我をして鬼道くんを傷つけてくれたのだ。これは友達としても雷門中のマネージャーとしても、言いたいことは山ほどあるね。
だから次の日、午前中はデスゾーンや立向居くんの練習をするのだというみんなとは別行動で、私は帝国学園サッカー部の部室に向かい。

「そういう訳でお覚悟」
「止めろ!俺今松葉杖なんだぞ!?」
「相変わらずだな薫さんは…」

笑ってない目で佐久間くんを見つめながらデコピンの構えでにじり寄ろうとする私に、顔を青ざめさせた佐久間くんが必死に距離を取ろうとする。源田くんは呑気に笑ってて良いのか、次は君の番なんだぞ。
ちょっと遠巻きに他の部員の方々が見てるけど知ったことでは無い。まずは一発、何がなんでもかましてから話はしようね。

「おりゃ」
「いっだ!?」

おまけに頬を掴んで伸ばす。おでこが痛いのか涙目の佐久間くんに、私は頬をみょんみょんと伸ばしながらため息を吐く。佐久間くんが決まり悪そうに視線を泳がせているのを見て、私は彼の名前を呼んだ。

「何で私が怒ってるか分かる?」
「…鬼道を、傷つけたから…?」
「それもあるね。それがさっきのデコピンの分だよ。…ほっぺの方は、私を心配させた罰だから」
「!」
「また、救急車で運ばれたって聞いて、私が君たちを心配しなかったとでも思ってるの」
「………悪かった」

そんな佐久間くんの怪我は、瞳子監督が紹介してくれた最新医療のおかげで順調に治っていると聞いているし、後遺症も幸いなことに残らないと聞いたので安心した。次にターゲットを変えてデコピンと頬伸ばしを決行した源田くんは既に完治しているらしい。君は大人しく罰を受けているので軽めで良しとする。
…佐久間くんと源田くんは、私の大切な友達だ。出会いや経緯がどうであれ、私が好きだと思い、相手がそれを憎からず受け入れてくれたのだ。友達で間違い無いだろう。

「もう、こんなことが無いようにね」
「…あぁ」
「次心配させたりなんかしたら拳骨だから」
「はい」

大人しく肩を落として説教を聞く二人にそう締めくくったところ、ふと背後から小さな忍び笑いが聞こえてきた。佐久間くんがそちらを睨み、源田くんが決まり悪そうに頬をかいて苦笑いする中思わず振り返れば、そこには笑いを堪えている帝国イレブンの皆さんが。そういえば居たんだったね。

「笑うな…!」
「いや、だってよ、お前らが大人しく説教聞いてるとかっ…!」
「鬼道に見せてやりてぇよ」
「先輩、男の威厳形無しですね」
「成神ィィィィィィ!!!」

意外と仲良しらしい帝国イレブン。佐久間くんの顔を真っ赤にした怒鳴り声に、とうとう忍び笑いは爆笑へと変わった。良かったね、佐久間くんたち。チームメイトに愛されてるじゃないか。
涙目で笑いを抑えた帝国の人たちのうち、先程佐久間くんに成神、と呼ばれていた後輩くんが私の元へ一歩寄ってくる。ヘッドフォンを付けた可愛らしい顔立ちの少年だ。

「いやぁ、前から思ってたんスけど、雷門中のマネージャーさんって本当に佐久間先輩たちと仲良いんですね。彼氏かなんかだったりするんですか?」
「なんて?」
「やめとけ成神、鬼道に殺されるぞ」
「残念ながら俺がこいつをそういう目で見たことは神に鬼道に誓って一度も無い」

源田くんよ、何でそこで鬼道くんの名前が出てくるんだ。鬼道くんは別に私のお父さんでもお兄ちゃんでも何でも無いんだぞ。鬼道くんの名誉の為にそう抗議したところ、なんか成神くんには可哀想な人を見るような目で見られた。君と話すのは今回が初めてのはずなんだが、なんでそんな目を向けるんだ。

「あー…何となく分かりました。鬼道先輩ご愁傷様ってとこですか」
「それも言ったらしばき倒されるからな」
「はいはい」
「私にも分かる話をして欲しい」

ご愁傷様とは。深く聞こうと思ったものの、上手く誤魔化された上に佐久間くんがそう言えば!と次の話題に移ってしまった為有耶無耶になってしまった。ちくしょう。
私も雷門イレブンの代表としてここに来ているため仕方なく佐久間くんに向き直れば、何やら紙袋を手渡された。これ何。

「帝国の女子制服とジャージだ」
「…制服とジャージ」
「ん?何だ、鬼道から話聞いてないのか?今日はお前は一日限定で帝国学園のマネージャーだ!」
「初耳ですね」

何でも練習試合をする上での交換条件として出したのがそれらしい。そんなので良いのか帝国学園。戦犯は佐久間くんたち以外の帝国メンバーらしく、鬼道くんも割とあっさり許可したようだ。どうして。

「練習試合では鬼道と土門と、それから円堂も帝国側に入るからだろうな」
「一日限定だけど頑張ろうね」
「手の平返すの早くないか」

守も鬼道くんも土門くんも居るならいいや。まだ割り切ってマネージャーできるよ。よろしく、と他の帝国メンバーにも挨拶したところ気さくに挨拶を返してもらえた。前のよそよそしさとは違ってちょっと感動してしまった。
女子更衣室をお借りして帝国の制服を着てみる。…この際、どうしてサイズがぴったりなのかは聞かなかったことにしておこう。帝国の制服可愛いしね。ジャージもしっかり羽織って部室に戻れば、待ってましたと言わんばかりに成神くんが腕を絡めてくる。さっきから思ってたけど人懐こいね、君。

「へへ、先輩女子マネージャーって響き、ちょっと憧れません?」

子犬みたいで可愛いな。最近何故か会うどころか連絡すらままなっていない後輩たちを思い出して思わずしんみりしてしまう。頭を撫でたら喜ばれてしまった。本当に可愛い。ついでに、と成神くんに引っ張って来られた同じ後輩だという洞面くんを見た瞬間に少林くんを思い出したのでもう駄目だ。可愛がろう。友達の後輩は私の後輩みたいなものだもんね。

「…生き生きしてないか、お前」
「ちょっと心が癒されたよ。後輩って偉大だね」

鬼道くんが羨ましい。いや、決して今の雷門の後輩たちが可愛くない訳ではないが、それとは違う可愛さというか。とにかく癒しが少ない今はひたすらに癒される。
そんな二人にほんわか癒されている間に、どうやら時間が来たらしい。荷物を持ってくれるという源田くんにお土産のつもりだった差し入れを渡せば、懐かしそうに目を細められた。

「塩飴、だろう?」
「もう分かっちゃった?」
「さすがにな」

またまた三袋。源田くんが袋ごと掲げて差し入れの旨を伝えると、みんなそれぞれ「ありがとう」やら「前のも助かった」と声をかけてくれたので前回の分も食べてくれていたようだ。
嬉しくて思わずニコニコしながら源田くんを見れば、やっぱり源田くんもつられてニコニコ。源田くんはほんわかした笑顔がよく似合うね。

「薫先輩、洞面のこと肩車してやってくださいよ。こいつ肩車好きなんで」
「成神!」
「良いよ、おいで洞面くん」

今の私はとてもご機嫌だし、後輩は可愛いのでいくらでも肩車してやろう。これでも守をおんぶして走ることだってできるんだぞ。滅多にさせてくれないけど。マネージャーは割と力仕事が多いしね。
ただ、あんまり景色が良くないのは許して欲しい。百六十センチを超えていない今の私。成長期はきっとすぐそこだからそれまでの我慢だ。

「俺左腕もーらいっ」
「おいでおいで」

君たちの後輩を侍らせて悪いね、とドヤ顔で謝罪しておいたところ、辺見くんやら咲山くんやらに「熨斗つけてくれてやる」と追い払うような仕草で笑われながら言われてしまった。良いのか、こんなに可愛いというのに。





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