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しかし、いざ帝国学園の臨時とはいえマネージャーになるとして思うところはある。薄暗くだだっ広い廊下を歩きながら、歩調を合わせて歩いていた佐久間くんにそのことについて尋ねてみた。

「私、帝国側として悪い顔した方が良い?そもそも悪い顔ってどうやるの?」
「それは真面目な顔で言うことか?」

言うことだよ。だって雷門中に練習試合に来てたときはみんな悪い顔してたし。あの今では丸くなり過ぎた鬼道くんでさえゲス顔とやらをして毒吐いてたんだから、帝国にとって悪い顔は必須なのでは?
そう言ったらみなさん覚えがあるのか若干気まずそうに顔を背けてしまった。なんか突いてはいけないところを突いたような気がするね。

「あー…人を馬鹿にする顔ってできるか?」
「人を…馬鹿に…?」

…思い出したのは、ついこの前の宇宙人との戦い。私を敗者だと小馬鹿にしていた厨二病の宇宙人へ、私がゴールを決めたときの悔しそうなその顔に向けた爽快感のままに浮かんだ感情。あれはしてやったり、といった感情だろうか。それを思い出してやってみれば…。

「こう?」
「………やめとこうな、雷門中の連中が泣く」
「俺らがやべぇことになりそうだわ」

ポンポンと四方から肩を叩かれて宥められて遺憾の意。そんなに今の顔は駄目だったのか。感想を聞こうと思ったのだけれど、誰も彼もが目を逸らす。挙げ句の果てには佐久間くんに肩を叩かれ、至極真面目な顔で。

「お前はいつもの人畜無害な間抜けた顔をしておけ」
「褒めてる?貶してる?」

本人曰く褒めてるらしい。そんな気がしないのは私だけだろうか。でも成神くんが「可愛かったっスよ!」と無邪気な笑顔で親指を立ててくれたので許そう。年下に甘い自覚はあります。
そしてそんな私がグラウンドに入った先、待っていたのは阿鼻叫喚の嵐でした。まず、佐久間くんたちが先頭に立っていた為私は一番後ろに隠れる形で立っていたのだけれど、私の姿が見えないことに気がついたらしい鬼道くんが私の所在を尋ねた。
そこで洞面くんを肩車したままだったが前に出たところ、明らかに帝国コーデの私へ向けて雷門中から悲鳴が上がったのだ。

「何してるんですか薫先輩ッ!?」
「帝国学園のマネージャーを」
「せせせせ先輩が帝国学園に取られたっス〜〜〜!!」
「取られてはいない」

鬼道くん説明してなかったの?私は一日限定マネージャーなんだけど。どう窘めたものかと考えているうちに、今度は成神くんが悪ノリしてみんなを煽り始めてしまった。お止め、ちゃんと仲良くしなさい。
そう注意すると、成神くんは悪どい顔をケロリと変えて良いお返事をしながらまた左腕にしがみついてきた。頭を撫でてやると擦りつかれる。聞き分けが良いのは偉いね。

「よしよし」
「…あーもう本当に薫先輩帝国のマネージャーになったらどうっスか?帰したくねー!」
「薫先輩は雷門中のマネージャーなんだからーーー!!」

どうどう春奈ちゃん、そんなに興奮しないでも成神くんの冗談なんだから気にしないの。でも帝国のマネージャーをやるのは本当の話だから我慢してね。ちゃんとそっちには帰ってくるからね。
そして一連の流れに苦笑いの鬼道くんたちもこちらに合流したところで試合の用意を始める。守が雷門中以外のユニフォームを着るのを見るのは初めてだし、何気に土門くんの帝国ユニフォームも初見だからちょっと新鮮。

「…守が着るとちょっと爽やかになるのはどうして…?」
「俺たちが着ると爽やかではないと…?」
「少なくとも鬼道くんのその姿はゲス顔モードを思い出すかな」

雷門中との練習試合の時のね。赤マントも見るのは久々で、青マントに慣れてしまった身としてはそこそこ新鮮に映るもの。でもやっぱりしっくりくるよ。赤も青も、もうどっちも鬼道くんのための色だね。

「…俺のための色か」
「うん、赤を着てても青を着てても、どっちも鬼道くんらしいなぁって思うよ」

ちなみにオレンジだと豪炎寺くん。守もバンダナはオレンジだけど黄色っぽいんだよね。タオルに名前が書いてないときも色で判別すればだいたい合ってるし。個人個人の好きな色とか似合う色を把握してたらすごく楽。

「…鬼道先輩、超デレデレじゃないっスか…」
「それも言ったら殴られるからなお前…」

試合を観戦するのは雷門中側のベンチの方になった。どうせ帝国側は私と佐久間くんだけだし、何より春奈ちゃんに「先輩は雷門中のマネージャーなんですからね…」と凄まれてしまったので。佐久間くんを挟んで端っこに座らせてもらうことにした。
…この練習試合の目的は、デスゾーンを完成させること。帝国の技であるそれを成功させるためには、実際に帝国チームの中でプレーした方が手っ取り早いというのが鬼道くんの意見らしい。なるほど。

「それにしても…すごいね鬼道くん、あんなにスムーズに連携取れてる…」
「何度も何度も練習してきたからな。鬼道との連携は俺たちの命綱みたいなものだった」
「じゃあ、それだけ佐久間くんたちは鬼道くんに信頼されてたってことだよね」
「…そうなのか?」

佐久間くんが少し驚いたような顔をしている。何を言ってるんだろうこの人は。そんなのどう見たってそうとしか言えないに決まってるじゃないか。
鬼道くんは目に見えてイキイキしている。何ヶ月も帝国を離れていたのに、ボールを出す判断に迷いは一つも無かった。それこそ、帝国イレブンへの変わらない信頼の証なんじゃないだろうか。

「うちも鬼道くんを中心にした連携はすごいんだぞ…って自慢したいけど、帝国に比べたらまだまだかもね。お見それしました」
「…当たり前だ、年季が違うんだぞ」

嬉しそうな佐久間くんの顔。それを聞いていた夏未ちゃんたちも微笑ましそうだ。もちろん鬼道くんは雷門中にも溶け込んでいるし、信頼関係は抜群に備わっていると豪語出来るけれど、割りかし個性が強くて自由人が多いトリッキーな雷門とは違い帝国は徹底された正確な連携だ。そこまで洗練されるのに費やした時間は、きっと途方もなく多いのだろう。
少しだけ、帝国イレブンたちの根底にある強固な信頼関係を見られたような気がした。





さて、そしてそんなデスゾーンの調子なのだがなぜか上手く行かない。
そもそもデスゾーンとは、三人で飛び上がってくるくると回ることで力を溜め、同じタイミングでボールを蹴ってシュートを放つ技。見ている限り回転の量もタイミングもバッチリと合っているのだが、何故だか途中で威力が落ちてノーマルシュートになってしまう。

「経験者の佐久間くん、何か一言気づいたことなどは?」
「ぶっちゃけ何が駄目なのか分からん」
「分かんないかぁ」

お隣の最後の頼みの綱もお手上げらしい。どれだけ難易度が高いんだデスゾーンは。立向居くんもまだイメージすら掴めていないらしく、何とか試行錯誤で必殺技を会得しようと頑張っている。
しかし、お互いどちらも上手くいくことは無いまま結局前半が終了してしまった。ここで臨時マネージャーである私の出番だ。ベンチの方へ歩み寄ってくる鬼道くんにすれ違いざまボトルを渡して、離れたところで休憩している帝国イレブンの元へ行く。

「お疲れ様、ドリンクだよ」
「お、悪りぃな」
「ありがとうございます!」

守と土門くんの分も渡せば、二人はそれぞれ自然と雷門中の方へ歩いて行ってしまう。たぶん、細かな調整をするためでもあるのだろう。甘えてきた成神くんと洞面くんの口の中に塩飴を放り込んでいれば、ふとベンチの方で話している鬼道くんと佐久間くんの姿が目に入った。…どうやら、あちらも話をしているらしい。

「佐久間たちなら大丈夫だ」
「…源田くん」
「俺たちはもう誰も、鬼道を裏切り者だとは思わない。そして鬼道は雷門に行って前より自分を出せているように見える。…だから、鬼道のことを頼んでも良いか?」
「…任せてよ。でも、一つだけ否定させてね」
「…?」
「鬼道くんは帝国イレブンのことが心の底から大好きだよ」
「!」

そんな寂しいことを言わないで欲しい。鬼道くんがそもそも雷門中に転校してきたのは、世宇子中を倒して帝国の仇をうつためでもあったのだから。鬼道くんが帝国のみんなを忘れたことなんて無い。忘れられるわけがない。いつだって帝国イレブンの話をするときの鬼道くんの表情は優しかったのだから。

「源田くんたちも鬼道くんのこと好きでしょ」
「…あぁ、勿論だ」

照れ臭そうに笑う帝国イレブンのみんなが鬼道くんを一斉に見遣る。その優しい眼差しを受けた鬼道くんは驚いたように目を見開いて、やがて嬉しそうに微笑んだ。鬼道くんの周りを囲って話し始めるみんなを見ながら、私は佐久間くんにこっそりと忍び寄る。

「言いたいこと言えた?」
「…あぁ、もう心残りは無い」

それが本当に、心の底からの清々しい微笑みだったから。私はそんな勇気を出した友達の頭を撫でてあげることにした。やめろ、と照れ臭そうに振り払われたけどね。
そして後半戦が始まる直前、みんなからドリンクのボトルを受け取りつつ鬼道くんを激励した。

「後半も頑張ってね。タイミングはバッチリだからさ」
「あぁ…だが、何故成功しないのか…」

何か気づいたことはないか、と聞かれて少しだけ考えてみる。たしかにあることはあるのだけれど、私の主観と勘なんかで話しても良いのだろうか。
まぁでも一つの参考になれば、という軽い気持ちで吐き出してみる。

「…それにしても、何か不自然だよね」
「…不自然?今のところデスゾーンに不自然なところは…」
「いや、あのね。…守って、割と個性的で自由奔放でしょ?」
「あぁ」
「なのにああやって周りと足並み揃えるみたいな、型に嵌められるみたいなところを見るとね。ちょっと不自然に感じちゃうのかも」
「…!」

鬼道くんは僅かに目を見開く。何か引っかかるものがあったらしいのだけれど、上手く言語化することが出来ないようだ。しかしそれはぜひ試合の中で見つけてみて欲しい。





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