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そして次の日、指定された時刻の五分前にまで迫った中、それぞれが自分たちの練習の成果を確認し合いながら真剣な顔で話している。その中でもどこか浮かない表情の立向居くんは、結局ムゲン・ザ・ハンドの習得には至ることが出来なかったようだ。今も心配そうなところを綱海くんに励まされている。

「ねぇ立向居くん、守がどうやってゴッドハンドやマジン・ザ・ハンドを習得できたか知ってる?」
「い、いえ…」
「どっちもね、ぶっつけ本番で何とか花開いたんだよ」
「えっ、そ、そうなんですか!?」

そうだ、思い返せばすごく懐かしい。ゴッドハンドは帝国学園との練習試合の中で、マジン・ザ・ハンドは世宇子中との決勝の途中でものに出来た守の必殺技だった。
そしてそれは全部、守の努力が積み重なった結果の開花。胸を張るべき、誇るべき守の努力の証だ。

「練習は裏切らない。努力は身を結ぶ。古今東西の常識で不変だよ。頑張れ」
「…はい、そうですね!俺、頑張ります!」

何とかやる気を上げることに成功したらしい立向居くんに内心安堵の息を吐きながら、こちらへ親指を立てる笑顔の綱海くんに小さく頷く。君は守の認めた後継者なんだから、こんなところでへこたれてちゃ駄目なんだよ。
そして次に目をやったのは、ベンチの端でひっそりと座り込んでいる士郎くんの姿。…昨日はあの後、守たちに連絡して私と士郎くんだけは円堂家にお泊まりした。お母さんもお父さんも用事で家を空けることになっていたので、家には私と士郎くんの二人きり。

『士郎くん、髪乾かすからこっちにおいで』
『…うん』

士郎くんの食べたいものを作って、お風呂上がりの髪を乾かして、二人で一緒にアイスを食べながら何でもない話をした。まるで母親か姉になったような気分だったし、最初は躊躇していた士郎くんも最後は甘えるようになってくれて嬉しかった。
力が抜けきってほとんど眠りこけた士郎くんの手を引いて、私の部屋のベッドの隣に敷いた布団の上に寝かせれば途端に微睡み始めた士郎くんの頭を撫でて微笑みかける。

『おやすみ、士郎くん』
『……おやすみ、なさい…』

最後に呟かれた呼称は、聞かないふりで飲み込む。けれどたとえ無意識でも間違いでも、そう呼んでもらえたことがなんだか信頼されているようで私は嬉しかった。士郎くんも朝起きたら顔色は昨日より随分良くなっていたしね。
そんな士郎くんの様子を離れた場所から窺っていれば、ふと後ろから照美ちゃんに話しかけられる。真剣な顔をしている照美ちゃんは、まるで私を安心させるかのように頷いて見せた。

「大丈夫だよ、薫」
「照美ちゃん…」
「彼のことは僕に任せて。…君の友人として、僕も出来る限りの力を尽くしてみせるから」
「…ありがとう、照美ちゃん。でも無理はしないでね」
「勿論だとも」

そしてとうとう現れた、昨日の宇宙人たち。彼らは臨戦態勢な私たちを目にした途端、鼻で笑うように嘲ってくる。

「___全く、おめでたい奴らだぜ」
「負けると分かっていながら、のこのこと現れるとはな」

相変わらず謎のセンスなユニフォームを見に纏った奴らに守は一歩前に出て、怯むことなくその挑発的な言葉に立ち向かう。拳を握り締めた守に続くように、みんなの表情も真剣そのものだった。

「俺たちは負けない…勝負だ、カオス!!」





全員がポジションに立つ。立向居くんがゴールキーパー、守がリベロという相手にとっては初見であるポジショニングに奴らが僅かに眉を潜めたのが分かる。随分大胆なポジション変更だと思ったのだろう。少しだけ得意な気分になって内心ほくそ笑んでいれば、「何故だ!」という鋭い怒りを含んだ言葉が耳に入る。
目を向ければそこには、こちらを真っ直ぐに指差して顔を歪めている厨二病宇宙人がいた。

「何故あの女が選手から外れている…!」
「べぇ」

舌を出してひらひらと手を振ってやった。宇宙人の顔がさらに引き攣る。本業はマネージャーなんだからここに居て当たり前なんだよ。夏未ちゃんからは「やめなさい」と呆れたような顔で窘められたし、他のみんなも苦笑気味だったけどスッキリしたので反省も後悔もしていない。

「何女相手にムキになってんだよガゼル。そんなに前回出し抜かれたのが悔しいのか?」
「黙れバーン!…見ていろ、今に引きずり出してやる…そこで悠長に笑っていられるのも今のうちだ…!」

そして試合が始まった。前回ダイヤモンドダストとの試合では互角の戦いが出来た。守という新しいポジショニングのおかげで攻撃力と守備力も向上している。
今回も油断さえしなければ十分に勝機はある。…そう思っていたのに。

「速い!?」
「どういうことなの…!?」

塔子ちゃんが持っていたボールはいとも簡単に奪われた。…彼女に少しだって油断は無かったはずだ。前回競り勝っていた相手とはいえ、舐めてかかれるほど余裕があるわけでも無い。だからこそ慎重にボールを運んでいたはずなのに。
次々とディフェンス陣も躱され、とうとうボールは厨二病宇宙人ことガゼルに渡ってしまった。奴は得意げな顔で堂々と言い放つ。

「今度こそ教えてあげよう…凍てつく闇の冷たさを!」
「立向居!」

放たれたのは、前に守の正義の鉄拳を破ってみせたノーザンインパクト。立向居くんは咄嗟にそれをマジン・ザ・ハンドで迎え撃ってみせるけれど、あえなくゴールを割られてしまった。
思わず雷門イレブンのみんなが呆然とする中、奴らはまるでここに居ない誰かに誇示するように胸を張って叫んでみせる。

「これぞ我らの真の力…」
「エイリア学園最強のチーム、カオスの実力だ!!」

そしてそこから奴らの攻撃は、まるで私たち雷門中を蹂躙するかのように激しく行われた。前回あれだけダイヤモンドダストを翻弄していた照美ちゃんのヘブンズタイムも二度破られてしまったことで、その技がもう奴らには通じないことが理解できてしまう。
そして、照美ちゃんが二度も抜かれたことで雷門中のみんなは見事に動揺してしまい、その隙をついて渡ったパスがあのパチモン宇宙人の彼に行く。

「ジェネシスの称号は俺たちにこそ相応しい!それを証明してやるぜぇ!!」

オーバーヘッドの体勢で繰り出されたアトミックフレアが、立向居くんのマジン・ザ・ハンドを再び貫いて追加点を決める。
そこからは、二点先取されたせいで勢いづいたらしい奴らによる独壇場だった。あらゆる必殺技を用いて蹂躙される雷門ゴール。立向居くんをはじめとしたディフェンス陣の必死の足掻きでさえも蹴散らすようにして、いつのまにか点数は10対0という大差をつけられていた。

「…みんな消耗が激しい。このままじゃ、前半終了まで持つかどうかも…!」
「…!」

視界の端で士郎くんが悔しそうにマフラーを握り締めているのが見えた。…その気持ちが、痛いほどに分かってしまう。
「自分は今ここで何をしているんだ」という無力感。何も出来ず、見守ることしか出来ない自分がもどかしくて憎らしくて仕方ないんだよね。…でも、士郎くんの今の仕事は悔やむことでも嘆くことでも無いよ。

「信じて」
「!」
「守を、みんなを…信じて」

11点目を決めんとする奴らと立向居くんの間に滑り込んだ守の姿が見えた。硬く歯を食いしばってその光景をじっと見つめる。だって守なら、大丈夫だから。いつだって諦めない守なら、どんな逆境でだって食らいついて足掻いて、最後に勝利の一手を掴んで見せるんだから。

「だあああああああっ!!!」

だから守がメガトンヘッドで見事にシュートを弾き返してみせた時は、無言で士郎くんに手のひらを差し出して、おずおずと差し出された手にパンと軽く打ちつけた。ほら言ったでしょ、と笑う私に、キョトンとしていた士郎くんも次第にゆるりと表情を緩めて笑う。
そしてそんな守のガッツもあってか、落ち気味だったみんなのやる気もだんだんと熱を取り戻してきた。相手方はまだ舐めてかかっているようだけれど…もう、きっと大丈夫だろう。

「見てご覧春奈ちゃん、鬼道くんの顔を」
「…!お兄ちゃんが悪い顔してますね!!」

そう、大抵鬼道くんがニタリとした悪い顔をしている時は、味方にとっての快心の策を思いついた時なのである。
別の言い方をすれば、敵陣の悪夢を引き連れてくるとも言うけどね。





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