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どうやら鬼道くん曰く、相手には「休止符」という名の穴があるらしい。
あのパチモン宇宙人ことバーンが率いていたプロミネンスの一員だったネッパーという選手は、どうやらダイヤモンドダストと手を組んでいることを良しとしていないらしく、あくまでプロミネンスの力だけを誇示したいらしい。そのせいか、ダイヤモンドダストの選手たちと連携が上手く取れていないのだと。

「だからあそこでカット出来たんだ…」
「あぁ、俺も理論上での仮説だったが、あれで証明することが出来たという訳だ」

そう、鬼道くんは何とその推測でしかない考えを試合中に実践してみたのだという。そのおかげでデスゾーン2発動からの得点に繋がったわけだが、随分大胆なことをするものだ。

「さすが鬼道くんだね」
「あぁ」
「…そう言えば、突飛なところが守に似てきたね、鬼道くんは」
「…褒められていると思っておこう」
「褒めてるよ」

そして何と、そう何と!!それに追加してあの立向居くんのムゲン・ザ・ハンドがとうとう完成したのだ。数多の腕が重なるようにしてあらゆる方向から飛んで来るボールを捕らえる、まさに究極奥義。守のディフェンス、初の得点、立向居くんのキーパー技完成と続いた明るい展開に、雷門中側は大喜びだ。

「よぉし、後半だ!逆転していくぞ!!」
「おお!!」

このままの勢いで突き進め、という何とも雷門中らしいみんなの威勢にこちらとしても勇気づけられる。
そしてさっそく、鬼道くんの読み通り互いに連携を取ることの出来ていない相手の隙をついて塔子ちゃんがボールを奪取、そのパスを受けた照美ちゃんが今度こそゴールを決めてくれた。
そのまま連続で得点し続け、とうとう10対7の三点差。さらに勢いを増していく雷門中とは裏腹にギスギスしていく宇宙人たちに、ガゼルとバーンは我慢の限界が来たらしい。

「こいつら…何をやってるんだ…!!」
「どうやら教えてやる必要がありそうだな…この試合の意味を…!!」

その時、二人が纏う空気が確かに変化した。ぞくりとした寒気を感じるほどにひりついた闘志に、離れた場所に居るベンチのみんなも思わず息を飲む。
ボールを持ったガゼルとバーンは豪炎寺くんや照美ちゃんを瞬く間に抜き去り、あっという間にゴール前へ辿り着く。…そして。

「みんな見ていろ…私たちの姿を…!」
「この試合に懸ける、俺たちの思いを!!」

雷門中のみんなだけでなく、あの二人の仲間である他の宇宙人でさえも呆気にとられる中、二人は私たち全員の前で高く跳躍してみせた。
それぞれの凍てつく氷と燃え盛る炎のパワーが凝縮され、凄まじいシュートとなって立向居くんの居るゴールへ飛んでいく。

「「ファイアブリザード!!!」」

迎え撃つは、立向居くんがようやく習得したムゲン・ザ・ハンド。幾重にも重なった小さな力は、どんな強力なシュートさえ止めて見せる。…そのはずだったのだけれど。
立向居くんのキーパー技を遥かに超えた勢いに押され、ボールは立向居くんごとゴールに突き刺さった。カオスの追加点。
そして、そんな二人が協力してゴールを決めたことがよほど信じられなかったのか、カオスの仲間たちの顔が驚愕に歪んでいる。

「…まずい」
「…薫ちゃん?」

この流れは、とてもまずい。鬼道くんが立てた作戦は、相手の不仲による連携の溝を突くことでボールを奪うものだった。しかしここであの二人が自ら手を組む姿勢を見せたことで、今後カオスは妥協してでもチームプレーを行ってくるだろう。
…そうなった時、前回よりも遥かに強くなったであろう彼らに対して私たちの勝ち目は無い。
そしてその悪い予想は残念ながらピタリと的中してしまった。目に見えて調子を取り戻したカオスにはもう先程までの隙は無く、ディフェンス陣が簡単に突破されてしまう。

「バーン様!ガゼル様!」

そして再びカオスの選手が空高く蹴ったボールへ向けて、あの二人がシュートを撃とうと跳び上がる。…ここで決められてしまえば、せっかく詰められた点差がまた開いてしまう。…けれどそれを防いでくれたのは、チームで一番の跳躍力を誇る綱海くんだった。体をねじ込むようにしてボールを奪い取った彼は、豪炎寺くんへパスを渡す。カウンターだ!

「行ったれ豪炎寺ィ!」

カオスのMFをも交わし、間も無くゴール前。この調子なら先ほど奪われた点もすぐに返せるはず。…そんな甘い私の考えは、次の瞬間にいとも簡単に砕け散ってしまった。
豪炎寺くんの元へ猛然と滑り込んで来たのは、二人のディフェンス。

「イグナイトスティール!」
「フローズンスティール!」

ただでさえ単体でも強力なディフェンス技が、二人がかりだ。さすがの豪炎寺くんでもこれには吹き飛ばされてしまう。
イグナイトスティールで相手選手の体を吹き飛ばし、フローズンスティールで溢れたボールを奪う。完璧な連携のディフェンス技。まだ単体なら対処のしようがあったのに、手を組まれるとここまで厄介だなんて。

「僕に任せて」
「…アフロディ?」

…けれどそこで、照美ちゃんが名乗り出た。彼曰く、自分ならあの技を突破出来るかもしれないらしい。確かに今この中で、一番可能性があるのは照美ちゃんかもしれない。
何故なら彼らの連携技には、わずか一瞬の隙がある。そこを突く為に必要なのは、類い稀無い判断力とスピード力だ。
そして既に破られているとはいえ、彼のスピードは未だに目を剥くほどのもの。
それなら、ここで照美ちゃんを信じて彼にボールを集めた方が良いのかもしれない。

「…分かった、アフロディにボールを集めよう」

けれどやはり、そう上手くは行かなかった。照美ちゃんのスピードをしてもあと一歩、あと僅かコンマの差であの壁を突破することが出来ない。ボールを奪われることだけは何とか避けているものの、このままじゃ、照美ちゃんの体が先にガタが来る。

「監督、ウチとアフロディを交代や。ウチが代わりに出る!」
「…それは許可出来ません」

瞳子監督のハッキリとした声に、あぁ、と思わず息を吐く。賢く頭の良いこの人も、既に理解してしまっている。
ここは照美ちゃんに頼ることしか出来ない状況でしか無いのだと。信じて見守るしか無いのだと。

「あなたの力では、あのディフェンスは破れないわ」
「そうかもしれへんけど、このままやったらアフロディが…!ちょ、薫も何か言ったれや!友達なんやろ!?」
「…言えないよ、そんなの」

ごめんね、リカちゃん。君は優しいからきっと照美ちゃんのことを思ってそう言ってくれている。私だってそう言いたい。ボロボロになっていく友達を見ているのは、とても辛くて堪らない。…でも、それでも。

「照美ちゃんが任せてって言ったの。なら、私は友達としても仲間としても、照美ちゃんなら出来るって信じるしかないの」
「…そんな、泣きそうな顔して言うことやないやん…」

スカートを握りしめることしか出来ない私を見て、リカちゃんの言葉尻が弱くなっていく。リカちゃんも、私の意思が監督と同じものだと理解したらしい。悔しそうに歯噛みしているのが分かった。
私の視界の向こう側では、照美ちゃんが再びカオスのディフェンスを破ろうと走り出していた。固唾を飲んで見守る。いける、照美ちゃんなら今度こそ、絶対に。

…けれど、次の瞬間に訪れたのは、私の待ち望んでいた結果では無かった。
照美ちゃんとカオスの選手二人の間を割くようにして落ちてきたのは、あの黒いボール。
眩く光り出したそれは、一瞬のうちに爆ぜて。

「照美ちゃんッ!!」
「___みんな楽しそうだね」

三人の体をいとも簡単に弾き飛ばす。思わず地面に倒れ伏している照美ちゃんの元に駆け寄り、彼を庇うようにして立つと頭上から降り注いできた声に空を仰ぐ。…グラウンドの壁の上、こちらを見下ろすようにしてそこに立っていた彼は、確か。

「ヒロト!」
「やぁ、円堂くん」

守へ向けてにこやかに微笑んで見せたグランと名乗っていた宇宙人は、軽やかに守の目の前にあるあの黒いボールへ向けて降り立ってみせると、全員からの疑惑や戸惑いの視線を気にせずに顔を上げた。私も照美ちゃんが立ち上がるのを支えながらその様子を伺う。

「お前…いったい、何しに」
「今日は君に用があって来たんじゃないんだ。…何勝手なことをしている」

守に向けていた穏やかだったその目は、バーンとガゼルを映した途端に冷酷な色に変わった。まるで怒気を孕んでいるようなその雰囲気に背筋が冷える。
それに一瞬たじろいだような彼らは、けれどやはり譲れないものがあるのか、真っ向からその目を睨み返して怒鳴った。

「俺は認めない!お前が『ジェネシス』に選ばれたことなど!!」

…選ばれた?ジェネシス?彼はたしかガイアと呼ばれていたチームのキャプテンだったはず。そしてこの状況を鑑みるに、マスターランクのチームはもともとこの三チームだったと思われる。…けれど、何かしらの事情でグラン率いるガイアがジェネシスに選ばれ、この二人のチームは用済みとなった。
しかしそれに納得がいかないから、こうして私たち雷門中を倒すことで上に実力を示そうとした…?

「我々は証明してみせる!雷門を倒して、誰がジェネシスに相応しいのか…!!」
「…往生際が悪いな」

その途端、ボールが再び眩く光りだす。…この光景は何度も見て来た。これは、奴らがどこかへと消える直前だ。
それを同じく察したらしい守が、グランへ向けて駆け寄る。待て!と叫んだ守へ向けて、グランはただ穏やかに微笑んで。…そうして、やはり跡形もなく宇宙人たちは全員姿を消してしまった。

「…ぅ」
「!照美ちゃん、大丈夫!?」

そして、それと同時に気が抜けたのか、照美ちゃんが今度こそがくりと倒れてしまった。みんなが駆け寄って来る中、必死に指示を飛ばして応急処置に当たる。
…そして照美ちゃんは、呼ばれた救急車に運ばれてそのまま入院が決まった。

それは実質上、ここでの彼のリタイアを意味していた。





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