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周囲のほとんど全く変わらない景色を眺めながら、しばらく瞳子監督の背中を追って歩き続ける。不気味なほどに誰の気配も無いそれが不安だったものの、そういう時は豪炎寺くんのジャージを掴んでやり過ごすことにした。何故だろう、安心感がすごいね。
「…何か、変な音がしないか?」
ふと塔子ちゃんが訝しげな顔でそう呟いたことに、私は思わず声にならない悲鳴を上げそうになって慌てて飲み込む。先ほどから全くと言って良いほど駄目だ。何せ私は、おばけのホラーは平気だけど生きてる人間の起こすホラーだけは駄目なのだ。その変な音とやらの発生源が人間だったら私は泣き叫んで逃げるからね、絶対だぞ。
…けれどその音に耳をそば立ててみると、何やら金属同士が規則的にぶつかり合うような音が聞こえてくる。
そしてそれは、こちらに、近づいてさえきているような…?
『侵入者発見、侵入者発見』
「…マズイわ」
『排除、排除!』
ガシャン、と大きな音を立てて次の曲がり角から現れたそれは、子供の大きさと何ら変わらない三体のロボットだった。それを視界に入れて私は、人間で無かったことに安堵したのだけれど。
威嚇射撃のように放たれたサッカーボールが壁にめり込んだのを見て、今度は別の意味で顔を真っ青にさせた。
「うわわわわわわ!」
「みんな脇道に入って!」
監督の言う通り脇道に向かって駆け出す。ビュンビュンと風を切って飛んでくるそれを何とか間一髪で避けながら、ふと踏み出そうとした目の前の床にボールがめり込む。当然、私はそれを避けようと慌てて足の着地地点を変えた。…それが、良くなかったのだろう。
「っ!!」
ぐきり、と左足首が嫌な音を立てた。そのまま倒れるようにして脇道に転がり込んだから誰にも気づかれてはいないけれど、その代わりに割と笑い事じゃないくらいの痛みが襲ってくる。…しまったな、これまでのツケが来てしまった。
私がもともと痛めていたのは宇宙人との戦いで怪我をした右足だ。それはもう、お医者さんの言う通りしっかりと完治している。
けれど問題は、私が無意識に右足を庇って左足に負担をかけ過ぎてしまうことだった。みんながあのロボットたちに対抗するための策について話し合っている間ゆっくりと立ち上がってみるけれど、これじゃまともに立って歩くのが精一杯、といったところだ。
「…どうした」
「あ、その…」
いつの間にかあのロボットたちは守たちみんなが何とかしてくれたらしく、前へ進もうとみんなが脇道から元の道へと出て行く中、動きがもたついていた私に気がついたらしい響木監督が私に目を向ける。それにつられてみんなの視線もこちらへ向いてしまった。
…こんなところで怪我したなんて情けないことをどうにも言い出しにくい。そんな躊躇いから目を泳がせていれば、立ち方で私の怪我を見抜いてしまったらしい響木監督は呆れたようにため息をついた。
「怪我をしたんだろう、さっき変な転げ方をしていたからな」
「…すみません、こんなところで」
「怪我をしたことを呆れてるんじゃない。やせ我慢しようとしていたことを呆れとるんだ」
「はい…」
守や豪炎寺くん、鬼道くんまで私の補助を願い出てくれたのだけれど、体格差やら力の関係で私は壁山くんにおぶってもらうことになった。後輩に負担をかけるだなんて、マネージャーとしてあるまじきことだけれ正直言ってこれはありがたい。
「大丈夫か薫…」
「うん、大丈夫。…むしろ、こんなところで足手纏いになってごめんね」
「足手纏いな訳がないだろう」
壁山くんにも謝ったけれど、何とも出来た後輩である彼は怒るどころか「役に立てて光栄っス!」と頼もしい声を上げてくれた。
…しばらくそんな調子で歩いていると、突然廊下を照らしていた光が一斉に消えた。思わずその場で立ち止まる私たちを他所に、等間隔で並んでいた横の壁の扉のうちの一つが音も無く開いていく。…まるでそれは、私たちを誘導しているかのような。
「…こっちに来いってこと?」
「…あぁ、恐らくな」
瞳子監督は、そのあからさまな誘導に僅かに躊躇っていたようだったけれど、やがてその誘いに乗ることに決めたのかその道を選んで進み始めた。私たちも当然その後ろに続く。
やがてたどり着いたのは、今までの扉の中でも一際大きな扉の前。私たちを迎え入れるように開いたそこをくぐって入っていけば、背後で扉が無機質な音を立てて閉まった。
たしかに背後で突然閉められるのは怖いけど、私は今の壁山くんの声の方がよっぽど驚いたし怖かった。
「…光?」
「…いや、あれはホログラムだ」
…部屋に入った私たちを待っていたのは、鬼道くん曰くホログラムとして空中に突如現れた全ての黒幕である吉良星二郎だった。瞳子監督がお父さん、と呼んだことからそれは間違いのない事実であるということが分かる。
そして、そんなこの人が穏やかな顔で切り出した話は、まるで途方も無い壮大で恐ろしい計画についてだった。
[___日本全国首脳陣の皆様、お待たせいたしました。只今より我が国が強大な国家として世界に君臨するためのプレゼンテーションを始めさせていただきます]
曰く、そもそもエイリア学園の正体は宇宙人では無く「ただの人間」であるのだと。
曰く、すべての計画は五年前に地球へ飛来した「エイリア石」を手に入れたことから始まったのだと。
脳に働きかけることで、人間の身体能力を飛躍的に向上させ、使い方によっては心でさえも意のままに操れてしまえるものであるということさえ。
…吐き気がした。つまり、彼らは。宇宙人と名乗っていた彼らはみんな、私たちと同じ人間で。この人の野望の為だけに、人間兵器として使われていた。
「…佐久間くん、たちも?」
ポツリと呟いた言葉に反応したのは、鬼道くんだった。真帝国学園で再会したときは、まるで様子の変わっていたという彼ら。…ただ心の弱いところに漬け込んだだけじゃ、きっと佐久間くんたちが寝返ることなんて無かった。
もしも、その寝返りに抗いようのない何かが絡んでいたとしたなら、それは。
「…どうして…!!」
傷つけあった鬼道くんたち。
致命傷になりかけた怪我を負った佐久間くんたち。
石を利用したのは、総帥さんだったのかもしれない。けれど、その力を与えてしまったのは紛れも無いこの人だったとしたなら。
[私は総理大臣…財前総介にこのエイリア石を使って強い戦士を作る計画提案しました。それがハイソルジャーです]
瞳子監督が言うには、人間を戦うマシンに変える恐ろしい計画らしい。
当然、総理大臣はそれを拒否した。当たり前だ。日本が平和主義を掲げている限り、この国に不要な兵器は必要無い。そもそも、人間を兵器にしてしまうなんて、正気の沙汰とも思えなかった。
そして拒否された吉良星二郎は、ならば分らせてやろうと思ったのだという。
総理大臣が一番好きなスポーツであるサッカー、それを使うことによって。
「___これが謎の全てよ。エイリア学園は宇宙人じゃない。エイリア石によって人工的に強化された…人間なの」
…監督は、いったい今日までどんな思いでその秘密を一人抱えていたのだろう。みんなを敵に回しても、疑われても、この人は一度だって私たちに弱音を吐いたことは無かった。
エイリア学園が皆人間だったと知ったその時、私たちが現実に心を折られてしまわないが為に。
そして、吉良星二郎の声とともに再び映像が切り替わる。…そこに居たのは、あのグランと名乗っていた少年を中心とした11人。
『究極の戦士、その名はザ・ジェネシス。その素晴らしい能力、完璧なる強さを、最高の舞台でご覧入れましょう』
そして彼はその戦う相手を、私たち雷門イレブンだと言った。その言葉を耳にして、頭がカッと熱くなる。
…こんな、こんなふざけた実験の為に、私たちを巻き込むのか。純粋にサッカーを楽しみ、強くなってきた私たちを利用しようというのか。
そんなの、あまりにも可笑しすぎるじゃないか。
…スポットライトの光が弱まっていく。言いたいことだけを告げてあっさりと消えていったホログラムを睨みつけていれば、真正面から突然眩い光が私たちを照らす。
逆光を睨みつけた瞳子監督は、そこに立っていたひょろ長い男を睨みつけて、憎々しげにその名を呼んだ。
「剣崎…!」
「ようこそ、雷門イレブンのみなさん。…旦那様がお呼びです」
暗について来い、と言っているのが分かった。あの怪しすぎる男について行くのは何となく気が引けて仕方なかったけれど、私たちにもう退路は無い。悔しいけれど、ここで私たちが戦わなければこの国が危険に晒されるかもしれないのだ。
…そしてついて行った先、そこには今までの無機質な構造とは違って何とも趣深い日本家屋があった。
そのギャップに戸惑いながらもたどり着いた縁側、そこに腰掛ける吉良星二郎その人はただ穏やかに瞳子監督へ微笑みかける。
「プレゼンテーションはどうでしたか」
よくできていたでしょう、と少しだけ得意げに言ってみせるその人が、私にとっては今はただ恐ろしい。…先ほどまで、人間兵器を用いて世界の支配を企んでいた人とは思えないほどの穏やかさ。
しかしその内面に潜んでいるのは、間違いなくあの狂気なのだ。
瞳子監督は、そんな父親である彼に向かって訴えかけるように叫ぶ。
「お父さんは間違っています。ハイソルジャー計画をやめて下さい!!」
「……どうやら分かっていないようですね。お前たちも私の計画の一部に組み込まれていたということが」
…その一言に、頭が真っ白になった。今、この人は何と言った?
計画?私たちの参戦が、瞳子監督の就任が全部、何もかもがこの人の計画の一部だった?
瞳子監督は、その言葉に虚を突かれたように黙り込む。そして再び恐る恐る吐き出された言葉は、最悪の想像をしたせいで微かに震えていた。
「どういう、意味ですか…」
「…エイリア学園との戦いで鍛えられたお前たちが、ザ・ジェネシスににとっていずれ最高の対戦相手になるだろうと思ったからですよ」
…つまり、最初のジェミニストームもイプシロンも、ダイヤモンドダストもプロミネンスもカオスでさえも。
ただ、私たちを絶好の対戦相手に仕立て上げる為だけの駒だったと、この人はそう言いたいのだろうか。
不思議には思っていた。私や豪炎寺くんを拉致しようとしたことはあっても、守たち雷門イレブンに手を出すことまではしなかったエイリア学園のことを。…その真実が、こんな形で分かるだなんて。
「瞳子。お前は良い仕事をしてくれました。礼を言いますよ」
そしてそれが、自分の過ちを何とか止めようと奔走した実の娘に対して向ける、父親の言葉なのか。
…そんなの、あんまりじゃないか。何を犠牲にしたってここまでやって来た、この人によりよってこんなこと。
「私のしてきたことが…エイリア学園のためだったというの…?」
「瞳子監督…!」
瞳子監督の目が絶望に染まる。誰よりも真っ直ぐに、時に冷酷になってまで前を見据えていた監督にそんな顔をして欲しく無かった。
…吉良星二郎はそんな娘を一瞥して、罪悪感すら感じないとでも言いたげな穏やかな顔で立ち上がる。
「さぁ、試合の準備をしてください。ジェネシスが待っていますよ」
自分の存在意義を見失わんとする、実の娘を置き去りにして。