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とうとう試合が始まった。あの雷門中でのジェミニストームの襲撃から始まった、エイリア学園との戦いの最後となる決着戦。
ジェネシスのキックオフと共に動き出した試合は、その直後に怒涛の展開を見せる。素早い動きで雷門陣営に侵入してきたジェネシスからのシュート。小手調べといったところだろうか。
しかし、それはゴールに届く前に立ちはだかった守のメガトンヘッドで無事にクリア。即座にカウンター攻撃に移る。

「つうてんかくシュート!」

鬼道くんから一之瀬くん、そして豪炎寺くんを経由して再び一之瀬くんの元に戻ってきたボールは、最終的にリカちゃんの元へ。
しかし、そんな彼女が放った新技でもあるシュートはあっさりと止められてしまった。
みんなも気合いが入っているのか、これまでとは比べものにならないほどの早急な試合運びに思わず息を飲んだ。そして、再びみんなが繋いだパスが今度は豪炎寺くんに渡る。

「爆熱ストーム!!」

何度も何度も壁を打ち砕いてきた豪炎寺くんの必殺シュート。やはりいつもより威力も増してゴールへと迫るそれを、なぜかジェネシスのゴールキーパーは焦ることなく余裕げな表情を浮かべるばかりで。
静かにほくそ笑むゴールキーパーがボールに向けて手を翳す。

「プロキオンネット!」

掌から広がる光線状の網はボールの纏った炎を抑え込み、完璧に捕らえて見せた。確実に得点できると思っていたベンチ陣が愕然としているのが分かる。…私もそうだ。今のシュートは決まると、そう思っていたのに。

「…苦戦は承知の上よ」

ただ一人その中でも狼狽た様子を見せなかった瞳子監督は、しかし僅かに苦々しげな顔をしている。
…たしかにそれもそうだ。苦戦することは、きっと選手のみんなも分かっている。問題は、そこからどうやって雷門のペースに持っていけるかなのだから。
しかし、そんな雷門を同然奴らは待っていてはくれない。ゴールキーパーから繋がったボールをパスで繋ぎ、尋常じゃない連携速度で雷門陣営に攻め込んできた。
そして、最終的にボールはグランに渡って。

「止めろ立向居ッ!!」
「流星ブレード!」

グランの放つシュートが何かを理解したらしい守が、後方の立向居くんに向けて叫ぶものの、無情にもそのシュートは立向居くんのムゲン・ザ・ハンドを貫いて失点を許してしまった。…ここまで、たったの二分程度。ここまで一方的になるなんて思ってもいなかった。

「分かっただろう?最強がどちらなのか…」

余裕そうな表情でそう言い放ったグランに、守は悔しそうな顔で歯噛みしている。ベンチにいる隣の士郎くんも、どこかやるせない面持ちで顔を強張らせていた。…きっと、彼も悔しいのだろう。
しかしそれよりもまずいのは…この短時間で立向居くんが究極奥義であるムゲン・ザ・ハンドを破られてしまったことだ。
案の定みんなは驚愕と愕然のせいで、あの試合前のやる気が見事に削がれてしまっている。
…けれど、そんなみんなを叱咤したのは。

「顔を上げなさい!」

他でもない、瞳子監督その人だった。
みんなの視線が集まる中、それに怯むことなく監督は真っ直ぐに言い放つ。

「自分を信じなさい!そうすれば貴方たちは勝てる!私は信じているわ!!」
「…瞳子監督…」

…そうだ、監督の言う通りだ。誰よりも自分こそが、今日まで必死にここまでやってきた自分を信じなくてどうするのだ。
苦しい日々があった。
悲しい別れがあった。
自分の不甲斐なさに涙した日も。
新たに一歩進めた成長に喜びあった日だってあった。
ここで諦めて後ろを向いてしまうということは、そんな自分たちの歩んできた道そのものを否定することなんじゃないのだろうか。

「そうだ…最初はジェミニストームにも全然敵わなかった」
「でも今は、最強のジェネシスとも戦えるまでになった!」

みんなの目に光が戻っていく。自分たちはやれるのだと、何度敗北を重ねてなお立ち上がってきた自分たち自身が何よりも証明してくれていた。
私たちは強くなっている。ここまでの道のりを乗り越えてきた今こそが、その証明なのだから。

「監督の言う通りだ!みんな絶対勝つぞ!!」
「おう!!」

守の鼓舞にみんなが応える。その顔には、先ほどまでの絶望も愕然も既に何処にも見えなかった。
再びみんなが走り出す。ジェネシスのディフェンスを潜り抜け、前へ前へと駆け上がっていく豪炎寺くんは、この固いディフェンスを崩すために何か考えているように見えた。…そして。

「行け、円堂!!」
「うおぉぉぉぉぉ!!メガトンヘッド!!」

まさかの後方への爆熱ストーム。そしてそれは決してヤケでもミスでもなく、正真正銘私たちの勝利に繋げるための一手であった。
豪炎寺くんから放たれたシュートは守へのパスとなり、そんな豪炎寺くんの意図を読み取ったらしい守は即座にゴールへ向けてヘディングシュートを放つ。
…残念ながらそれはやはり止められてしまったものの、みんなの戦意が失せることはない。良い傾向だ。

「グランに渡すな!」

鬼道くんが声を飛ばすや否や、守がグランの背後にピタリと張り付く。…どうやら彼のマークは守が請け負ったらしい。
たしかにジェネシスの中で、一番に警戒すべきはチームのトップに立つグランだ。彼を自由にしていて良いことは一つも無い。
けれど、やはり最強の名を冠する彼らが一枚岩である訳がなく。

「グランだけだと思うな!!」

青い髪の女の子が、弾丸のようなスピードでディフェンスの間を抜けていく。木暮くんが技で何とか応戦しようとするものの、彼女は技を出す前に呆気なく抜き去ってしまった。
そして無慈悲にもその間に、守だけでなくまさかの鬼道くんのマークまでをも振り切ったらしいグランが攻め上がり、パスを受けて二度目の流星ブレードの体勢に入るのが見えた。

「しまった…!!」
「立向居くん!!」

凄まじい威力のシュートが再びゴールを襲う。先ほど呆気なくムゲン・ザ・ハンドを破られてしまったことが頭をよぎったのか、立向居くんの顔が一瞬強張ったものの迷っている暇は無い。
立向居くんもそれは理解していたらしく、即座に繰り出したムゲン・ザ・ハンドがボールを捕らえた。…しかしやはりあと一歩、止めるまでには力が足りない。
金色の腕を砕いてゴールへと向かうボール。あわや追加点か、と誰もが顔を歪めた。…そのときだった。

「どぉりゃあぁぁぁぁぁ!!!」

ゴールライン寸前で飛び込んできた綱海くんが足を懸命に伸ばし、シュートの軌道をギリギリの瀬戸際で変えた。ゴールポストに当たって弾き飛ばされたボールをよそに、綱海くんの体は勢い余ってそのままゴールネットに突っ込む。

「良いぞ綱海!」
「おう!ちょっとカッコ悪いけどな!」

そんなことは無い。今のは最高にカッコよかった。全身全霊で拍手を送りたいくらいのナイスプレー。立向居くんは未だ究極奥義を破られたことを引き摺っているようだが、彼はもしや「究極奥義に完成無し」というお祖父ちゃんの教えを忘れてはいないだろうか。
内心そんな風にハラハラしつつ固唾を飲んで見守っていれば、ふと、隣の士郎くんの様子が可笑しいことに気がついた。

「…士郎くん?」
「…僕はもう、こんなところで座っているだけなんて嫌なんだ…!」
「!」

士郎くんの瞳に見えたのは、決意の色。不安も垣間見えるその瞳はそれでも、揺らぐことのない意志を称えて真っ直ぐにフィールドを見つめていた。

「監督!僕を試合に出してください!!」

思わず瞳子監督を見遣れば、監督の顔色もやや緊張が入り混じった難しげなものになっていた。…監督もきっと、迷っている。
ここで決定打が欲しい。
豪炎寺くんだけでは攻撃の幅が広がらないことも理解していて、そこに士郎くんが入れば転機が訪れる可能性があることも。…しかし、それ以上に士郎くんの精神状態の不安定さを考えれば、そう簡単に彼を試合に出す訳には行かなくなる。…でも。

「士郎くんを試合に出してください、監督」
「薫ちゃん!?」
「…貴女は、賛成なのね」

賛成なものか。本当は、胃がねじ切れそうなほど士郎くんのことが心配だし、叶うなら彼を諭してベンチに縛りつけておきたいくらいだ。
でも、そんな他でも無い士郎くん自身が立ち上がったのだ。戦いたいと望んで、自分から苦しい道を進むと決めたのだから。

「男が一度やれると言ったんだから、士郎くんはやれるんです!!」
「どこの理論ですかそれは!?」

うるさい目金くん。今の私はヤケクソ気味だから下手すると眼鏡をかち割るぞ。ベンチは私の言葉にポカンとしているし、士郎くんでさえ呆気に取られている。
けれど、監督は先ほどまでの緊張は何処へやら。多少呆れたようにため息をついて、しかしすぐさま凛とした表情で指示を出した。

「選手交代!浦部リカに代わって、吹雪士郎!」

雷門イレブンに驚愕と緊張の空気が走る。士郎くんの体調やら精神やらを心配しているのだろう。とても気持ちは分かるけど、そろそろ腹を括ろう。
私は士郎くんを手招きすると、不思議そうにしゃがみ込んでくれた士郎くんの両頬を挟んで額を合わせた。

「…本当は行かせたくないよ。これ以上、士郎くんに無理はしないで欲しい」
「…」
「だから、無理だけは、しないこと。…約束だよ」
「…!うん、ありがとう、薫さん」
「頑張れ士郎くん」

背中を叩いてフィールドに向けて送り出す。私が彼にしてやれるのは、きっとここまでだ。後は士郎くん自身と、守たち雷門イレブンのみんなに任せた。
どうか、勝利を掴んで欲しい。けれどそれは、みんなが笑えるような最後じゃなきゃ駄目だ。…そんなのは、私の自分勝手なわがままかもしれないけれど。





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