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士郎くんにボールを集める、という形で雷門は試合展開をしていくらしい。さっそく守がゴール間際でクリアしたボールを敵に渡る前にカットした豪炎寺くんが、何故か遠く離れた場所からゴール目掛けてファイアトルネードを放つ。
側から見れば、ヤケになった豪炎寺くんの無謀な可能性に掛けた攻撃に見えるけれど、実際はそうじゃない。
豪炎寺くんが狙ったのは、猛然とピッチを駆け上がっていく士郎くんへのパスだ。

「!士郎くん」

でもそのボールを受け取ったのが士郎くんではなく、アツヤくんの人格なことにすぐ様気が付いて私は思わず悲鳴を上げかけた。あれじゃ、駄目なのだ。ただ沖縄の試合展開を繰り返しているだけ。
現にシュートを止められたアツヤくんからすぐさま士郎くんに戻った彼がグランに向けてアイスグランドでボールを奪いに行くものの、焦りっぱなしなことは見抜かれているのか、グランは士郎くんのディフェンスをいとも簡単に弾き飛ばした。

「僕のプレーが全然通用しない…完璧にならなきゃいけないのに…!」

…もはや、呪いだ。完璧という言葉が士郎くんを雁字搦めに縛ってしまっているせいで、上手くいかない現状がさらに焦りを呼んでいる。完璧じゃなくても良いのだと他人が何度叫んでも、士郎くんの心がそれを本心で理解しなければ意味が無いのだ。…だからこそ、私に打てる手もしてやれることも既にもう無くて。
…そしてその間に敵が士郎くんを待っていてくれる訳がなく、雷門陣営に入り込んだグランが守と壁山くんを抜き去ってゴール前まで迫ってきていた。

「ムゲン・ザ・ハンドは通用しない…どうすれば…!!」
「情けねー顔すんな立向居!」

その時だった。強張った顔で構えているゴールの立向居くんの前に、綱海くん木暮くん塔子ちゃんの三人が立ちはだかったのは。
綱海くんは、未だ迷いの見える立向居くんを叱咤するように叫んだ。

「俯いてるだけじゃ、何も解決しねーんだよ!!」

塔子ちゃんの合図で、その技は展開される。目を細めたグランが再び流星ブレードを放ったものの、三人が揃って繰り出されたディフェンス技…「パーフェクトタワー」は、そのシュートを完璧に弾いて見せたのだ。思わず興奮のあまり何も考えず立ち上がり、途端に左足の痛みに呻いてベンチに逆戻りする。痛い。

「アンタ、アホやろ」
「何も言えない」

リカちゃんガチトーンのアホをいただいてしまった。これには文句も出てこない。春奈ちゃんたちからも怒られて、ジッとしてなさいと注意されてしまったし。面目なさ過ぎる。
そして私がそんなアホをしている間にも、試合はどんどん進んでいく。
ウルビダ、という名前らしいあの青い髪の女の子がスローインするのをカットした鬼道くんが、即座に士郎くんへ向けてパスを出した。…しかし、そんな士郎くんは何故か固い表情で呆然としていて、ボールが向かってきていることに気がついていない。

「吹雪!」
「っ!」

鬼道くんの声かけは間に合わず、士郎くんのトラップミスでボールはコート外に転がり出た。絶望したような顔で歯噛みする士郎くんを見て、私は思わず胸元をギュッと握りしめる。…やっぱりまだ、士郎くんがフィールドに戻るのは早かった?無理を言わせてしまっていた?
私にはもう、信じることしか出来なかったとしてもやっぱり引き止めるべきだったのか。
…しかしそんな悲痛な考えは、私が思わず士郎くんの名前を呼ぼうとした瞬間に士郎くんの鳩尾目掛けて放たれた炎のシュートにすっぽりと抜け落ちてしまう。え?

「豪炎寺くん!?」

…そうだ。士郎くんの鳩尾目掛けてシュートを打ったのは紛れもなく、お腹を押さえて蹲る士郎くんを険しい顔で見下ろしている豪炎寺くんだった。
信じられないような顔で豪炎寺くんを見上げる士郎くんに向けて、豪炎寺くんは厳しい言葉を言い放つ。

「…本気のプレーで失敗するなら良い。だが、やる気のないプレーだけは絶対に許さない!!」
「!」

…手厳しい、豪炎寺くんの言葉。しかし何一つだって間違ってはいないそれを、士郎くんはどんな思いで受け止めているのだろう。呆然としている士郎くんの横顔を見つめながら思わず祈るように手を組む。
今、私が士郎くんに対して願うのはただ一つ。
士郎くんが完璧という呪縛から解放されて、彼らしいサッカーを心から楽しめるように。

「お前には聞こえないのか、あの声が!!」
「声……?」

そうだよ、士郎くんは一人じゃない。君が気がついていないだけで、手を差し伸べて必死に君を絶望の底から救おうと足掻いてくれている人はたくさんいる。私も、豪炎寺くんだってもちろんそのうちの一人なのだから。
ふと、士郎くんと目が合った。まるで迷子のように、帰り道の分からない子供が縋ってくるような戸惑いの瞳。
私は、そんな士郎くんに向けて優しく微笑んだ。大丈夫、不安にならなくたって良いんだよ。
帰り道が分からないなら、また何度だって手を引いてあげるから。
そして一緒に帰ろう、士郎くん。

「…頑張れ」

士郎くんの目が何かに気がついたように、泣きそうに歪む。その口元は笑みの形を象っていて、まるで迎えを待ちわびた子供のように彼が幼く見えた。
…試合は続いていく。必死でボールに食らいつき、繋いで、チャンスを狙って果敢に攻め続けている。

「行けっ!!吹雪ィ!!」

グランの流星ブレードを守がメガトンヘッドで弾き飛ばした。士郎くんの元へ飛んだそのボールが運んだのは、守だけでないみんなの信頼と思いだ。
士郎くんなら、出来る。何度失敗したって良い。それでも何度だって繋いでみせる。信じているから。
勝利への渇望、これまでの道のりの険しさ、重ねてきた努力、紡いできた絆。
このパスは、その全てが積み重なって繋がったボールだ。それを他でもない士郎くんに託す。…前にも言ったでしょ、士郎くん。

雷門のみんなは、君を一人にしてはくれないんだよ。

「…聞こえる、ボールからみんなの声が。みんなの思いが込められたボール…みんなの…!」

士郎くんの目が、光を取り戻して輝き出す。憑物が落ちたような、そして何かから解放されたようにサッパリとした顔からは、もうあの悲痛そうな表情は何処にも見えない。
士郎くんのトレードマークでもあるマフラー、それを放り捨てて彼は走り始める。
豪炎寺くんと並んで凄まじいスピードで駆けて行くその姿を見て、思わず涙が滲んだのを乱暴に腕で拭いとった。今、泣くのは早すぎるのだから。

「これが、完璧になることの答えだ!!」

空中へ打ち上げたボールから、まるで暗闇を裂くような夜の冷気が如き闘気が膨れ上がっていくのが分かる。力を込めた士郎くんの背に見えたのは、オオカミ。
本当の意味で今、雷門イレブンの仲間になった彼だからこそ得ることのできた新必殺技。

「ウルフレジェンド!!」

咆哮をあげたオオカミは、士郎くんの思いも覚悟も何もかもを背負ってゴールへと噛みつく。キーパーの技さえ食らい尽くして無理やりこじ開けた同点ゴール。
歓喜の声を上げて士郎くんの周りへ集まるみんなと、その中心で晴れやかに笑う士郎くんを見ていれば、何となく肩の荷が降りたような、そんな気持ちにさえなった。

「…目金くん、士郎くんのマフラー、持ってきてくれないかな」
「分かりました」

動けない私の代わりに目金くんに頼んで持ってきてもらった、士郎くんのマフラー。…アツヤくんの形見でもある、士郎くんの宝物。
僅かについた草を払い落として、私は古びたそれを優しく撫でて笑った。

「…ありがとう、アツヤくん」

私には、アツヤくんのことは分からない。士郎くんだけが認識し、共に在り続けた今は何処にもいない人間性。
けれど、そんな彼は確かに士郎くんの心の支えになってくれていたはずで。そしてきっと今、兄である士郎くんが前に進めたことを、喜んでくれているはずだから。

「士郎くんを守ってくれて、ありがとう」

___何処か遠くで、満足げに笑う子供の声が聞こえたような気がした。





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