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「我々ジェネシスが、点を失うだと…」
「…これ以上父さんに恥をかかせる訳にはいかない。良いな!」

そして当然、同点ともなれば敵もさらに本気を出してくる。先ほどよりも随分険しい顔で攻め上がってくるジェネシスたちは、怒涛の勢いで雷門のディフェンスを突破していく。
…残すは、ゴール前の門番であるキーパーの立向居くんただ一人。
しかし、先ほどまであれだけ不安そうだった彼の目から迷いが消えているのが分かって、思わず息を呑んだ。

「諦めない…俺だって…!」

グランの流星ブレードが再び、立向居くん目掛けて放たれる。先ほどまでより威力の上がったそのシュートから、立向居くんは逃げることなく真っ直ぐに立ちはだかった。
ありったけの力を込めて、立向居くんが吼える。

「俺だって、雷門の一員なんだ!!!」

繰り出されたムゲン・ザ・ハンドは、そんな立向居くんの気迫に応えるようにしてさらなる進化を遂げた。金色の腕は前よりも強靭に、そしてさらに数を増やして、自陣のゴールを蹂躙せんとする流星をその手の内で殺す。雷門イレブンのみんながそれを見てさらに沸き立った。

「立向居!!」
「良いぞ!ついに取ったな!!」

究極奥義は進化する。立向居くんが諦めない限り何度でも、何処までだって。
悔しげに顔を歪めているグランに向けて、ウルビダが何やら話しかけているのが見えた。互いの顔が険しいことから、今の自分たちの流れの悪さを悟っているのだろう。
…けれど、このままなら確かにいけるかもしれない。勢いに乗ってきた、今なら。

「っ!?」
「何なの!?」

しかしその時突然、ピッチ全体を揺るがすような地響きが聞こえてきた。まるで地震のように揺れるのをマネージャー同士みんなでしがみつき合いながら耐える。やがてその揺れは止まったけれど、それが一体何を原因とした揺れなのか分からない今、ただただ不安で仕方が無かった。
するとその時、私のポケットに入っていた携帯がブルブルと震え出す。慌てて取り出してみれば、それは鬼瓦のおじさんからの着信だった。

[もしもし、お嬢さんか!?]
「ど、どうしたんですか!?」
[ジェネシスの選手たちにエナジーを送っているシステムを破壊した。これで彼らの身体能力は普通の人間と同じになるはずだ]
「!それは本当ですか!?」

不思議そうな顔の監督たちに今おじさんから言われたことをそっくりそのまま伝えると、みんな目に見えて表情が明るくなるのが分かった。
瞳子監督だけは、まるで嫌な予感がするとでも言いたげに訝しげな顔で吉良星二郎のいる場所を見ていたのだが…その嫌な予感は残念ながらズバリ的中することになった。

[ご苦労様、鬼瓦警部。しかし貴方たちの苦労も残念ながら無駄だったようです]
「…無駄?」

…何を言っているのだろう。あの人はエイリア石とやらの有能さを語り、そのプレゼンテーションとして今ここで試合をさせているんじゃ無かったのか。
その言い方だとまるで、エイリア石が有ろうが無かろうがどうでも良いという風にしか聞こえない。

[貴方たちの考える通り、確かにエイリア石から出るエナジーには、人間を強化する効果があり、エナジーの供給が切れると元に戻ってしまう…]

だから、もうジェネシスたちは普通の人間と同じに戻ったんじゃないのか。それなら現状でも渡り合えている守たちに軍配が上がるのは目に見えている。…だというのに、どうして吉良星二郎はそんなに余裕そうな顔が出来ている。

[では、そのエイリア石で強くなったジェミニストームやイプシロンを相手に人間自身の能力を鍛えたら?]

ヒュウ、と言葉にならなかった声が喉の奥に消えた。
今、この人は何と言ったのだろう。まるでその言い方だと、自分のために尽くしてきた子供たちでさえ道具として使い潰したのだと自白しているように聞こえるじゃないか。
そしてそれを、私たちと変わらない年の子供に強要させたのか。…そんなの、虐待と何ら変わりない。

[ジェネシスこそ、新たなる人の形。ジェネシス計画そのものなのです]
「ッお前の勝手で!!みんなの大好きなサッカーを悪いことに使うな!!」

守が怒りのままに叫ぶ。私は、たった今聞かされたおぞましい真実が恐ろしくて堪らなくて、震える体を抱き締めるように俯いていた。…自分を父親と慕う子供たちなのに。その情さえ利用して、切り捨てて。そこまでして叶えたい野望は、そんなに崇高なものなのか。

「君たちに崇高な考えの父さんを理解出来るはずがない」
「ヒロト!!」

理解なんてしたくない。そんな狂気的までに崇拝する子供たちと、それを踏みにじって利用してなお笑っているあの男の歪な関係性なんて、一生を懸けたって理解出来るとは思わなかった。
ジェネシスの必殺技であるシュートが、進化したはずの立向居くんのシュートを砕いて点差を広げる。…そして、この力がエイリア石で無く彼ら自身の力なのだと知ること、それは私たちを絶望させるには十分過ぎた。

[さあ、分かったでしょう。ジェネシスこそ、世界を支配する真の力を持つ者たちなのです]
「違う…こんなの、サッカーじゃない!!お前はサッカーを汚してるだけだ!!」

…そうだ、守の言う通りだ。こんな大人の策謀や野望に塗れたものを、断固としてサッカーと認めるものか。

「力っていうのは、みんなが努力してつけるものなんだ!!お前のやり方は間違ってる!!」
[何が間違っているものですか]

守の必死な訴えの叫び声を、あの人は鼻で笑って見せた。雷門がここまで強くなったのは、そんなジェミニストームやイプシロンたちと戦ってきたからだと。彼らとの戦いが無ければ強くなるきっかけさえ与えられなかったと。
だからこそエイリア石を利用したという意味では、私たちもエイリア学園とは同じ穴の狢であると。
…否定することが出来なかった。確かにここまで来られたのは、エイリア学園の仲間である彼らと何度も戦い経験を積んできたからなのだから。
…けれど、その次に吐き捨てるように口にした言葉を、私は聞き逃すことが出来なかった。

[雷門もすっかりメンバーが変わり強くなりましたね。ですが道具を入れ替えたからこそ、ここまで強くなれたのです]
「……………………………は?」

脳が、その言葉を理解することを拒んだ。
先ほどまで煮えたぎっていた頭の熱が急速に冷えていくのは、怒りが覚めたからじゃない。…怒りがとうとう一周回って、冷えるしか他無かったのだ。
道具?誰のことを言っている?お前の言う道具とはまさか、キャラバンを降りざるを得なかった人たちのことを言っているのか。
無念のまま旅にさえ出られなかった半田くんたちも。
力及ばないことに苦悩してこれ以上の戦いを拒まざるを得なかった風丸くんと栗松くんも。
一生懸命チームのために尽くし、けれど怪我を負って無念の途中退場を強いられた染岡くんや照美ちゃんも。
何も知らないくせに。彼らの葛藤や苦しみでさえ考えようともしないくせに。お前にとっては、全部全部が道具に見えるのか。

「…ふざけないで…!!」
「薫ちゃん落ち着いて…!!」

理性がぶちり、ぶちりと切れていく音がする。憎しみにさえ近い感情を抱いて、私は奴を睨みつけた。
実力が無い?だから怪我をする?子供に犯罪の片棒を担がせて、自分は何も汚さないまま綺麗な手で茶を啜っているだけの人間が何をほざくのだろう。

「風丸くんたちは弱く無い…!!」

試合が再開する。私と同じように怒りで頭いっぱいの守が、先ほどまでとはまるで違う激しいプレーをするのを視界の端で見ながら、私は必死でこの激情を抑えようと唇を噛み締めた。…悔しい、悔しいのだ。あんな外道の策に乗ってまんまと怒り狂ってしまったことが、こんなにも悔しくて堪らない。
…そんな私を見かねたのだろう。横から伸びた手が私の肩を掴んで、まるで言い聞かせるように体を揺さぶってきた。…夏未ちゃんだった。

「しっかりしなさい!!」
「…なつみ、ちゃ」
「貴方まで憎しみに囚われてどうするの!!貴方が叱らなきゃ、誰が円堂くんを止めるのよ!!」
「!」

…そこでようやく私は、冷静な思考で守を見ることができた。…そうだよ、どうして私はあんな守のプレーに疑問を抱かなかったのだろう。
怒りに任せ、苛立ちを相手にぶつけるようなプレー。そんなの、私が好きな守のサッカーじゃない。
誰に対してだっていつも真っ直ぐに、本気の正々堂々としたプレーで挑むのが、守のサッカーだったじゃないか。

「…ありがとう、夏未ちゃん」
「…本当に、ちゃんとしっかりしてちょうだい」

一度深く深呼吸し、思い切り両頬を叩いて気合を入れ直す。周りのみんながドン引きしている気配を感じたけれど、それには構わなかった。頬が痛いけれど、これは私がまだまだ未熟だった証だ。簡単に自分の感情に呑まれて、見るべき現状から目を逸らしてはいけなかったのだから。
そしてちょうどその時、前半の終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。





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