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人の心は、一人だけでは変えられない。そう言った瞳子監督の言葉に守は目を覚ましたらしい。自分を心配げに見つめる仲間たちに気づいた守は、悔やむように顔を歪めた。…そして。

「…薫!頼む!!」
「はいッ!!」

守の合図に間髪入れず両頬を叩くようにして挟む。随分良い音が鳴った。みんなが顔を引きつらせているけれど、気合を入れ直したいときの守は大体この手を使う。私も先ほど自分で自分の頬を叩いたため、二人とも頬が真っ赤になっている。双子揃って何とも間抜けな顔だ。
守は痛みに一瞬顔を顰めたものの、すぐさまみんなに向かって頭を下げる。

「ごめんッ!!」
「…円堂、怒っているのはお前だけじゃない」
「俺たち全員、ここに来れなかった奴らの気持ちを引き継いでいる」

豪炎寺くんも、鬼道くんも。守の怒りはみんなも同じなのだと言ってくれた。仲間を侮辱されて悔しいのは、何も守だけでは無いのだと。
…たしかにそうだ。たとえ付き合ってきた時間はバラバラであれ、ここに居ない人たちも合わせてみんなが雷門の仲間なのだから。

「俺たちは絶対に、勝つ!」
「おお!!」

再び一つになった雷門のみんなが、負けられない後半戦に挑む。前半よりも格段に違う動きに、守がグランのマークを抜いて置き去りにした。
迷いの無いパスは、誰も追いつくことの出来ないスピードを生む。相手のディフェンスやマークを翻弄しながら敵陣に攻め上がっていく守が叫んだ。

「俺たちの強さは、そんな仲間たちと共にあるんだ!!」

繰り出したのは、鬼道くんと土門くんとの攻撃技であるデスゾーン2。みんなの気迫も思いも全てを込めたそのシュートは、先ほどから何度もシュートを阻み続けていた敵のキーパー技を砕いて同点ゴールを決めた。
あり得ないと言いたげな面持ちのグランたちに、守が堂々と胸を張って口を開く。

「見たかヒロト!仲間がいれば、心のパワーは百倍にも千倍にもなる!!」
「…仲間を、思う心」

曖昧なものだと笑えば良い。そんな曖昧なものを糧にして、私たちは強くなってきた。
何度挫けそうになっても互いに励まし合い、時には支え合って苦難を乗り越えてきた私たちにとって、仲間は何よりも大切で尊い最強の武器なのだ。
しかし、そんな守の言葉を聞き入れたく無いとでも言いたげなグランは、三人がかりで再びあのシュート…スーパーノヴァと呼ばれた必殺シュートを繰り出す。
向かう先は当然、立向居くんの方へ。

「あ…!」

やはりムゲン・ザ・ハンドで抑え込もうとするものの、進化したばかりの究極奥義をあっさりと破られたことでの動揺を未だに引き摺っているらしい。
迷いだらけの技はあっさりと砕かれ、ボールはゴールに噛みつかんと迫り。
…しかしそこでゴールとボールの間に滑り込んできた守が、メガトンヘッドでギリギリシュートを弾き飛ばす。まさか防がれるとは思っていなかったらしいグランの顔が今度こそ驚愕に歪んだ。

「そんなこと…あり得ない!!」

守にシュートを防がれた現実をまぐれだと叫んだ彼は、再びスーパーノヴァの体勢に入った。それを見た立向居くんの顔が緊張に強張ってしまっている。…駄目だよ、立向居くん。自信を持たなきゃ。
君は、守に唯一ゴールを任された人間としてその期待に応えなきゃいけないんだから。

「立て、立向居…!」
「え、円堂さ…」
「雷門のゴールキーパーはお前だ立向居…!雷門のゴールを守るのは、お前なんだ!!」

その言葉に、立向居くんは息を呑んだ。
これまで雷門のゴールを守り続けていた守からそう言われて、何か思うところがあったのだろう。
みんなも立向居くんの名を呼ぶ。その声はどれも、立向居くんならば止められるという信頼に満ちていた。
…君が今立っているのは、そんなみんなの為に守が自分の誇りをかけて守り続けてきた、大切な場所だ。それを他でもない君だからこそ託されたとのだということを、どうか忘れないで欲しい。

「みんなのゴールを、俺が…守る!!」

再び立ち上がって前を向いた立向居くんのムゲン・ザ・ハンドは、そのときさらなる進化を遂げた。湧き立つ闘気は輝く腕となり、さらなる強靭な戒めとなって牙を剥かんとするボールを止めて見せる。
…そして拮抗していたその戦い、軍配が上がったのは立向居くんのムゲン・ザ・ハンドだった。

「やった…やりましたね先輩!!」
「うん、やった、止められた…!」

喜び勇んで湧き立つ雷門イレブンのみんな。それを見て当然ベンチのみんなも歓喜の声を上げた。
少し離れたところでは、シュートを止められたことが相当ショックだったらしいグランが地面に膝をついてしまっている。
…そんな時だった。スタジアム全体に響き渡ったのは、吉良星二郎の声。どこか厳しく冷たい色をしたその声は、グランの名を呼び命令した。

[グラン、リミッター解除を]
「リミッター解除…!?」

…何だろう、それは。思わず訝しげな顔になってしまったけれど、それを聞いて途端に顔を青くさせたグランが食い下がっているところから、どうやらいい物では無いらしい。
そんなチームメイトである他の選手たちの心配を口にしたグランを、やはり奴は冷たく切り捨てて見せた。

[怖じ気づいたのですか、グラン。貴方にはガッカリです]
「っ!」

…傷ついたようなグランの顔が、あの人は見えていないのだろうか。愕然としている彼を気遣うこともないままウルビダに指揮権を委ねた吉良星二郎に、思わず歯噛みする。
グランは、私たちの敵だ。守を一度は傷つけたし、倒さねばならない敵であることに変わりはない。…それでも、これはあんまりだと思った。犯罪の片棒を担がされてなお、父親だと慕う彼の結末がこんなものだなんて、いくら何でも悲しすぎる。

「…リミッター解除」

攻め込んでいく守を前にしたウルビダが静かに手を上げて何かの合図を出すのが見えた。胸の位置にあるボタンのような何かに触れたのも。
そして、余裕そうに立ちはだかるウルビダの真横を守がちょうど通過した。…その時だった。

「!?」
「動きが、見えない…!?」

先ほどまでとは比べ物にならないほどの速さで守の背を追ったらしいウルビダの足元に、いつのまにかボールは移動していた。その場にいる雷門のみんなが驚愕に目を見開く。
そしてそのまま、なす術もなく抜かれていくその背中をみんなは必死になって追いかけることしか出来なかった。…可笑しい、あんなの人間が出来る動きじゃ無い。
そして、その考えはどうやら当たりだったらしい。ほくそ笑むような吉良星二郎の声が耳を刺す。

[人間は、体を守る為に限界を超える力を出さないよう無意識に力をセーブする。では、その全てを出し切れるようにしたら?]

…そんなことを、したら。確かに今この瞬間、勝利するための力を得ることは出来るのだろう。けれどその代償は。体を守るためのセーブを振り切って動き続けた、ジェネシスである彼らの体は。

「うぐぅッ…!!」
「ぐあ…!」

人間の持つ最大の力とやらを引き出された彼らの撃ち放ったシュート、「スペースペンギン」が立向居くんのムゲン・ザ・ハンドを貫いて三点目を決めたその直後のことだった。
痛みに耐えるようにして歯を食い縛り、自らの身体に爪を立てる彼らを見ていれば、その副作用が尋常じゃないほどの痛みと苦痛を伴うものだと理解できる。…でも。

「これくらい…お父様のためなら…!」
「そう…父さんのため…!」

ヨロヨロと体をふらつかせながら自陣へと戻っていくグランやウルビダたちを見て、守が怒りを噛み締めるようにして吉良星二郎の方を睨みつけた。周りのみんなの目にも怒りが渦巻いている。…もちろん、私たちだって怒っていた。
勝たせるものか。勝利以上に大切なものを蔑ろにする人間なんかを、勝たせてたまるものか。

「遅い…!?」

雷門ボールで再開した試合、あの尋常じゃない速さで守の持つボールを奪おうとしたウルビダを守は軽やかに躱して見せた。それを見て、彼女の顔が驚愕に歪む。その前に立ち塞がったグランでさえ、守は鬼道くんとの連携パスで素早く避けてみせた。

「リミッターを解除した私たちを躱すだと…!?何が起こっている…!!」
「まさか…これも…!!」

仲間を思う力は、どこまでいっても無限大だ。私たち雷門は、その思いをいつだって胸に抱えてボールを蹴ってきた。
奴らが下らないと切り捨てるものは、私たちにとってはかけがえのない捨てられるはずのない大切なもの。
人の心が生み出す力の強さを、エイリア学園は知らないのだ。

「豪炎寺!」
「!」

守が豪炎寺くんにパスを出したものの、ジェネシスもこの土壇場での雷門の勢いに必死らしく、惜しくもボールはコートの外へ向けて転がっていく。…しかし、そこに駆け込んできた士郎くんの姿に私は勝機を見た。

「このボールは…絶対に繋ぐ!!」

捨て身で豪炎寺くんに向けてボールを蹴り返した士郎くんのパスを受け取った豪炎寺くんが、爆熱ストームを放つ。
そのシュートは残念ながらゴールキーパーに弾かれたものの、先ほどまで完璧に止めていたはずのボールは無様にも弾かれた。ゴールポストに当たって高く跳ね上がったボール目掛けて、守が壁山くんを土台にして飛び上がる。
そこにウルビダが追いつかんとして飛び上がるものの、守の目的はシュートじゃない。…体勢を整えて追いついた士郎くんと、豪炎寺くん二人へのパスだ。

「豪炎寺くん…行くよ!」
「おう!!」

炎と氷の、二つの技が合わさって繰り出された強烈なシュート。エースストライカーである豪炎寺くんと覚醒した士郎くんだからこそ出来た二人の必殺技。
目金くんをして『クロスファイア』と名づけられたそのシュートは、なす術もなくゴールキーパーを捻じ伏せてとうとう三対三の同点ゴールを決めてみせた。

「やったな、吹雪」
「これは…みんなで取った一点だね」
「あぁ!」

集まって喜び合う雷門イレブンの姿。…ジェネシスの彼らの目には、いったいどんな風に映っているのだろう。それは分からない。
しかし、キックオフと共に険しい顔で攻め上がってくるその様子を見る限り、相当な焦りを与えたようなのは目に見えて明らかだった。

「最強なのはジェネシスの…!」
「父さんのサッカーなんだ…!!」

スピードがさらに増した。ディフェンスをいとも容易く突破した彼らは再び、立向居くんのいるゴール目掛けてあのスペースペンギンを放とうとする。
…けれど、そのゴールを守る立向居くんの顔に見えたのは決意と覚悟の色だけで、緊張も恐怖も迷いも無かったから。
今の彼なら止められる。そう信じられた。

「止めてみせる…もう一点も…!やる訳には、いかないんだぁーーー!!」

ムゲン・ザ・ハンドが再び進化を遂げた。さらなる強靭な腕の前に、スペースペンギンは墜とされる。沸き立つ雷門イレブンの中で、ジェネシスの彼らは信じられないと言いたげに顔を歪めていた。…けれどこれは、夢でも幻でも何でもない。
ここまで一歩一歩積み重ねて、手を取り合って歩いてきた私たちの努力が花開いた瞬間だから。

「綱海さん!」

立向居くんの投げたボールが綱海くんに渡る。
それは次に壁山くんへ、そして木暮くんへ、塔子ちゃんへ。
そして土門くんに渡ったパスは一之瀬くんに繋がり、鬼道くんへ。
ジェネシスにも手が出せないほど速く正確に繋がるパスへ、グランは驚愕が隠せていないように見えた。
…そんな雷門イレブンみんなが心を一つにして繋いだパスは、とうとう最前線の守たち三人に届く。

「ジ・アース!!」

十一人だけでなく、ここまで出会ってきた仲間たちの思いまで全てを乗せてそのシュートは放たれた。キャラバンで守が熱く語っていた、お祖父ちゃんの残したノートにあった究極のシュート。
膨大な力を込められたそれはディフェンスをいとも簡単に弾き飛ばし、最後の砦となったグランとウルビダに襲いかかる。…でも。

「…雷門は、負けない」

ジェネシスでもトップを争うであろう二人が、共に力を合わせてディフェンスしたってそのボールが止められるはずがない。
そのボールに込められた思いの数を、君たちは知らないのだから。
___そしてそんな僅かな拮抗を制したのは、守たちのシュートであるジ・アース。四対三の逆転。

「…円堂くん、みんな…」

そしてそこで鳴り響いたのは、試合終了のホイッスル。紛れも無い私たちの勝利に、ベンチも含めた雷門のみんなが喜び沸き立った。私もみんなと手を合わせて歓喜の声をあげる。
…これで、ようやく終わりだ。倒さなければいけない敵はもう居ないから。
だからこの瞬間、あのフットボールフロンティア優勝の日から始まった長い長い戦いは、私たちの勝利という形で幕を降ろす。
私たちの勝利に喜ぶ声が響くコートの上で。





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